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[11]生活保護の利用は「リスク」なのか?

厚労省の見直し部会に異議あり!!

稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授

意表を突かれた、生活保護に感謝するシュプレヒコール

拡大生活保護世帯から専門学校に進み、保育士となった女性がシンポジウムで進学支援の充実を訴えた=大阪市
 「生活保護、ありがとう!」

 2013年秋、第二次安倍政権が進める生活保護基準の引き下げや、制度を使いにくくする方向での法改悪に反対して、私は全国の法律家やNPO関係者とともにデモや集会などの行動を連日、企画していた。

 そうした一連のアクションには、生活保護を利用している当事者も多数参加していたが、その中の一人、Mさんがデモで叫んだ言葉に、私は一瞬、意表を突かれた。

 彼女はマイクで「生活保護、ありがとう!」とシュプレヒコールをあげたのである。

 Mさんは、首都圏に暮らす30代の女性。失業により生活に困窮し、福祉事務所の窓口に相談に行ったものの、「仕事をまず探して」と言われて申請ができなかったという経験を持っている。その後、支援団体の協力を得て、無事に申請ができた時のことを彼女は以前、私にこう語っていた。

 「申請することができた時、私はほっとしたと同時に、自分で『助けを求める』ことができたこと、これからは親に頼ることなく、この制度を利用しながら生活ができること、そして自分の持っている権利を、自分自身の手で勝ち取ることができたのだなと思いました」

 そのような経験を持つ彼女にとって、生活保護制度に感謝の気持ちを述べることは自然なことであった。

 今回、改めて、このコールの意味をMさんに聞くと、「ありがとう」は「一度は諦めかけた人生でしたが、私を元気にしてくれた、生きようとする力を取り戻すことができた生活保護に、ずっと言いたかった言葉」だったと説明をしてくれた。

 では、なぜ私はこの言葉に面食らったのか?

 それはやはり、私が生活保護を利用する当事者ではなく、支援者という立場にあるからである。

 支援活動に従事している立場からすると、生活に困窮した人が生活保護制度につながり、最低限の生活も維持できないような貧困状態から抜け出すことは良いことだ。しかし、日本社会では一般に生活保護の利用者が増えることは悪いことのように思われている。その狭間で、私は生活保護の制度や利用者に関する無理解や偏見をなくすため、社会への発信を続けてきた。

 だが、私は自分自身が生活に困窮して、福祉事務所の窓口に相談に行くという経験をしたことはない。当事者の話を聞き、想像力で補おうとする努力は重ねているものの、実際に制度を利用する当事者の立場や目線を共有できていない部分も多いと感じている。また、社会のマジョリティを説得しようとするあまり、良くも悪くも、世間受けが良さそうな言葉を選ぶ傾向もある。

 「生活保護、ありがとう!」というコールは、私にとって自分の支援者目線の限界を改めて思い知らされる機会であった。「生活保護」と「ありがとう」という言葉の組み合わせは、今の日本社会のマジョリティにとっては受け入れがたいものかもしれないが、制度を利用することで自らの生をつなぐことができた多くの当事者の実感を表していると感じたのである。

 民間の支援者であれ、行政の関係者であれ、こうした当事者の声を真摯に受け止めることが支援の原点であることを忘れてはならない、と私は考える。生活困窮者の支援に関わる者は、「自分の発する言葉にどのようなバイアスがかかっているのか」、「自分の言動は当事者からはどのように見えるのか」という自問自答から逃げてはならないのだ。

当事者の視点が欠落した、制度見直しの議論

 なぜ4年前の話を思い起こしたのかと言うと、現在、厚生労働省の有識者会議で行われている生活困窮者自立支援制度及び生活保護制度の見直しの議論が、徹底した支援者目線に貫かれており、制度を利用する当事者の視点が完全に欠落していると感じているからだ。

 2015年度に始まった生活困窮者自立支援制度(以下、「困窮者支援制度」と略す)は、生活に困窮している人や困窮するおそれのある人を生活保護の手前の段階で支援をすることを目的としている。この制度に基づき、全国の自治体に新たな相談窓口が開設され、就労支援、居住支援、家計管理支援など自立に向けた相談支援が実施されている。

 困窮者支援制度は、施行3年後の2018年度に制度の見直しを行うことが決まっており、現在、この困窮者支援制度と生活保護制度を一体的に見直すために、厚生労働省内に設置された社会保障審議会「生活困窮者自立支援及び生活保護部会」が議論を進めている。

 この部会の議論は大詰めを迎えており、今年11月16日に開催された第10回部会では事務方から「生活困窮者自立支援制度及び生活保護制度の見直しの視点(案)」という一枚もの資料と、「生活困窮者自立支援制度及び生活保護制度の見直しに関する論点整理(案)」という29ページにわたる資料が提示された。この2つの資料は、これまでの部会の議論を事務方が整理したものであり、これらをもとに年内にも議論のとりまとめが行われる見込みだ。

厚生労働省:第10回社会保障審議会「生活困窮者自立支援及び生活保護部会」資料

 「見直しの視点」及び「論点整理」は両方ともまだ案の段階であり、私自身は第10回部会の傍聴はできなかったので、これらの資料に対して各委員からどのような意見が出されたのか、承知していない(部会の議事録は、後日、厚生労働省のサイトにアップされる予定)。

 ただ、その点を差し引いても、この2つの資料は問題だらけであり、この部会のめざす方向性に大きな疑念を抱かせるものだと言わざるをえない。

生活保護受給を「リスク」と見なすことの問題性

 紙幅の都合で、すべての問題点について触れることはできないが、私が最も問題視するのは、「論点整理」の「2.『早期』、『予防』の視点に立った自立支援の強化」のうち、高齢者への支援について書かれている以下の箇所である。

(高齢期に至る前の支援)
生活保護受給世帯となるリスクを抱える世帯が生活保護世帯に至らないようにするための役割が生活困窮者自立支援制度には求められており、就労支援や家計相談支援を通じ、生活困窮者について、可能な限り就労収入が得られるようにしておくことや家計管理ができる能力を身につけておくことが重要である。 (太字部分、引用者)

 果たして、「生活保護受給世帯となる」ことは「リスク」なのだろうか。

 私は高齢期の貧困の解決には、年金制度と住宅政策の抜本的な拡充が不可欠であり、「就労支援や家計相談支援」で乗り切れるという認識は非現実的だと考えるが、そもそもの認識として、「生活保護受給」を「リスク」と見なすこと自体の問題性を指摘しておきたい。

 この前段部分には、 ・・・続きを読む
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筆者

稲葉剛

稲葉剛(いなば・つよし) 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授

一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事。住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。生活保護問題対策全国会議幹事。 1969年広島県生まれ。1994年より路上生活者の支援活動に関わる。2001年、自立生活サポートセンター・もやいを設立。幅広い生活困窮者への相談・支援活動を展開し、2014年まで理事長を務める。2014年、つくろい東京ファンドを設立し、空き家を活用した低所得者への住宅支援事業に取り組む。著書に『貧困の現場から社会を変える』(堀之内出版)、『鵺の鳴く夜を正しく恐れるために』(エディマン/新宿書房)、『生活保護から考える』(岩波新書)等。

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