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「誰でも受け入れよう」広がるLGBTへの共感

上司と部下、ふたりの会社員がはじめたLGBT支援が日本を変える(中)

浅尾公平 会社員

藤田直介さん(右)と部下の稲場弘樹さん藤田直介さん(右)と部下の稲場弘樹さん

「あるカミングアウトが生んだLGBTネットワーク 上司と部下、ふたりの会社員がはじめたLGBT支援が日本を変える(上)」

明るく、積極的に変身

 2015年はLGBTをめぐり、社会的にさまざまな追い風が吹き始めた時期でもあった。

 国会で超党派の「LGBTに関する課題を考える議員連盟」が発足。東京都渋谷区では同性パートナーシップを認める条例が成立した。世田谷区は新たに要綱を設け、同性パートナーシップ宣誓を受け付けて、受領証を交付する制度をスタートさせた。アメリカでは連邦最高裁判所がすべての州で同性婚を認める歴史的な判決を出している。

 そういった世間の大きな潮流にも勇気づけられて稲場さんは積極的に行動し、同年11月には会社のLGBTネットワークの共同代表に就任する。藤田さんに打ち明けてからわずか半年後のことだった。

 カミングアウトの瞬間に「晴れやかになった」と藤田さんが評した稲場さんの変化は、もちろん一時的なものではなかった。藤田さんはこう振り返る。

 「私だけの感覚ではなくて、稲場がゲイであることやカミングアウトしたことを知らない人たちからも『稲場さん、最近すごく明るくなったね』とか『物事に積極的になったね』などと言われるようになったんです。ビデオ会議で打ち合わせをした海外の同僚から『稲場さんの雰囲気が大きく変わりましたが、何かあったんですか?』というメールをもらったりもしました。それも一度や二度ではなかったんです」

 稲場さんの変化は、藤田さんも大きく変えた。上司として、LGBT当事者の部下が自分らしく実力を発揮できる職場環境を作ろうと努めただけではない。性的マイノリティが生きていく上の困難をなくすべく、会社のみならず、世の中全体の仕組みや制度を変えていかなければならない──。そう考えるようになったのだ。藤田さんは言う。

 「稲場の話をいろいろ聞く中で、『LGBT当事者は、仕事だけでなく人生の多くの局面で、偏見や差別にさらされているのだ』という気づきを得たんです。そこで私は人間として、また稲場の友人として同僚として何かできることはないかと考え、模索を始めました。カミングアウトした彼に背中を押されるように、アライ(ally=支援者)として動き始めたんですね。まず、取引先の法律事務所にもカミングアウトするという、稲場の重要な決断をサポートすることから始めました」

四大事務所や有名企業にも賛同者が

アメリカで同性婚法制化の活動を主導してきたエヴァン・ウォルフソン弁護士(中央)と=2016年2月アメリカで同性婚法制化の活動を主導してきたエヴァン・ウォルフソン弁護士(中央)と=2016年2月

 まもなく藤田さんも大きな一歩を踏み出すチャンスを得た。

 2015年6月にアメリカの連邦最高裁が同性婚を認める判決を出したのは前述した通りだが、その実現を目指す活動に30年近く携わってきたエヴァン・ウォルフソンという弁護士が、翌16年2月に来日することになった。稲場さんは、ウォルフソンさんに会う同性婚人権救済弁護団の弁護士らが通訳を探しているという情報を聞きつけ、藤田さんに「社外業務としてボランティアで通訳をやってもいいですか」と許可を求めた。

 藤田さんは快諾しただけでなく、「僕も一緒にやっていい?」と逆に頼み込む。こうして同性婚実現の活動を進める日本の弁護士たちとウォルフソンさんとの交流に、稲場さんと共に参加することに決まる。藤田さんにとっては、会社から社会へと、アライ活動の領域を大きく広げるきっかけとなった。

 同時に2人は、LGBT支援を模索する弁護士たちとの人脈を広げ、意見交換を重ねていく。取引先の法律事務所の幹部に「LGBT問題は重要なので一緒に取り組みませんか」と直談判したこともある。日本有数の規模を誇る、いわゆる四大法律事務所(西村あさひ、長島・大野・常松、森・濱田松本、アンダーソン・毛利・友常)の最初の所内LGBT研修は、すべて藤田さんと稲場さんが参加し、中心的な役割を果たしながら実施されたものだ。

 そうやって活動を進めていくと、嬉しい反応が次々と返ってきた。「自分もアライとしてLGBTをサポートしたいのだが、何をしたらよいのだろうか」という相談をたびたび受けるようになったのだ。「行動を起こしたいが、具体的に何をすべきかわからない」という人たちが、予想をはるかに超えて多かったのである。2人は、LGBT支援の社会的な動きが一気に強くなりそうな兆しをはっきり感じていた。藤田さんは言う。

 「活動を重ねるうちに、まず、LGBTの問題を『知ってもらうこと』が一番大切だと痛感するようになりました。で、多くの人に知ってもらうには、多くの人と対話しなければならない。その相手として、私たちはまず、自分にとって身近な人たち、つまり法律家や企業の法務担当者を巻き込んで活動を広げようとしたわけです。

 といっても、計画を立ててそれに沿って進めたわけではなく、すべてが手探りでした。誰かに話して関心を持ってもらい、そこから別の人やネットワークにつながって、さらに別の人を巻き込んでいく……というふうに範囲を広げたんです。小さな一歩が新しい流れを生み、それがまた違う流れに合流するというやり方ですね」

 有名な一般企業にも賛同者は現れた。法律事務所の弁護士以外で、初めて藤田さんたちと一緒に活動しようと決心したのは、野村ホールディングスの執行役員でチーフ・リーガル・オフィサーの高山寧さんだ。人づてで、高山さんがLGBT問題に非常に熱心だという話を聞いた藤田さんは思い切って連絡を入れ、「私たちの会合にいらっしゃいませんか」と誘った。そこから交流が始まり、「今や高山さんはLLANで非常に大きな役割を果たされています」(藤田さん)という。

為末大さんの熱い呼びかけ

 こうして2016年2月、法律家たちを中心とする任意団体としてLLANが発足した。個人の尊厳と多様性が尊重され、誰も性的指向や性自認によって差別されない平等かつインクルーシブ(包摂的=誰でも受け入れる)な社会の実現を目指す──と設立のミッションは謳(うた)っている。

 3ヵ月後の同年5月には、第1回のミーティングが正式に開かれた。このとき最初にLLANが取り組むと決めたのは、同性婚を諸外国の法律がどう定めているかについての報告書の作成だった。

 当時すでに、先進国のほとんどが同性婚を認めていた。そこで、日本でも同性婚の法制化を目指すための一歩として、外国ではどういう理由で同性婚が法的に認められ、どういう反対論があり、その反対論にどう答えたのか……といったことを調べて報告書を作成しようと決め、実施したのだ。

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