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[6]「貧困とは何か」に挑んだ日向市の計画

「子どもの貧困」を「子どもの幸福を追求する自由の欠如・権利の不全」と定義し、対策

稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授

「落第点」をもらった日本の子どもの状況

 6月14日、ユニセフ(国連児童基金)は、OECDやEUに加盟する先進国(41カ国)の子どもの貧困や不平等の状況を順位づけした報告書を発表した。『レポートカード14 未来を築く:先進国の子どもたちと持続可能な開発目標(SDGs)』と題された報告書は、国連が2030年までの目標とするSDGsのうち、子どもに最も関連が深いと考えられる10の目標に焦点をあて、先進国の子どもたちの状況を比較分析した「通信簿」とでも言えるものである。

 では、この「通信簿」における日本の「成績」はどうだったのだろうか。ユニセフ日本協会のプレスリリースは以下のように日本の状況をまとめている。

健康、教育の分野では比較的良い結果(それぞれ40カ国中8位と41カ国中10位)だったが、子どもの貧困では23位(37カ国中)、格差では32位(41カ国中、つまり格差が大きい方から10番目)
社会移転による子どもの貧困率の削減幅は31 位(37カ国中)
教育については、基礎的習熟度に達する子どもの割合では2位(38カ国中)だった一方で、社会経済階層による学力格差を示す指標では26位(39カ国中)
若者(15-19歳)の自殺率は26位(37カ国中)

 子どもの貧困に関わる分野について、日本は「落第点」である。報告書はそう述べているのだ。

腰が重い地方自治体の対策

 2014年に施行された子どもの貧困対策法は、「子どもの将来がその生まれ育った環境によって左右されることのない社会を実現する」ことを理念として掲げ、国や地方自治体が密接な連携のもとに総合的な対策を実施することを求めている。

 政府は子どもの貧困対策に取り組む地方自治体による実態調査や地域ネットワークの形成を支援することを目的に、2015年度より「地域子供の未来応援交付金」を予算化。2016年9月からは交付要件を弾力化するなどして、各自治体に交付金の活用を促しているが、今年4月3日までに交付決定が決まったのは80自治体(14都道府県、66市町村)にとどまっている。

 活用が進まない背景には、自治体側が事業費の一部(調査では4分の1、連携体制の整備やモデル事業では2分の1など)を負担しなければならないこともあるが、子どもの貧困対策に前向きで地元のNPOや大学と連携を勧めてきた一部の自治体を除けば、自治体の担当者の認識も深まっていないことが挙げられる。現場では、「政府からは子どもの貧困対策をやれと言われるが、何をしたらいいかわからない」という声も漏れ聞かれるようだ。

「子どもの貧困」の定義に挑んだ日向市の計画

 そんな中、交付金を活用して有識者や実務者による検討会を開催し、ユニークな内容の報告書をまとめた自治体が九州にある。宮崎県の北部に位置する日向市の「子どもの未来応援会議」である。

 2016年7月に発足した会議は、「子どもと家庭の生活・ニーズに関する調査」と「子どもの貧困対策に関する教職員アンケート」を実施し、その結果を基に計画を策定。2017年4月に「日向市子どもの未来応援事業推進計画」を市長に提出した。

日向市子どもの未来応援推進計画

拡大日向市子どもの未来応援推進計画の推進イメージ

 この計画で特徴的なのは、調査に基づくさまざまなデータとともに、子どもの貧困の定義が書かれていることだ。

 報告書は「子どもの貧困」を以下のように定義している。

「子どもの貧困」を、
子ども(18才未満の者)の成長に影響する、
① 経済的な困窮(生活困窮)
② 親子の生活・心身の成り立ちに寄与する環境と選択肢の欠如(社会的排除)
と位置づけ
「子どもの幸福(しあわせ)(well-being)を追求する自由の欠如・権利の不全」と定義します。

拡大日向市子どもの未来応援会議の様子。手前が志賀信夫さん
 これは、「家庭の経済的な困窮だけでなく、子どもと親の身体と精神の健康を含めてとらえる必要がある」との考えに基づくものだ。well-beingとは、個人の権利や自己実現が保障され、身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを意味する概念であり、社会福祉や公衆衛生の分野で使用されることの多い用語である。

 その上で報告書は、子どもの貧困の解消に向けて、「1.子ども・家庭に相談・支援を確実に届ける。」「2.子どもの希望実現に向け、家庭の生活基盤の安定を支援する。」「3.子どもを応援する機会と環境を市民総ぐるみで生み出す。」という3つの基本方針を掲げ、「みんなで子どもの日向(ひなた)になろう!」をキャッチコピーに市民と行政の協働を進めていくとしている。

 子どもの貧困対策に関する計画を作成する地方自治体は増えているが、子どもの貧困の定義から議論をした例は極めて珍しい。なぜこのような計画ができたのか。日向市子どもの未来応援会議の策定委員で、副会長を務めた志賀信夫さん(大谷大学助教)に書面でインタビューを行った。志賀さんは、貧困を理論的に研究している研究者であり、『貧困理論の再検討』(法律文化社、2016年)という著作もある。

なぜ定義から始めたのか?~志賀信夫さんインタビュー

1.京都の大谷大学で教えていらっしゃる志賀さんが、宮崎県日向市の子どもの貧困対策に関する計画の策定委員になった経緯を教えてください。

経緯としては、私が貧困問題を専門としている研究者で、なおかつ日向市出身であったということがあります。もちろん、私は名前が売れている研究者というわけではないので、それだけで策定委員に選任されたわけではありません。私は学生の頃から貧困や格差と地域の問題に関心があり、夏休みなどの長期休暇の際には地元に戻って討論会を開催したり、地域の住民の方々を訪問し当該問題に対する意見をうかがってまわるというような活動を継続してきました。学生時代の長期休暇はこの活動とアルバイトが中心でした(真面目であるというよりもそれが楽しかった)。日向市では、「貧困問題に関心がある学生」として一部では認知されていたと思います。また研究者になって後に、 ・・・続きを読む
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筆者

稲葉剛

稲葉剛(いなば・つよし) 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授

一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事。住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。生活保護問題対策全国会議幹事。 1969年広島県生まれ。1994年より路上生活者の支援活動に関わる。2001年、自立生活サポートセンター・もやいを設立。幅広い生活困窮者への相談・支援活動を展開し、2014年まで理事長を務める。2014年、つくろい東京ファンドを設立し、空き家を活用した低所得者への住宅支援事業に取り組む。著書に『貧困の現場から社会を変える』(堀之内出版)、『鵺の鳴く夜を正しく恐れるために』(エディマン/新宿書房)、『生活保護から考える』(岩波新書)等。

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