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朝鮮学校無償化除外問題が「私たち」に問うもの

無制限の文科相の裁量は「教育の自由」を侵害する

石井拓児 名古屋大学准教授(教育行政学)

朝鮮学校の授業料無償化除外をめぐる経緯

 現在、日本における高校進学率はすでに100%に限りなく近い状態にある。高卒資格が労働参入の基本的な要件となりつつあり、高校への進学と卒業が、子どもにとっての将来にわたるウェルビーイングの最低要件となってきている。こうした社会状況のもと、2009年に誕生した民主党政権は、高校授業料無償化をマニフェストに掲げ、多くの国民的な支持のもと、「高校授業料無償化法」を制定した。この法律では、公立学校のみならず、私立学校までその対象範囲を広げたほか、「高等学校と同等の課程」とみなされるインターナショナルスクールや民族学校等の各種学校に通う生徒をも修学奨励の対象としていた。

 これは、日本国憲法および教育基本法が、日本国籍を有するすべての子どもに教育を受ける権利を保障し、日本国籍を有していない子どもにも、国と自治体が修学奨励を行う義務を課していることからすれば当然の措置であった。加えて、国際人権規約(社会権規約)や児童の権利条約が、「すべての者」(すなわち、あらゆる国籍を有する国内の居住者)に対し、教育を受ける権利を保障することを要請していることからも、国際的な合意水準に適合する制度措置であった。なお、国際人権規約社会権規約第13条2(b)と(c)の規定は、各国政府に中等教育・高等教育の無償化の漸進的導入を指示しているが、日本政府は本条項の批准を長く留保してきた。「高校授業料無償化法」の成立後の2012年9月、民主党政権のもと、日本政府はようやくこの留保を撤回した。

 高校授業料無償化法の制定に対し、当時野党であった自民党は、もっぱら外交上の理由を持ち出し、朝鮮学校の無償化を除外すべきことを主張していた。そして、2012年に誕生した自公政権で就任した下村博文文部科学大臣(当時)は、朝鮮学校を無償化の対象から除外する方針を決定したのである。裁判では、「外交上の政治的判断にもとづく決定であったかどうか」が争われているが、文部科学省は否定し続けているものの、事実の経過をみるかぎり、外交上の政治的配慮が強く働いたことは疑いようがない。

 その後、無償化除外の対象となった朝鮮学校に所属した生徒らが、東京、愛知、大阪、広島、福岡で訴訟をおこし、これまで広島地裁判決、大阪地裁判決、東京地裁判決が出されている。広島と東京の地裁判決は、それぞれ原告の主張を退けたのに対し、大阪地裁判決は原告の主張を認め、国側の措置の違法性を断じている。

 以下では、広島・大阪・東京地裁判決を念頭に置きつつ、朝鮮学校の高校授業料無償化除外をめぐる問題点を指摘することとしたい。

「適正な学校運営」とは何かー広島・東京地裁判決の論点に即してー

拡大高校授業料無償化の対象から朝鮮学校を外した国の処分は妥当という裁判所の判断に、東京地裁周辺に集まった大勢の支援者に落胆が広がった=9月13日、東京地裁前
 原告側の主張を退けた広島と東京の地裁判決は、いずれも国による朝鮮学校の無償化除外を、「適正な学校運営」がなされているとの「確証が持てない」との判断によるものであるとしている。主な理由としては、朝鮮総連との関係性が「疑わしい」ことや、無償化措置にあたって各学校に給付される交付金が、別の資金に流用される「疑い」があげられる。

 もともと多くの民族学校が指定を受けている「各種学校」は、都道府県の自治体首長が、設置する学校の施設や設備、教員配置などを審査して認可している。この段階で、すでに「適正な学校運営」に関する基本要件はクリアしているとみるべきものであるが、高校授業料無償化法では、指定のための確認手続きとして、別途の審査体制と手続きが定められている。民主党政権では、2012年9月まで、審査会による朝鮮学校の適合性についての審査が行われていた。ところが、先の事実経過でも述べたように、2012年12月28日、下村文科大臣は、就任2日後の記者会見で突如として朝鮮学校無償化除外の方針を発表した。

新たな審査会を開催しないままの下村大臣決定

 確認しておかなければならないことは、「審査会」の実施にあたり、朝鮮学校側は、財務諸表等をはじめとして必要な書類の提出を拒否したことは一度もなく、民主党政権下ですすめられていた審査会では、ほぼ認定される方向にあったということだ。新たな審査会を開催しないままの下村大臣決定は、第三者が行う専門的な見地にもとづく審査結果を、軽視ないしは無視するものであったと言わなければならない。

 国側は、教育基本法第16条にある、「教育は、不当な支配に服してはならず・・」とする文言を持ち出し、朝鮮総連による「不当な支配」の可能性があることを主張している。この点はきわめて重要な教育法理解と関係しているため、後で詳しく論ずることとするが、さしあたり、次の2点を確認しておきたい。

生徒自身が不利益の当事者となってしまったことは大きな問題

 第1に、学校経営を担当するメンバーや学校を運営している法人理事会のメンバーのなかに、何らかの組織や団体と「関係」があることをもって、学校全体が不当に「支配」されているといいうるかどうかという問題である。これをすべて「疑う」というのであれば、公立学校や私立学校のすべての学校の学校運営を担当する個人に対し、身元調査を行うということになるのであろうか。あるいは学校運営を担う個人の思想信条の自由をどう保障するというのであろうか。第2に、仮に「不当な支配」が認められたとして、当該学校に対して是正を求めることは当然であるにせよ、当該学校に所属する生徒に不利益が絶対にあってはならないということだ。本事件の最大の特徴は、生徒自身が不利益の当事者となってしまったことにある。今後、同様の事態が発生したとして、通学中の生徒に不利益が生ずるケースが引き起こされる可能性が懸念されるが、「児童の最善の利益」(児童の権利条約3条)が考慮される必要がある。

 「適正な学校運営」の判断基準にあたって、筆者がこれを制限的に把握しようとするのには意味がある。「適正さ」をめぐる判断の裁量権を、文部科学大臣に無制限に認めることになれば、 ・・・続きを読む
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筆者

石井拓児

石井拓児(いしい・たくじ) 名古屋大学准教授(教育行政学)

1971年生。専門は教育行政学・教育法学。名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士後期課程単位所得満期退学。主な編著書に『新自由主義大学改革』(東信堂、2014)、『事例で学ぶ学校の安全と事故防止』(ミネルヴァ書房、2015)、『公教育の無償性を実現する-教育財政法の再構築-』(大月書店、2012)など。近年は、子どもと青年の貧困問題に関心を寄せ、教育費・子育て費に関する社会保障政策・教育費無償化政策の国際比較研究をすすめている。