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[4]日本にも多い「ダニエル・ブレイクの悲劇」

就労指導後に生活保護廃止となり、自殺した男性の事例から考える

稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授

 その映画は、心臓疾患を患う59歳の男性が傷病手当の受給を継続するにあたって、電話で「就労可能かどうか」の審査を受けるシーンから始まる。

 心臓発作を起こしたため、主治医から就労を止められていると説明する男性に対し、政府から委託を受けた「医療専門家」を名乗る担当者は、男性の言い分を聞かず、マニュアル通りの手順で質問を続ける。男性がいら立ち、無意味な質問を揶揄すると、その態度が影響したせいか、「就労可能」と判断され、その結果、手当の支給が停止されてしまう。

 これは、イギリスの名匠、ケン・ローチ監督の最新作『わたしは、ダニエル・ブレイク』の冒頭の場面である。緊縮財政のもと、生活困窮者を支えるべき福祉制度が非人間的なまでに官僚化していることを象徴的に表したシーンだ。

 「就労可能」と判断されたダニエル・ブレイクは、やむをえず求職者向けの手当を申請するが、実際には身体的には働ける状態にないため、就労支援プログラムの参加を要求する行政との関係で苦境に立たされることになる。

就労可能か不可能かという「線引き」

 失業者を就労可能な者と就労不可能な者に分類して、前者には経済給付の見返りとして就労することを求めるシステムは、「ワークフェア」と呼ばれる。「ワークフェア(Workfare)」とは、就労(Work)と福祉(Welfare)を合わせて作られた用語で、イギリスではサッチャー政権期にアメリカの制度を参考にして導入された。

 「国家財政が厳しい折、就労できる人にいつまでも福祉的な給付を受けさせるわけにはいかない」という考え方に基づくプログラムは、一見、合理的に見える。だが問題は、ある人が就労可能か不可能かという「線引き」の判断を誰がどのように行うのか、という点にある。

 極論かもしれないが、政府が社会保障予算を削減したければ、「線引き」を厳しくすればよいことになる。ダニエル・ブレイクの悲劇は、この機械的な「線引き」から始まった。

「貧乏人は死ぬしかないのか」

 日本でもこの「線引き」が引き金になったのではないかと推測される悲劇が発生している。

「新聞社・議員へ
立川市職員に生活保護者が殺された!
真相を追及して公開、処分してほしい
知り合いの○○が高松町3丁目のアパートで12月10日に自殺した
担当者の非情なやり方に命を絶ったよ
貧乏人は死ぬしかないのか
生活保護はなんなのか
担当者、上司、課長は何やっているのだ
殺人罪だ
平成27年12月 ○○の知人」
(○○には故人の名前が記されているが、伏せ字にした)

 2015年12月31日、立川市の日本共産党市議団控室に、上記の内容の匿名ファクスが届いた。

 ファクスの送り主はわからなかったが、立川市議会議員の上條彰一議員(日本共産党)が事実関係を調査したところ、同年12月10日に市内で生活保護を利用していた一人暮らしの40代男性(Aさん)が自宅のアパートの部屋で自殺していたことが判明し、立川市も自殺の事実を認めた。

 立川市福祉事務所は、Aさんに対して求職活動を行うことを求めていたが、その指導に従わないという理由で、同年11月21日付でAさんを保護廃止処分にしていた。そして、彼の死の前日である12月9日に廃止の通知書をAさんに送付していた。

 この経緯から、Aさんは保護廃止の通知書を受け取った直後、絶望して自殺に至ったのではないかと推察されている。

 上條市議は立川市に対して事実関係を明らかにするように求めたが、市側は個人情報の保護を理由に応じなかった。

 そこで、生活困窮者支援に関わる法律家や研究者、NPO関係者が中心になり、事件の真相究明を求めるための調査団を結成することになったのだ。

立川市生活保護廃止自殺事件調査団が結成される

拡大東京都庁で記者会見する立川市生活保護廃止自殺事件調査団のメンバー
 調査団は準備期間を経て、今年4月、立川市生活保護廃止自殺事件調査団(共同代表:宇都宮健児弁護士、後藤道夫都留文科大学名誉教授)として正式に結成された。私も呼びかけ人の一人として調査団に参加することになった。

 調査団の活動によって、Aさんの足跡が少しずつ明らかになってきた。

 Aさんは、2014年7月に立川市で生活保護を申請したようである。路上生活をしていた彼は、市内の民間宿泊所に入所し、その年の12月には宿泊所からアパートに移っている。福祉事務所は、仕事に就くことを宿泊所からアパートに移るための条件としていたようなので、この時点ではAさんは仕事に就いていたようだ。

立川市は就労支援による生活保護廃止件数の目標値を設定

 だが事情はわからないが、Aさんはその後、離職し、福祉事務所から再び仕事に就くことを求められるようになる。

 立川市は内部における事業評価の一環として、就労支援による生活保護の廃止件数の目標値を設定していたことが判明している。2015年度の廃止目標数は ・・・続きを読む
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筆者

稲葉剛

稲葉剛(いなば・つよし) 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授

一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事。住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。生活保護問題対策全国会議幹事。 1969年広島県生まれ。1994年より路上生活者の支援活動に関わる。2001年、自立生活サポートセンター・もやいを設立。幅広い生活困窮者への相談・支援活動を展開し、2014年まで理事長を務める。2014年、つくろい東京ファンドを設立し、空き家を活用した低所得者への住宅支援事業に取り組む。著書に『貧困の現場から社会を変える』(堀之内出版)、『鵺の鳴く夜を正しく恐れるために』(エディマン/新宿書房)、『生活保護から考える』(岩波新書)等。

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