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警察署長を務めた私にも見えない公安警察の素顔

「警察が安倍首相の演説をヤジった人を排除したわけ」続編(1)

原田宏二 警察ジャーナリスト 元北海道警察警視長

愛知県警の視閲式での分列行進=2019年1月8日、名古屋市南区

「首相演説ヤジ排除」は警察の権限乱用だった

 参院選が終わった。警察の選挙違反の摘発は低調だ。

 警察庁によると、7月19日までに自由妨害などで全国で8人を逮捕(前回参院選同時期より8人減)、投票日明けの22日現在でも逮捕者は9人(前回同時期より7人減)だという。

 4月の統一地方選挙でも低調だった。

 私が長く在籍した北海道警察(道警)の違反摘発は、捜査第2課が7月11日に68歳の男性を掲示板のポスターを破った疑い(選挙の自由妨害)で逮捕した事件だけのようだ。買収事件などで逮捕者が出たという報道はない。

 この程度の実績なら、警察は選挙管理委員会の告発を受けて摘発する制度に公職選挙法を改正したらどうか。

 道警が今回の選挙で残した最大の「実績」は、安倍首相に気持ち良く街頭演説を行ってもらい、気持ちよくお帰りいただいたことだろう(参照『警察が安倍首相の演説をヤジった人を排除したわけ』)。全国に先駆けて安倍首相の演説に対するヤジを排除した「実績」に対して総理大臣から感謝状が贈られるかもしれない。

 道警は安倍首相ヤジ問題について、公選法違反については「事実確認中」、警察官の行為については「個別の法律ではなくトラブル防止のため、現場の警察官の判断で動いている」と説明を変えた(朝日新聞7月18日、24日)。共同通信のニュースでは「道警はトラブル防止や犯罪の予防のための措置で、対応は適切」と説明したとある。

 7月24日の朝日新聞によると、この問題で、山本順三国家公安委員長は23日の閣議後の記者会見で「今後とも不偏不党かつ公平中正を旨として職務を遂行していくよう警察を指導していきたいと語った」とある。

 この大臣の説明した文言は警察法第2条2項のうち警察の活動の在り方に関する条文「責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし」をそのまま引用したに過ぎないが、警察法第2条2項はその「旨とし」のあとに「いやしくも日本国憲法が保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあってはならない」と続いている。これも引用するべきだ。

 まさに、道警による安倍演説ヤジ排除問題は、警察官による「日本国憲法が保障する個人の権利及び自由の干渉」であり「権限の濫用」なのだ。

警察は政治的中立ではありえない

警察庁が入る中央合同庁舎第2号館=東京都千代田区

 警察は日ごろから政治家にまつわる公私にわたる様々な情報を得ている。公になれば、その政治家の政治生命が失われかねないスキャンダル情報もある。

 公選法違反の情報も事件として立件送致するのはごくごく一部に過ぎない。脛に傷もつ政治家にはこうした情報を握る警察は恐ろしい存在だろう。

 警察は政治的に中立ではありえないことは前回記事『警察が安倍首相の演説をヤジった人を排除したわけ』でも説明した。国家公安委員長も安倍首相が任命した大臣だ。

 道警は現在、首相演説ヤジ排除について確認した結果を公表していない。

 このヤジが公選法違反になるかどうかは、道警本部の刑事部捜査第2課の選挙違反捜査の法令担当に照会すればたちどころに回答が出る。道警で心配なら警察庁刑事局捜査第2課に聞けばよい。

 私が山梨県警察、熊本県警察の捜査第2課長を務めた当時には、警察庁の捜査第2課に“選挙の神様”と呼ばれていた人物がいた。

 「個別の法律ではなく、現場の警察官の判断」に至っては意味不明だ。警察官の強制力の行使には必ず法的な根拠が必要だし、警察官は組織の一員として上司の指示を受けて職務執行に当たるのが鉄則だ。

 警察は不祥事があると隠ぺいしようとし、隠しきれないとなるといつも現場の警察官に責任を押し付ける。これも警察の悪い癖だ。

 世論は熱しやすく冷めやすい。市民も道警の安倍首相ヤジ問題などはすぐ忘れる。マスコミもこれ以上は深追いしない。さらにマスコミに追及させないようするには日常の道警取材を拒否して記者を締め上げればいい――。

 おそらく、そんなふうに考えている。

 伝えられるところでは、この問題で東京都の男性が特別公務員職権濫用罪等で警察官を札幌地検に告発したようだ。地検が捜査を開始すれば、捜査中を理由にだんまりを決め込めばいい。

 道警はこうした考えで時間稼ぎをしているのだ。

 この予想は見事に的中した。8月6日の道議会総務委員会で民主党・道民連合の山根理広道議が「なぜ(確認に)時間がかかっているのか」と質問したのに対し、山岸直人道警本部長は「現場でのトラブル防止の観点から措置を講じたが、本件に関する告発状が札幌地検に提出されたと承知しており、これ以上のお答えは差し控える」と述べた。

 山根道議が「トラブル防止の観点から措置を講じたと断言したが、それは警察官職務執行法のどの条項にあてはまるのか」と再び尋ねたところ、原口淳警備部長は「本件に関する告発状が札幌地検に提出されたと承知しており、これ以上のお答えは差し控える」と山岸本部長と同じ答弁を繰り返した。

 その後も道警側は「できるだけ早く必要な説明をする」とする一方で「告発状が出ているので差し控える」という答弁を繰り返した。(8月6日HTBニュース)

 この日、道警本部長とともに総務委員会に出席した北海道公安委員会の小林ヒサヨ委員長は「警察の職務執行の中立性に疑念を抱かれたことは残念」と述べた。(8月7日朝日新聞)

 告発状を札幌地検が正式に受理したかどうかは定かではないが、仮に受理したとしても警察と同じ穴のムジナの検察庁が警察官を被疑者とする事件をまともに捜査し起訴する可能性は皆無に近い。捜査したとしてもいつ終わるともしれない。しかも、地検がその結果を公表するわけもない。

 警察はこれまでも自らに都合が悪い問題には「捜査上の支障」を理由に真実を隠し、情報開示を拒んできた。裏金システムが発覚したときもそうだった。市民に率直に謝らない。隠ぺい体質と謝罪しない体質、それが警察の最大の特徴だ。

「警護」はヤジを排除するためではない

 さて、この問題をはっきりさせるため、道警のしくみから考えてみよう。

 朝日新聞によるとこのヤジ問題への説明は道警本部の警備部が行ったとしている。ここがポイントだ。

 警察の仕事はすべて組織として進められる。北海道警察の任務分担は「北海道警察の組織に関する規則」(北海道公安委員会規則)で決められている。

 本件に関係する可能性のある部署を確認してみた。

選挙に関する犯罪の捜査に関すること→刑事部捜査第2課の所掌事務(第20条の10)
雑踏警備に関すること→地域部地域企画課の所掌事務(第20条の2)
警衛及び警護に関すること→警備部公安第2課の所掌事務(第26条の2)

 道警が説明する「選挙の自由妨害の取り締まりのため」であるなら、責任は刑事部。

 「トラブル防止のため」であるなら雑踏警備であり地域部門の責任。

 「雑踏警備」は、多くの人が集まることによる事故を防ぐための警備・警戒で、お祭りやスポーツイベント等の際、制服警察官を動員して、交通規制、参加者の誘導等を行う。スリやダフ屋の取り締まりのため私服警察官も動員するがごく一部だ。

 私も札幌西署長のときには北海道神宮の初詣、円山公園の花見会場、円山球場の読売巨人軍の試合の警備を指揮した経験がある。こうした場所では、酒が絡んだトラブルもあるが、その防止のために警察官のパトロールや広報活動、酔っ払いの保護、喧嘩の現行犯逮捕などで対応した。

 強制力を伴わない警察官のパトロールや広報活動には法的根拠は必要ないが、保護や逮捕には法的な根拠が必要だ。最近では、こうしたイベントの警備は主催者が警備会社に警備を委託することが多いようだ。

 最後の警備部公安第2課の警衛及び警護が今回のケースに該当しそうだ。

 「警衛」対象は天皇と皇族だから今回のケースには関係ない。警衛要則(国家公安委員会規則)2条に「警衛は天皇および皇族の御身辺の安全を確保するとともに、歓送迎者の雑踏等による事故を防止することを本旨とする」とある。

 「警護」は警護要則(国家公安委員会規則)に定めがある。その3条に「警護は、警護対象者の身辺の安全を確保することを本旨とする」とあり、さらに「警護の実施に当たっては、警護対象者の意向を考慮しながら諸般の情勢を総合的に判断して、形式的に流れることなく、効果的かつ計画的に、これを行うようにしなければならない」とある。警護対象者とはこの2条に「内閣総理大臣、国賓その他その身辺に危害が及ぶことが国の公安に係ることとなるおそれがある者として警察庁長官が定める者」となっている。

 総理大臣で暗殺されたのは伊藤博文など5人、いずれも戦前の総理大臣だ。戦後の政治家では野党党首浅沼稲次郎くらいだ。浅沼は1960年に日比谷公会堂で演説中に17歳の右翼少年に刺殺された。アメリカ大統領では、リンカーン、ケネディ、レーガン(未遂)など5人だ。

 警護はこうした事件を防ぐためにあるのだ。ヤジを排除するためではない。

 警護の責任者は警察本部長。本部長は警護情報を集め、警護計画をつくり、必要によっては警護本部を設置することとされている。

 私が旭川中央署長だった1991年6月22日、ときの総理大臣海部俊樹首相が自民党主催の「政治改革国民集会」に出席するため来旭したことがある。

 海部首相はその日の午前、特別機で旭川空港へ着き、市内のニュー北海ホテルで行われた集会で講演、ホテル内で当時の坂東徹市長と昼食、午後から旭川市内中心部のデパート前で街頭演説、旭川空港から帰京した。旭川空港は旭川東署の管轄だがホテルとデパート前はいずれも旭川中央署の管轄内にあった。

 当時の日記をみると、警護計画は旭川方面本部と署の次長や警備課長が協議して案を作成、署長としてその内容について検討して関係する施設等の実地踏査(現地調査)を行ったとある。

 警護計画は旭川方面本部だけで決める訳ではない。道警本部、警察庁にも逐一報告、その度に様々な注文がつく。そのためか方面本部の方針が二転三転、直前になっても警護計画が決まらず、方面本部の警備課長を怒鳴りつけたこともあった。

 当日の日記には「やるべきことはやった。あとは結果を待つのみ」と居直っている。警護や警衛という仕事は雲をつかむような仕事だ。心配しだしたらきりがない。海部首相を狙う暴漢は管内に住んでいる人物とは限らない。全国どこからでも旭川に入ってくる。

 100%というのはありえないのが現状だ。

警察庁が直接動かす「ヤミの警察」

 そもそも警備・公安警察とは何をやっている警察部門なのか。

 警察署長や方面本部長を務めた私でさえ詳しいことは分からないのだから市民が知るわけがない。

 一般的に記者クラブの記者たちの警備・公安活動に対する関心は低い。日常的な取材でも取材対象にしていなかった。警備・公安部門の警察官は口が堅く、しかも、警備・公安の仕事は情報収集であって事件捜査ではない。取材しても記事にはできないし、特ダネはないからだ。強引に記事にしたときには、取材拒否などの警察の報復が待っている。

 つまり、交番、刑事、生活安全、交通といった部門を警察の表の顔とするなら裏の顔、ヤミの警察だ。

 一説では戦前の悪名高い特高警察の流れを汲む部門だとされている。2003年から翌年にかけて道警をはじめ多くの県警で発覚した警察の裏金も特高警察の機密費が発端だとされた。

 警察の内部資料では、警備・公安警察の任務は、政治的主張の下に現体制を暴力的に破壊しようとする勢力、具体的には日本共産党、革マル等の過激派、朝鮮総連、イスラーム教徒などの外国人、労働組合、反戦運動などの市民運動、人権擁護運動などをこうした勢力とみて監視下に置き、その組織内に協力者(スパイ)を作ることが最大の任務だった。

 1958年ころ、私が最初に赴任した札幌中央署で交番勤務をしていたときのことだ。署の警備課の先輩から赤旗の記者を協力者(スパイ)にする作業に協力するように言われた。聞いてみると、その人物は私の小中学校の同級生だった。卒業後に会ってもいないので彼が赤旗の記者をやっていることも知らなかった。私はこれを断ったが、警察では先ほどの勢力が警察に潜入するのを防ぐため、警察官の志願者や現職の警察官本人はもとよりその周辺に共産党員やシンパがいないかを徹底的に調査するセクションがあった。どうやって、私の同級生に赤旗の記者がいることを突き止めたのか、不気味さを感じた。もし、私と彼が親友のような間柄だったら、私は採用されなかったし、昇任できなかった。実際、そうしたことが理由で昇任できないでいる優秀な部下がいた。

 警備・公安警察の最大の特徴は、各都道府県警察の警備・公安部門を警察庁が直接動かしていたことだ。警察庁は署長や方面本部長の頭越しに都道府県警察の警察官を使っていたのだ。

 何故、そんなことが可能か。それは、都道府県警察のトップが警察庁から出向するキャリア官僚だからだ。

 私が道警の組織や人事を担当する警務課長(警視正)のときのことだ。現場の署長らから交番の警察官が足りない、何とかして欲しいという要望が多数寄せられた。当時は、学生運動や過激派によるデモもなく、警備・公安部門の機動隊の出動もほとんどなくなっていた。機動隊員は訓練のほか雑踏警備や交通取り締まりに駆り出されていた。

 当時、機動隊の規模はどのくらいだったかは記憶がないが、その一部を削減しようと考え、機動隊の活動実態を調査するように担当者に指示した。

 ところが、調査が始まった途端、本部長から中止の指示がきた。警察庁からの指示だったようだ。

 私の組織改革はそれで終わった。

首相演説ヤジ排除に至る経緯

 安倍首相の演説に対するヤジ問題。2017年の東京都議選挙では秋葉原での演説の際、「安倍辞めろ」コールに首相が「こんな人たちに私たちは負けるわけにはいかない」と反論し批判を浴びた。

安倍晋三首相が街頭演説をする会場にはプラカードを掲げて抗議する人たちも見られた=2017年7月1日、東京都千代田区

 結局、自民党はこの都議選に惨敗。それ以降、自民党は首相演説に対するヤジには神経を尖らせているらしい。

 今回の参議院選でも東京都内で安倍演説を巡って様々な動きがあった。

 7月7日、東京のJR中野駅前で行われた安倍首相と自民党候補者が行った街頭演説で、抗議活動の様子を撮影しようとした女性のスマートフォンを壊したとして、警視庁中野署が器物損壊容疑で女性(43歳)を現行犯逮捕した。中野署によると、直前に、女性が容疑者に「うるさい」と注意しトラブルとなっていた。当時、中野駅前には多くの反対派が集まり「安倍NO!」の横断幕を掲げ「安倍辞めろ」「帰れ」などと連呼していた。(7月8日産経ニュース)

 このときの様子をBuzzFeed Newsが『安倍首相による東京・中野での応援演説、政権への賛否で一部で衝突も 何が起きたか』のタイトルで写真入りで詳しく伝えている。その一部を引用する。

今回の参院選では7月7日現在、自民党のHPで安倍首相の演説日程を公表していない。(中略)そうした中、ネット上ではハッシュタグ「#会いに行ける国難」で、演説情報が急速に拡散。この日も、安倍首相が姿を見せると、怒号が飛び交った。(中略)支援者と見られる人の中には、日の丸を手にした人もいた。混乱が起きないよう、SPや警察官、関係者らが厳重な警戒態勢をとっていた。

<BuzzFeed News記者の当時のツイッター>そんな反対派の様子を撮影していた人の携帯電話を地面に叩きつけ、画面を壊した女性もいました。警察が仲介に入っています。

(中略)鳴り止まない「帰れ」や「安倍辞めろ!」コール。その声がある場所では、安倍首相による演説の声がかき消され、何を訴えているのかわからないほどだった。そのため、自民党を支持する人々からは「うっせーんだよ。帰れ」「選挙妨害だ」「聞こえないだろ」といった怒鳴り声も上がった。
政権批判のプラカードを掲げる人々の前に立つ自民陣営の関係者がいた。その手に「がんばれ自民党」「安倍総理を支持します」というプラカードが。報道陣のカメラに、批判のプラカードが写らないようにする効果があるように見えた。

 私はこの7月7日の東京中野での安倍首相演説の際の支持派と反対派の衝突が15日の札幌での道警のヤジ排除につながったと考える。

 札幌の後、7月18日には大津市のJR大津駅前で行われた安倍首相の応援演説にヤジを飛ばした男性が警備の警察官に取り囲まれ動けなくされる場面があった。(7月19日朝日新聞)

 札幌と大津のヤジ対策は警察庁の指示があったと考えるのが相当だ。そうでなければ同じことが起きる訳がない。

 参院選最後の安倍演説は7月20日東京・秋葉原だった。

 ここでも聴衆の一部から「安倍辞めろ」コールが沸き起こった。選挙カー周辺は自民党員や支援者が固め、反対する市民らは遠巻きに声を張り上げた。選挙カーに一番近い場所は、党がゲートを設置し入場を規制。「恥を知れ」「忖度」などと書かれた反対派のプラカードを遮るように、支援者らが首相を支持するプラカードやのぼりを掲げた。(7月20日朝日新聞)

 秋葉原では警察官による排除活動は見られなかったようだが、これは、札幌などでの警察の排除活動にマスコミなどが厳しい批判報道を行ったことの影響だろう。

首相の「警護」は首相への「サービス行為」ではない

 今回の安倍首相の札幌駅前と三越デパート前での街頭演説のヤジ対応は、道警が警察庁の指示を受けながら警護計画を策定したはずだ。道警の策定した警護計画には基本方針、部隊編成、突発事案発生時の措置等が明らかになっていたはずだ。

 通常は首相の直近は警視庁のSP(警護員)がガードし、その周辺を道警のSPがガードする。今回は「周辺警護班」のほか、ヤジ「排除班」「排除班支援部隊」(機動隊員)、現場検挙に備えた「採証班」「雑踏整理班」(所轄の制服警察官)のほか、要監視対象人物の発見と行動確認を任務とする「視察班」も配置したはずである。

 現在、共に警察改革に取り組んだ友人が道警や警察庁に「政党党首等の街頭演説に対する警戒体制、警戒方針に関する文書」の開示請求をやってくれている。8月7日に道警から「公文書開示決定期間延長通知書」が届いた。

 これまでのマスコミ各社の報道を総合すると、安倍首相の街頭演説はJR札幌駅前と中央区の三越デパート前の二か所で行われた。この間、安倍首相がどのようにして移動したかは不明だが、地下歩行空間にも入っている。

 札幌駅前では「安倍辞めろ」などと叫んだ男性と「増税反対」と叫んだ女性が排除され、地下歩行空間ではSPに囲まれて歩く安倍首相に背後から「辞めろ」などと叫んだ男性が人だかりから引き離された。

 三越前では「安倍やめろ」と叫んだ男性が再び排除され、「年金100年 安心プランはどうした」と書いたプラカードを掲げようとした女性が制服警察官に取り囲まれて阻止された。

 マスコミが公開している写真や動画を見ると、1人を排除するのにスーツ姿の男性、スーツ姿の女性、白ワイシャツ姿の男性のグループ7~8人で、2人が相手の両腕を抱えて自由を拘束し、それを取り囲むようにして連行している。スーツ姿の男性の襟には赤いバッジがついている。これはSP(警護員)のバッジか? 

 そして、その周辺を制服の男性警察官が取り囲むようにしてガードしている。この制服警察官は左腕に腕章をまいているから機動隊員である。機動隊員の任務は実力行使だから最初からヤジなどには実力で排除する方針だったことが分かる。

 排除された大杉雅栄さんの説明では、声をあげた途端に制圧排除されたというから、この7~8人のグループは、選挙の自由の確保や聴衆のトラブル防止を任務としたものではなく、安倍首相を批判する人物をその場から排除することを任務とする「排除班」だったことは明白だ。

 安倍首相の身辺の安全を確保することを本旨とする警護に首相へのサービス行為まで含まれているとしたら、おかしなことだ。

 道警による今回の札幌の安倍首相へのヤジ排除は、政権の意向を受けたものであると疑わざるを得ない。

「治安維持のためなら多少の違法行為も許される」

 2008年の北海道の洞爺湖サミットでは、道警は全国の警察の機動隊等の応援を得て3000人の警察官を動員し警戒に当たった。7月5日、札幌市内で反サミットデモが行われ、ロイター・ジャパンの男性カメラマンや参加者計4人が逮捕された。

 このとき私は、全国から終結した機動隊車両を豊平川の堤防でビデオ撮影していたところを5、6人の私服に取り囲まれ職務質問を受けた。無視したところ地下鉄に乗るまで尾行されたことがある。このデモ警備の状況もビデオで撮影した。この時には、逮捕に備えて市川守弘弁護士に付き添ってもらった。

 このときは逮捕されなかったが、サミット中は自宅を得体のしれない人物に監視され、毎朝の愛犬との散歩も尾行された。おそらく、得体のしれない男は公安警察官だったろう。

 平成のはじめに東西冷戦が終わり、警察は市民警察を演出した。防犯課を生活安全課に、警ら課を地域課に、警察官派出所を交番に名称を替え、警察官の制服のデザインも一新した。

 警察が市民警察を演じている中で、地下鉄サリン事件等のオウム真理教によるテロ事件が起き、1995年(平成7年)には警察庁長官が狙撃された。オウム真理教のテロ事件の捜査は後手後手に回り多くの死傷者が出た。長官狙撃事件は未解決のまま時効になった。

 2001年(平成13年)にはアメリカで同時多発テロが起きる。

 こうした中、組織犯罪対策と称する警察の権限強化が始まる。暴力団対策法を手始めに、警察がインターネット接続業者に通信履歴の一定期間の保管を要請できるなどの刑事訴訟法改正、特定秘密保護法、通信傍受法、共謀罪、司法取引等の刑事訴訟法改正等々だ。

 捜査手法も相変わらず任意同行という名の強制連行、任意性を欠く強引な取り調べなどのグレーゾーン捜査が横行し、冤罪事件や誤認逮捕が続く。聞き込み捜査は防犯カメラ映像集めに代わり、張り込みはビデオカメラ、尾行は最高裁で違法とされたGPS捜査、DNAデータベースの構築等、法的根拠に問題がある「デジタル捜査」「科学捜査」が公然と行われている。(詳しくは拙書「警察捜査の正体」講談社現代新書)

 私は、こうしたことが「治安維持のためなら多少の違法行為も許される」という考え方を蔓延させ、法や内部規則を守るといった意識を希薄化させているとみている。

 今回の安倍首相の演説のヤジ排除問題にはそうした根深い底流がある。

自民党と警察はズブズブの関係

 権力機関の代表格ともいえる警察の権限が強化され、その権限の濫用が疑われるときにそれを阻止する機関はあるのか。

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