メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

若大将とワイルドワンズの永遠なる友情

島英二が新ユニットでアルバムを4月リリース、5月にはグループサウンズ再現ライブ

薄雲鈴代 ライター

  「MY DREAM MY LIFE」というCDがリリースされた。

  ジャケットに「そうなんだよ!この空気なんだよな」と書かれた加山雄三さんの直筆メッセージが入っている。聴いてみると、まさに加山さんのそのひと言が、言い得て妙。‘この空気’とは、1960年代にエレキに魅せられ無我夢中になった少年のみが知っている在りし日の感覚、それを彷彿とさせるサウンドであった。このCDは、ワイルドワンズのメンバー島英二さんが古稀を期して制作されたアルバムである。

リーダー加瀬邦彦と加山雄三への深い想い

ワイルドワンズの加瀬邦彦(左)と島英二=2006年11月拡大ワイルドワンズの加瀬邦彦(左)と島英二=2006年11月
  今年4月、桜の季節を迎えあらためて想う。ワイルドワンズのリーダーである加瀬邦彦さんが亡くなって3年になる。

  「やっと前向きに生きていこうという気持ちになりました」と、島英二さんはいう。

  加瀬さんの訃報が流れた直後は、世間もその唐突な死を悼み、追悼コンサートや未発表アルバムに着目したが、知らぬうちに3年の歳月が経過していた。

  しかし、島さんをはじめ、ワンズのメンバー、加瀬さんがたいせつに育てた銀座ケネディーハウスの面々にとっては、加瀬さんの不在は堪える一方で、心に巣くった空漠感は大きくなるばかり。一瞬たりとも加瀬さんが過去の人になることはなかった。

  「ともすれば、ワイルドワンズの音楽活動もトーンダウンしていくところ、加瀬さんの生前となんら変わらずに、今なお支えてくれているのが加山雄三さんです。多忙であるにもかかわらず、月に一度、ケネディーハウスでのコンサートを続けてくれて、事あるごとにご自身のライブにワンズを呼んでくれ、加山さんのおかげで、そしてケネディーハウスがあるおかげで、僕たちは現役でありつづけられる」と、島さんは語る。

  加山雄三&ハイパーランチャーズが、銀座ケネディーハウスのステージに立って、今年で23年になる。当時、食道癌を患っていた加瀬さんを応援しようと、親友の加山さんが出演したのが始まりである。儲け度外視、‘出演料は焼き鳥3本’などと話されていたことを覚えている。その95年以来、月に一度のライブは途切れることなく続けられている。

「加山雄三さんは僕のヒーロー」

島英二さん(右)手作りの船「英光丸」に一緒に乗る加山雄三さん=2008年5月16日拡大島英二さん(右)手作りの船「英光丸」に一緒に乗る加山雄三さん=2008年5月16日
  94年に結成された加山雄三&ハイパーランチャーズは、「エレキのバンドをやりましょうよと、島君が呼びかけたことで始まった」と加山さんの談話にある。

  つねづね「加山さんは、僕のヒーロー」と、島さんはいっている。 ・・・続きを読む
(残り:約1628文字/本文:約2719文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
Journalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

薄雲鈴代

薄雲鈴代(うすぐも・すずよ) ライター

京都府生まれ。立命館大学在学中から「文珍のアクセス塾」(毎日放送)などに出演、映画雑誌「浪漫工房」のライターとして三船敏郎、勝新太郎、津川雅彦らに取材し執筆。京都在住で日本文化、京の歳時記についての記事多数。京都外国語専門学校で「京都学」を教える。著書に『歩いて検定京都学』『姫君たちの京都案内-『源氏物語』と恋の舞台』『ゆかりの地をたずねて 新撰組 旅のハンドブック』。

薄雲鈴代の新着記事

もっと見る