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今市事件 法廷にたちこめる「霧」の正体

宇都宮地裁の奇妙な判決文に疑問をもった記者が追う「一審有罪」の問題点

梶山天 朝日新聞日光支局長

栃木今市市の小1女児殺害事件。送検のため今市署を出る勝又拓哉容疑者=2014年6月5日、日光市拡大栃木今市市の小1女児殺害事件。送検のため今市署を出る勝又拓哉容疑者=2014年6月5日、日光市

 2005年12月に栃木県今市市(現日光市)の小学1年の女児(当時7歳)を殺害したとして、宇都宮地裁で無期懲役の判決を受けた同県鹿沼市、無職勝又拓哉被告(36)の控訴審判決が、8月3日に東京高裁(藤井敏明裁判長)で言い渡される。

 一審では、客観的証拠が乏しく、殺害を自白した取り調べの一部の録音・録画映像が有罪を裏付ける証拠になった。控訴審では、隠されていたDNA型鑑定結果が明るみになり、殺害場所、時間を拡大する検察側の訴因変更を高裁が認めるなど意外な展開に。法廷に立ちこめた「霧」は、晴れるのだろうか。高裁の判断が注目される。

きっかけは奇妙な判決文

 そもそも私がこの「今市事件」に首を突っ込むきっかけになったのは、判決文を見たことだった。それは、市民が裁判員として参加する裁判員裁判だった一審の宇都宮地裁(松原里美裁判長)が、一昨年(2016年)4月8日に勝又被告に下したもので、実に奇妙なものであった。

 「客観的事実のみから被告人の犯人性を認定することはできない」。判決文の9割は、大筋でこんなふうな無罪のトーンで文章が構成され、ラストの部分でいきなり有罪になっていた。まるで法廷に霧がかかり、何も見えないような……。

 「何だ、この判決文は!」。そう思ったのは、私だけではないはずだ。

 判決日は当初、3月31日に設定されていたが、判決日の2日前に急きょ延期になった。裁判官たちが有罪か無罪かで意見が分かれ、折り合いをつけるための時間が必要だったのではなかったか。判決文は、ある程度の裁判のめどがたてば、左右の陪席のうち主任裁判官が、公判途中から書き始めるのは珍しくない。

自白以外の証拠がなかった一審の裁判

 一審の裁判は、自白以外にこれといった証拠がなかった。検察官が取り調べをして作成した調書の任意性と信用性を判断するための補助的証拠として再生された録音・録画映像が、実質証拠になるという一悶着が起き、刑事手続き上の問題が表面化した裁判であった。また、捜査段階で自白したとされた勝又被告が、一審の初公判で裁判長が被告に「起訴事実に相違ないか」を聞く罪状認否の段階で、「殺していません」と無罪を主張した否認事件でもあった。

 一審が有罪と認定した犯行に至る経緯と罪となる起訴内容はこうだ。

 勝又被告は、かねて女の子に性的興味を抱いていた。女の子を拉致してわいせつ行為に及ぼうと考え、さらえそうな女の子を探して自分の車を運転。05年12月1日午後2時38分ごろから同3時ごろまでの間に、同県今市市内の大沢小付近の路上を一人で下校中の女児を見つけ、抱きかかえ無理やり車に乗せ、同県鹿沼市内の自宅に連れ込み、全裸にしてわいせつ行為を行うなどした。

 翌2日未明に女児を車に乗せ、茨城県常陸大宮市三美の山林に連れて行った。勝又被告は、自分が行った拉致やわいせつ行為の発覚を恐れて、同日午前4時ごろ山林の西側林道で殺意を持って女児の胸をナイフで多数回突き刺し、心臓を損傷させて失血死させ、すぐにそばの山林に捨てた。宇都宮地検は、いわゆるわいせつ行為の発覚を恐れた殺害であると、犯行目的についてのシナリオをつくった。

 ただ、この事件は勝又被告を殺人の疑いで逮捕、起訴した時には、発生から8年以上経過しており、女児を拉致した未成年者誘拐、山林に遺体を捨てた死体遺棄罪については、すでに時効が成立していた。

連れ去り現場付近の三差路。女児が事件当日、ここで同級生と別れた。拡大連れ去り現場付近の三差路。女児が事件当日、ここで同級生と別れた。

脆弱だった検察側の客観的証拠

 勝又被告が逮捕されたのは14年1月29日。骨董市で販売する目的で偽ブランド品を所持していたとする商標法違反容疑での現行犯逮捕だった。

 勝又被告が初めて女児殺害を自供したとされるのは、商標法違反の罪で起訴された2月18日の午前中の検察官の取り調べ中だったと検察は主張する。裁判員裁判の法廷では、取り調べ中に録音・録画された映像80数時間のうち、7時間13分が再生された。録音・録画は、取り調べのすべてを撮っていたのではなく、一部だけで、殺害を初めて自供したとされる肝心のその場面は、撮られていなかった。

 自供しているというのに、凶器であるナイフや犯行時に使ったとされるスタンガン、また女児が下校中に身につけていた衣類や運動靴、黄色のベレー帽、赤色のランドセルなど遺留品は何一つ見つかっていない。さらに検察側が供述を裏付けるために出してきた客観的証拠は、判決文で指摘されているようにどれも脆弱(ぜいじゃく)だった。

 例えば、犯人特定能力が指紋と比べて格段に上がったDNA型鑑定の試料は、被害者の頭に付着していた。女児の顔の鼻辺りをふさいでいたと供述したとされる布製粘着テープ(幅約5㌢×長さ約5.5㌢)の破片1片だ。犯人のDNAが付着する可能性が極めて高い重要な証拠だ。

 ところが、栃木県警科学捜査研究所は3回にわたって鑑定を行い、女児以外の少なくとも2人に由来するDNAを検出したとした。しかし、被害者以外に検出されたDNAは、鑑定に携わった栃木県警科学捜査研究所(以下科捜研)技官二人の細胞が汚染した(コンタミネーション)と検察側が説明。裁判所はいとも簡単にその鑑定結果に矛盾はないと認定したため、DNA型鑑定による犯人追及は、蚊帳の外に置かれてしまった。

 もう一つの証拠が、道路を走行中の車のナンバープレートを自動的に読み取る「Nシステム」と呼ばれる自動車ナンバー自動読み取り装置だ。検察側はこの装置から、殺害当日とされる12月2日未明から早朝にかけてNシステムがある3カ所を通過したとし、勝又被告が遺体遺棄現場に向かって往復したと推認できるとしたが、裁判所は「推認力は限定的である」と言及した。ナンバーも不鮮明だったのか、法廷で見せることはなかった。

 また、勝又被告は殺人の取り調べ開始直後に、「事件」を起こしたことを謝罪する手紙を母親に送っている。要約すると「事件を起こしたことで家族に迷惑をかけてすまない」などとある。検察はこの謝罪は、殺人事件のものと主張したが、この「事件」が女児殺害か商標法違反事件なのか明確に記述されていなかった。勝又被告は、法廷でこのように証言した。

 ――当初、自身が定職に就かないことや商標法違反で家族を巻き込んだことへの謝罪を具体的に記載したが、留置担当の警察官に「事件について具体的に書いてはいけない」と言われ、書き直しを指示された。

一部だけだった録音・録画の映像

 このように殺害を裏付ける物的証拠は何もなく、法律に専門的な知識がない裁判員たちは、自白だけで有罪、無罪の判断を迫られることになった。しかも法廷で目の当たりにした録音・録画の映像は、取り調べのすべてを撮っていたわけではなく、一部だけだった。

 判決公判直後にこの裁判員裁判に参加した裁判員や補充裁判員の7人が、宇都宮地裁内で記者会見した際、口々に語られたのは、再生されたその録音・録画映像が自分たちの裁判の行方を判断する決め手になった、ということだった。

 一部を紹介する。

 小山市の看護師女性は「録音・録画があったから、考えもまとまった」。那須塩原市の会社員男性は「録音・録画がなかった場合はよく分からない。証拠を見ていても決定的というのはなかった」。補充裁判員の会社員男性は「状況証拠のみだったら判断できなかった。最初の自白が抜けていて、やるなら録音・録画は全部徹底してやるべきだ」と注文をつけた。

 この様子をテレビニュースで知り、今市事件の控訴審を欠かさず、見守り続けたのが映画「それでもボクはやってない」で刑事裁判の現実を描き、自ら潔白を立証する理不尽をスクリーンで問うた周防正行監督だ。法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」の委員として可視化法案作成に関わり、全事件における取り調べ全過程の録音・録画を主張したものの、裁判員裁判対象事件と検察の独自捜査事件に限り義務づけられることになった。

「映像の与えるインパクトは大きい」

宇都宮地裁の206号法廷。左右に取り付けられた大画面にも取り調べの映像が映し出された=2016年4月8日拡大宇都宮地裁の206号法廷。左右に取り付けられた大画面にも取り調べの映像が映し出された=2016年4月8日

 今市事件の一審裁判を見てもわかるように、これといった客観的証拠がないなかで検察側が映像を有罪立証に活用し、判決では実質証拠化されている。映像が与える危険性をだれよりも熟知している周防監督はこう指摘する。

 ――映像を見る時に、ナレーション一つつけるだけで、観客の注目する場所は違う。裁判の場合、いつその映像を見るかによって、それまでの裁判の進行の中から裁判員も裁判官も何に注目すべきかを、自分の中でたぶん決めてしまう。「この人は怪しいな」と思って見てると、怪しい理由を探そうとする。怪しさを裏付ける何か決定的な証拠はないか探そうとして見る。弁護人は被告人の無罪を望むから、無罪の証拠を映像から探す。立場によって見たい物が違うから、見えてくるものが異なる。「人は見たい物しか見ない」。

 そうしたリスクがある映像を宇都宮裁判所が裁判員に見せるとは、法制審での侃々諤々(かんかんがくがく)の議論はいったいなんだったのか。法制審に出席した法務省の役人はみんな、「取り調べに過度に依存した裁判から脱却しましょう」で合意した。直接、弁論や証拠調べを口答で行ったものを判決の基本にするという裁判の原則を守るためだ。

 だが、宇都宮地裁がやったのは密室の法廷化だ。調書裁判の脱却どころか、調書裁判の強化に他ならない。議論の趣旨からすれば、検察が取り調べの録音・録画の記録媒体を実質証拠化したのは、明らかに矛盾である。

 可視化を工夫するなら、映像の撮り方も考えなくてはならない。欧米では取調官と被告を横から撮影する「イコールフォーカス」を導入している国もある。そもそも可視化は、密室で取調官たちの違法な行為を監視するというのが根源だ。映像が何かの証拠扱いされ、法廷で公開されるという危険性を考えると、被告人ではなく、取調官のアップしか写さず、被告人は声だけにするといったやり方が、現状では危険な状態にさせないための最もいい手段かもしれない。

 今市事件を一審から傍聴してきた白鷗大学の平山真理・法学部教授は「一部の録音・録画は、とどのつまり水掛け論に過ぎない。今市事件の一審をこの目で見て感じたのだが映像のインパクトははるかに想像を超えるほど大きい。それを考えると有罪か無罪かの判断に使うのは危険だ。たとえ、すべてを可視化したとしても、逮捕・勾留により長い身体拘束が可能な日本の制度を変えない限り、冤罪はなくならない。韓国などで既に始まっているように取り調べに弁腰士を立ち会わせるべきだ」と指摘している。

続く。次回は8月1日に「公開」します


筆者

梶山天

梶山天(かじやま・たかし) 朝日新聞日光支局長

1956年、長崎県生まれ。78年朝日新聞社入社。東京社会部警察庁担当、西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て、現在日光支局長。「鹿児島県警による2003年県議選公職選挙法違反事件『でっちあげ事件』」をめぐるスクープと一連のキャンペーンで、鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』、『孤高の法医学者が暴いた足利事件の真実』。