最大の問題は「意図的な虚偽供述」による無実の人間の「引き込み」だ
2018年03月15日
被疑者・被告人が、他人の犯罪事実を明らかにするための捜査・公判協力を行う見返りに、検察官が、その裁量の範囲内で一定の処分又は量刑上の恩典を提供することを合意する「捜査・公判協力型協議・合意制度」、いわゆる「日本版司法取引」を含む刑事訴訟法改正案が、2016年6月に成立し、2018年6月までに施行が予定されている。
この制度の最大の問題点は、自分の罪を免れ、あるいは軽減してもらう目的で行われる「意図的な虚偽供述」によって、無実の人間の「引き込み」による冤罪の危険が生じることだ。美濃加茂市長事件における最大の問題点も、「意図的な虚偽供述」による「引き込み」の問題だった。
現職市長であった藤井浩人氏(以下、「市長」)が2014年6月、市議時代に業者から合計30万円の賄賂を受け取った収賄の容疑で逮捕され、起訴された。市長は捜査段階から一貫して現金授受の事実を全面否認。金銭の授受を裏付ける明確な物証はなく、市長に現金を渡したという業者の証言が唯一の証拠だった。業者は合計4億円近くもの融資詐欺を犯していたが、2100万円の事実しか立件されていない段階で贈賄供述を開始。そして、警察がその供述を元に市長に対する贈収賄事件の捜査に着手してからは、融資詐欺の余罪はすべて不問に付されていた。弁護人が公判前整理手続において関連証拠の開示を受けた結果、当然起訴されるべき悪質・重大な融資詐欺・公文書偽造・同行使等の余罪の事実が確認され、うち一部は弁護人の告発によって追起訴された。
2015年3月5日、一審の名古屋地裁は、「闇取引」自体は否定したものの、贈賄証言の信用性を否定する背景事実として「虚偽供述の動機が存在した可能性」を指摘して、市長に対して無罪判決を言い渡した。
ところが、2016年11月28日、控訴審の名古屋高裁は、一審での書面記録を元に一審裁判所とは全く逆の心証を形成して一審判決を破棄し、逆転有罪判決を言い渡した。その不当極まりない控訴審判決が、2017年12月11日、最高裁の上告棄却決定で確定した。結論ありきとしか考えられない「三行半の例文」による棄却だった。
美濃加茂市長事件の控訴審・上告審で行われたことは、日本版司法取引導入後の司法制度のあり方に大きな疑問を投げかけることとなった。
日本版司法取引は、供述者に処罰の軽減の恩典を与えることで「他人の犯罪」についての供述の動機づけを行おうとするものである。この場合、自己の処罰の軽減を目的とした「意図的な虚偽供述」が行われるおそれがあり、その点が刑事裁判における重要な争点になる。
美濃加茂市長事件においても、「虚偽供述の動機の存在」を重視した一審判決に加えて、控訴審判決も「単純化すれば、贈賄供述者が記憶どおり真実を述べていると認められるのか、又は、意図的に虚偽の事実を述べている疑いがあると判断されるのかが問題であり」と述べ、意図的な虚偽供述であるか否かが最大の問題であることを指摘している。
自己の処罰の軽減のために「意図的な虚偽供述」を行ったことが疑われる場合の供述の信用性をどのような判断枠組みで評価するのかは、日本版司法取引が導入された後の刑事裁判においても、極めて重要な実務上の問題になると考えられる。
重要なことは、「意図的な虚偽供述であるか否か」が争点となる場合、供述の信用性について、従来の一般的な供述の信用性の評価だけでは不十分だということだ。
従来の刑事裁判では、「関係証拠と符合している」「供述内容が具体的、合理的で自然である」ことなどが信用性を裏付ける要素とされ、公判証言もそれらを根拠に証言の信用性が認められ、刑事裁判の事実認定の根拠とされるのが通例だった。
しかし、供述者に「意図的な虚偽供述を行う動機」があり、実際に刑事裁判で「意図的な虚偽供述の疑い」が主張された場合には、そのような従来の信用性評価の方法は必ずしも妥当ではない。自己の処罰を軽減するために「意図的な虚偽供述」を行う者は、まず捜査機関側に自らの供述を信用させる必要があり、一般的には信用性が高いと思われるような証言を必死に作り上げる可能性があるからだ。供述者が「供述の信用性」の評価要素を作り上げる、つまり意図的な「信用性の作出」が行われるおそれがある。
供述者の聴取を行う取り調べ警察官も、当初は、そのような供述に対し、意図的な虚偽供述か否かを慎重に見極めつつ対応しようとするだろう。しかし、一旦その供述が信用できると判断し、供述者との合意が成立し、それを「他人の刑事事件」の証拠に用いることになった場合、その時点以降は、捜査の進展、当該事件の起訴に向けて、供述者と同様に、供述が公判で信用されるように努めることになる。検察官も、当初は、合意供述に対して慎重に対応するであろうが、合意供述に基づいて「他人の刑事事件」を起訴する方針が決まった後に供述内容を調書化する段階、そして、その供述に基づいて「他人」を起訴した後の証人尋問準備の段階では、供述の信用性が裁判所に認められるよう、最大限の努力を行うことになる。
こうした局面においては、供述者側と警察官・検察官側が共同して、「供述の信用性」を作出することが考えられる。その場合、従来のような「供述の具体性・合理性、関係証拠との整合性」などといった供述の信用性を認める要素については、供述者と警察官・検察官の共同作業による作出は容易だ。つまり、「意図的な虚偽供述の疑い」がある場合には、従来のような信用性の要素が存在していても、それだけで供述の信用性があるとは判断できないのである。
そこで問題になるのが、従来、検察官が「信用性の作出」のための常套手段としてきた「証人テスト」だ。
検察官は、
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