メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

無料

大谷翔平が大リーグで二刀流を実現できたワケ 上

専門家もスカウトも危ぶんだ挑戦を支えたものを分析してみると……

鈴村裕輔 法政大学国際日本学研究所客員学術研究員

「不可能」は思い込みの結果?

 かつて人々は空を飛ぶことを夢見ていた。しかし、今や人類は音速の壁を越え、活動の場も宇宙空間に広がっている。

 「不可能だ」という考えは、もしかしたら与えられた条件を冷静に検討し、状況を冷静に分析した結果ではなく、「不可能だろう」という思い込みや、「不可能であってもらいたい」という願望の現れかも知れない。そして、ひとたび「不可能だ」と思われていた事柄が実現すると、誰もが「可能だ」と思うようになるのも、人間の心理の機微を示していると言えるだろう。

 大谷翔平選手が大リーグへの挑戦を決意し、ロサンゼルス・エンゼルスに入団することが決まった際、日米の専門家の中に、「大リーグの過密な日程では投手と打者を両立させることは難しい」「打者か投手のどちらかに絞れば一流選手になれるだろうが、このままでは中途半端に終わってしまう」「日本のプロ野球はいざ知らず、打者と投手を掛け持ちできるほど大リーグは甘くない」などと指摘する声が少なくなかったのは周知の通りだ。

影を潜めた「二刀流は無理」

アスレチックス打線を抑え、2勝目をあげたエンゼルス先発の大谷=2018年4月8日拡大アスレチックス打線を抑え、2勝目をあげたエンゼルス先発の大谷=2018年4月8日

 だが、2018年の大リーグが開幕してほどなく、「どちらかに専念する必要がある」といった意見はめっきり聞こえなくなる一方、「開幕戦に野手で出場し、10日以内に投手として先発したのはベーブ・ルース以来99年ぶり」といった話題が人々の興味と関心を惹き付けるようになった。「投手と打者の二刀流は無理だ」という意見は、すっかり影を潜めたかのようだ。

 それでは、なぜ人々は当初、大谷選手の「二刀流」に懐疑的な見方をし、その後、「二刀流」を好意的に捉えているのだろうか――。

 本稿では、大リーグの歴史、エンゼルスという球団の個性、さらにアメリカという国のありようを視野に、「上」「下」の2回で論じてみたい。

 懐疑的な見方の背景に大リーグの実情

 大リーグには、2009年から2017年までの9年間で17本塁打を放ち、2011年から2016年まで7年連続で二桁勝利を記録したサンフランシスコ・ジャイアンツのマディソン・バムガーナー投手のような、打撃の優れた投手がいることは事実だ。また、2015年のイチロー選手のように、打者が投手として登場することも、珍しいものの、決してあり得ない光景ではないのが大リーグである。

 しかし、打撃力のある投手の絶対数は多くないし、打者が投手として登板するのは、ほとんどの場合、緊急事態か大差のついた試合での観客向けの座興だ。

 日米の投手を取り巻く状況を丹念に調査し、肩や肘(ひじ)の故障などが起きる構造を克明に描いたThe Arm: Inside the Billion-Dollar Mystery of the Most Valuable Commodity in Sports (Harper, 2016:邦訳『豪腕』[ハーパーコリンズ・ ジャパン、2017年])の著者で、現在の米国を代表する野球コラムニストの一人であるジェフ・パッサン氏が大谷選手の「二刀流」を危ぶんだのも、また大リーグのスカウトたちが「成功しない」と懐疑的な見方をしたのも、こうした大リーグの実情からして。当然であった。

ジョン・オルルッド選手の場合

 その一方で、大リーグで活躍した選手の中には、アマチュア時代に「二刀流」として実績を残した者も少なくない。代表的な選手は、トロント・ブルージェイズなどで活躍したジョン・オルルッド氏だ。

 シアトル・マリナーズ時代のイチロー選手と同僚であったオルルッド氏は、ワシントン州立大学に在籍していた1988年、打者として打率.464、23本塁打、81打点、投手として15勝0敗、113奪三振、防御率2.49を記録。一塁手と投手で全米代表選手となっている、まぎれもない「二刀流」であった。

 しかし、1989年にトロント・ブルージェイズに入団するとオルルッド氏は打者に専念。1993年には首位打者を獲得するなど、優れた打撃術を発揮したものの、投手として大リーグの試合に登場することはなかった。

 そのような自らの体験を踏まえ、オルルッド氏は大谷投手の大リーグへの挑戦が話題となった2015年に「打者であれ投手であれ、本当に優れた能力があるなら、チームは最高の能力を発揮できるようにするものだ」と、投打のいずれかを選ぶことが最善であるという考えを示したのである。

データも示す難しさ

 実際、データの上からも、大リーグで「二刀流」の選手が活躍する余地は乏しいように思われていた。

 オルルッド氏が2005年に引退してから5年後の2010年、打者と投手のいずれにおいても優れた成績を残した大学球界の選手を顕彰する「ジョン・オルルッド賞」が設けられた。2017年までの8回の表彰で6人が受賞。この6人はいずれもプロ入りしているが、投手に専念しているのが3人、打者に転向したのが2人で、現在も打者と投手の両方で登録されているのは、第6回から3回連続で受賞したブレンダン・マッケイ選手のみとなっている。

 2017年のドラフト1巡目でタンパベイ・レイズに指名されたマッケイ選手は、マイナーリーグA級の試合に出場し、打者として36試合で打率.232、4本塁打、22打点、投手としては6試合に先発して20回を投げ、1勝0敗、防御率1.80、21奪三振という成績を残した。

 このマッケイ選手のケースは、大学時代は「二刀流」として顕著な成績を残しても、プロ球界では投打の両方で優れた結果を残すことが容易ではないことを示唆している。ここにも、自ら「二刀流」を体験したオルルッド氏が、大谷選手は投手か打者のどちらかに専念すべきだと指摘した理由の一端があると言えるだろう。

エンゼルスだから実現した?

 だが、現実には大谷選手は2018年のスプリング・トレーニングの段階から「二刀流」を試し、アメリカン・リーグの4月の月間最優秀新人賞を受賞するなど、打者としても投手としても、まずは一定の成績を残している。これは、エンゼルスが大谷選手を投打にわたって起用した結果である。

 このとき、当然の疑問として思い浮かぶのは、選手の能力を判断する専門家であるスカウトですら成功を危ぶんだ大谷選手の「二刀流」を、何故エンゼルスは止めなかったのか、という問いだ。

 もちろん、話題性という観点からみると、実現が難しいと思われている「二刀流」にひたむきに挑戦する大谷選手の姿をアピールする価値は大きい。それゆえ、エンゼルスが広報活動や観客動員数の上げるため、大谷選手を投打の両方で起用しようとしたとしても不思議ではない。

 だが、果たしてそれだけなのか。「下」では、大谷が大リーグで二刀流を実現できた理由について、さらに突っ込んで考えてみる。(次回は10日に公開予定です)

 


筆者

鈴村裕輔

鈴村裕輔(すずむら・ゆうすけ) 法政大学国際日本学研究所客員学術研究員

1976年、東京生まれ。法政大学国際日本学研究所客員学術研究員。法政大学大学院国際日本学インスティテュート政治学研究科政治学専攻博士課程修了・博士(学術)。専門は比較文化。主著に『メジャーリーガーが使いきれないほどの給料をもらえるのはなぜか?』(アスペクト 2008年)、『MLBが付けた日本人選手の値段』(講談社 2005年)がある。日刊ゲンダイで「メジャーリーグ通信」、大修館書店発行『体育科教育』で「スポーツの今を知るために」を連載中。野球文化學會会長、アメリカ野球愛好会副代表、アメリカ野球学会会員。