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日本でも動き出した「治療的司法」

司法過程で問題解決図り、新時代の再犯防止と更生支援を目指す

指宿信 成城大学法学部教授

拡大治療的司法研究センター設立記念の講演会で講演する村木厚子氏=6月10日、成城大学

はじめに

 しばしば報道されているように、我が国の刑務所に入所して来る人(新受刑者)の半数に以前の受刑経験がある。こうした人々の割合を「再入率」と呼ぶが、日本ではこれが高止まりしている。2014年の統計で再入者比率は男子でほぼ6割、女子でも5割に迫る。2013年12月に政府から示された『「世界一安全な日本」創造戦略』(犯罪対策閣僚会議)で再犯防止が重点目標にされたが、その際にも再入率減少が国家的な課題であるとされた。

再犯防止に向け有効に機能していない日本の刑罰

 我が国の再入率の高さが示すのは、刑罰が再犯防止に向けて有効に機能していないという事実である。つまり、犯罪に至る原因の解決を見いだせない限り、ある種の犯罪者は犯罪(再犯)から受刑(再入)へのサイクルから抜け出せず、刑務所を出たり入ったりする。犯罪に至る原因には様々なものがあり、福祉や医療の不足や欠如、精神的な問題、依存や嗜癖など多様である。これらの解決を図らない限り結局は再犯・再入を繰り返すことになる。

 こうした事態を打開するため、刑罰を回避して問題を解決するための施策の必要は徐々にわが国でも理解され始めている。検察庁では、数年前から福祉と連携してホームレス等による軽微な犯罪の場合に不起訴にして福祉施設に繋ぐ「入り口支援」を進めているし、出所者を刑務所から直ちに社会に送り出すのではなく、知的障害者など問題を抱える受刑者の受け皿として福祉と連携する「出口支援」も始められている。2016年には裁判所でも刑の一部執行猶予制度が始まり、薬物依存症者などについて刑の一部を猶予して離脱プログラムに従事させるという処遇が可能になった。また、2016年12月には再犯防止を国だけではなく地方公共団体でも担うための根拠法となる「再犯の防止等の推進に関する法律」が施行され、具体的な政策立案が進められている。

 このように、日本の再犯防止や更生支援をめぐる状況は大きな岐路に差し掛かっていると言っても過言ではない。だが、依然として日本の刑事司法を支える法制度、司法制度は刑罰を中心として組み立てられており、伝統的な「犯罪には刑罰」という発想を抜け出せておらず、実務では福祉との連携や医療的、心理学的アプローチが様々な局面で導入されているにもかかわらず「犯罪の原因となる問題を除去し、再犯を防止する」ための刑事司法を構築するという具体的な手続きを設計できていない。学問的にも実務的にも、司法は刑罰の可否を判断し、問題解決はそれ以外の分野の仕事だといった分業意識が依然として強い。

司法過程に問題解決のプログラムを導入する動き

 ところが、世界に目を向けるとそうした分業の仕組みは崩れつつあり、司法過程に問題解決のための様々なプログラムが導入され、多様な専門職が司法過程に関与して被告人に対して刑罰を回避しつつ問題解決となる方策の適用を検討する仕組みが整っている。

 こうした新たな司法の姿は「問題解決型裁判所(problem solving court)」と呼ばれており、最も有名なものは薬物専門法廷、ドラッグ・コートであろう。薬物犯罪者に対して離脱のための治療プログラム参加の機会を提供し、成功すれば刑罰を回避して社会復帰を促す。実刑に処するよりも再犯率を引き下げるし、社会的コストも軽減できて、何より人々(薬物使用者とその家族)の生活の質を向上させて地域共同体の安全を高めることに寄与する。

 今のところまだ日本にはそうした具体的な専門法廷は見られない。海外で再犯防止・更生支援の切り札としてそうした法廷が広く活用されているのと対照的だが、こうした各国の取り組みを支える考え方が「治療的司法(therapeutic justice)」観と呼ばれる理念であり、今日、伝統的な刑事司法観に代わって燎原の火のごとく世界中に広がっている。

「治療的司法」とは何か

 治療的司法とは、犯罪に対する制裁として刑罰を予定する刑罰至上的な発想を脱して、刑事司法制度を刑罰の可否を判断するためのプロセスから、犯罪行為に至る各種の問題について社会的資源を活用して解決することで再犯を防止し、更生を支援するためのプロセスへと脱構築させるための新しい司法観である。

 この考え方を支える学問が治療法学(therapeutic jurisprudence)と呼ばれ、1970年代にアリゾナ大学のデビッド・ヴェクスラー(David B. Wexler)教授と、マイアミ大学のブルース・ウィニック(Bruce Winick)教授によって提唱された。ウィニック教授は2010年8月に亡くなったが、ヴェクスラー教授は今なお健在で世界の治療法学研究に刺激を与え続けている。

各地に問題解決型の専門法廷

 各地でこの治療的司法の考え方に基づいた問題解決型の法廷が次々と作られており、先に紹介したドラッグ・コート(薬物専門法廷)を先駆として、メンタルヘルス・コートやDVコート、ホームレス・コート、ギャンブリング・コート、年長少年コートなど多くのヴァリエーションが生まれている。いずれの専門法廷も、 ・・・続きを読む
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筆者

指宿信

指宿信(いぶすき・まこと) 成城大学法学部教授

1959年生まれ。鹿児島大学法文学部教授、立命館大学法科大学院教授を経て現職。治療的司法研究センター長。情報ネットワーク法学会副理事長、法と心理学会副理事長等を歴任。近著として『証拠開示と公正な裁判〔増補版〕』、『被疑者取調べ録画の最前線』、編著監修として『えん罪原因を調査せよ!』、訳書として『とらわれた二人──無実の囚人と誤った目撃証人の物語』等、監訳書として『無実を探せ!イノセンス・プロジェクト』、『アメリカ捜査法』等がある。