メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

「歴史の闇」に迫り続ける記録作家に光

林えいだいの半生を描いたドキュメンタリー映画「抗い」を湯布院映画祭などで上映

大矢雅弘 朝日新聞天草支局長

元特攻隊員に取材する林えいだいさん(左)=映画「抗い」から、(C)RKB毎日放送拡大元特攻隊員に取材する林えいだいさん(左)=映画「抗い」から、(C)RKB毎日放送
 福岡県筑豊地方を拠点に朝鮮人強制連行など「歴史の闇」に迫る営みを続けてきた林えいだいさん(83)の半生を描いたドキュメンタリー映画「抗(あらが)い 記録作家林えいだい」が各地で上映されている。

  1968年に出版したデビュー作の写真集「これが公害だ~子どもに残す遺産はなにか」が自費出版の初版から半世紀を前に新評論(東京)から復刻された。視点を絶えず権力に棄てられた民、忘れられた民に定めて歩んできた林さんの人生の軌跡に改めて光があたっている。

  林さんの父寅治(とらじ)さんは神主で、戦時中の43年、炭鉱から脱走した朝鮮人を多数かくまったことなどから特高警察の拷問(ごうもん)を受け、亡くなった。これが林さんの歩みの原点となった。北九州市教委に勤務時代、反公害運動にかかわり、37歳で退職して記録作家に転身した。戦争や国家権力による抑圧、公害による環境破壊を告発し、民衆の声を掘り起こした著作は60冊近くに上る。

  映画では、林さんの現在の生活や取材活動の様子を織り交ぜながら、当時の映像や林さん自身の回想、著作の朗読などで振り返る。監督は福岡市のRKB毎日放送ディレクターの西嶋真司さん(59)。西嶋さんは30年ほど前に報道記者だったころ、取材現場で林さんと出会った。

  西嶋さんは、林さんが「最後の仕事」と位置づけている旧日本軍の特別攻撃隊(特攻隊)をめぐる真相を追うドキュメンタリー番組をこれまで3本作った。その一つ、「命の雫~林えいだいと特攻」(2014年3月)は東京でも放送され、これがきっかけとなり、今回の映画を作ることになった。

  「抗い」はドキュメンタリー映画を集めて東京都江戸川区内で毎年5月に開かれる「メイシネマ祭」でも上映された。全国有数の温泉地、大分県由布市湯布院町で開催されている湯布院映画祭(6月25日に上映予定)、「街と人がつながる、手作りの映画祭」がテーマの神奈川県茅ケ崎市の「茅ケ崎映画祭」(6月30日に上映予定)でも上映される予定で、全国に上映活動の輪が広がっている。

  「えいだいさんは一貫した抗いの精神で右翼の嫌がらせにも、貧乏生活にも耐えて書き続けている。そういう抗いの精神がいま非常に価値があり、いまの右傾化している時代だからこそ必要なのだ、大切なんだということに多くの人たちが気がついてきたという感じがする」。そう語るのは、林さんの仕事を「平和運動」と高く評価し、林さんの取材に時々同行したり、原稿に目を通したりするなど物心両面で林さんの仕事を支えてきた大分大名誉教授の森川登美江さん(70)だ。

  森川さんは復刻された写真集「これが公害だ」に掲載された文章で、林さんとの出会いに触れている。

  「林さんに初めて会ったのは、彼が小倉北区役所前の路上で公害写真展を開いていた時だった。電線にうず高く積もっている煤の写真を見て『すごいですね』と言うと、彼は『そうなんです』と辛そうな顔をした。1971年に朝日新聞社から出版された『八幡の公害』の中にこの路上写真展のことが触れられ、『女子大生とも話した』とあるが、多分、私のことではないかと思う」

  再会したのは95年、福岡県田川市の住宅街の一角に林さんが開設した私設資料館「ありらん文庫」について紹介する朝日新聞の記事がきっかけだ。記事をたよりに「ありらん文庫」を訪ねた森川さんは、林さんの仕事ぶりに触れるにつれ、「これはすごい」と感じ入り、96年ごろから支援をするようになった。

  新評論の武市一幸社長(60)によると、林さんの写真集を「日本の公害反対運動の原点」ととらえ、復刻して後世に残すことにしたという。「つい数十年前の話なのに公害を忘れかけている。あれだけの状況を市民が意識をもって変えていったパワーを何としても伝えたい。公害の元になっている大企業も一緒になって取り組んだということを歴史の1ページとしてとどめておきたいと思った」と武市さんは振り返る。

  製鉄の街として知られる北九州市はかつて、高度経済成長を支えた半面、深刻な公害に悩んでいた。洞海湾は大腸菌すらすめない「死の海」と化した。大気汚染もひどく、空中から舞い降りるばいじん量は65年には1平方キロメートルに80トン。そんな時代に公害克服の第一歩は女性たちがつくりだしたものだった。

  林さんは63年、婦人学級で公害学習を始めた。主婦たちは次第に公害問題を肌で感じるようになっていった。その後、婦人会は地元企業に公開質問状を出し、八幡製鉄は幹部が出席して公害対策の説明会を開くまでになった。林さん自身も「大企業を相手に市民の権利を要求できるようになろうとは、考えてもみなかった」と振り返っている。

  夫や子どもたちの健康を願う主婦たちが「青空がほしい」と立ち上がったことがきっかけとなり、北九州市で公害克服運動が広がり、その努力は産官民で続けられた。その成果は国際的にも評価され、北九州市は90年、国連環境計画が環境保全に世界的レベルで貢献した団体に与える「グローバル500」を受賞。92年の地球サミット(国連環境開発会議)では日本の自治体で唯一、「国連地方自治体表彰」を受けている。

  林さんを取り巻く人たちの間では現在、林さんの「抗いの精神」を継承してもらうために「林えいだい賞」の創設の準備が進んでいる。発案したのは、映画「抗い」を企画した映像製作会社グループ現代(東京)の川井田博幸プロデューサー(63)だ。「えいだいさんの思いをどう引き継いでいくか。後進に縦糸としてつながっていくようなことができないか、と考えた」と川井田さん。

  同賞は来年度から正式に立ち上げる予定だ。

  その準備のための事務局を置くのが、森川さんが昨年6月に福岡市中央区に開設した福岡アジア文化センター。大分大で ・・・続きを読む
(残り:約1453文字/本文:約3930文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
Journalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

大矢雅弘

大矢雅弘(おおや・まさひろ) 朝日新聞天草支局長

1953年生まれ。長崎、那覇両支局、社会部員、那覇支局長、編集委員。その後、論説委員として沖縄問題や水俣病問題、川辺川ダム、原爆などを担当。2016年5月から現職。著書に『地球環境最前線』(共著)、『復帰世20年』(共著、のちに朝日文庫の『沖縄報告』に収録)など。

 

大矢雅弘の新着記事

もっと見る