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自衛隊「リストラ」のまやかし

清谷信一

清谷信一 軍事ジャーナリスト

 財務省は人件費削減ために直接戦闘につかない自衛官を削減し、新たに専門職を提案している。自衛官の給与体系が一般職の国家公務員よりも高いからだ。また財務省は30代自衛官の早期退職勧告制度の導入も合わせて提案している。

 これに対して北沢俊美防衛相は「29日の記者会見で、『財務省主導の予算編成だ』と不快感を表明。安易な削減は防衛力の低下につながるとして、財務省案には徹底的に反対する方針」である(「asahi.com」2010年10月29日21時6分)。 

 人件費は高止まりでその他予算を圧迫しており、平均年齢は諸外国の軍隊に比べて高く、これでは戦闘力を維持できない。北沢大臣の反応は脊髄反射的である。自衛隊にとって人的問題がどれほど深刻かをまったく理解していない。防衛省予算で最大の問題は人件費である。 

 このままでは硬直し、肥大した人件費が自衛隊を押しつぶす。財務省の報告書、「日本の財政と防衛力整備」(平成22年度)を見ればこととの深刻さがわかるはずだ。

 防衛省の現在の人員数を維持するのであれば今後、人件費は今後大きく膨らむ。それは退職手当、国民共済負担金、自衛官若年定年退職者給付金、子ども手当などが増加するからだ。平成30年度は今年度に比べてこれらの費用が約878億円も増加することになる(グラフ1)。これは装備調達費の1割強に相当する金額だ。同じ金額で96式装甲車ならば900輛、UH-60なら22~30機が調達できる。

グラフ1

 財務省は防衛省に人件費削減を要請してきた。実際に防衛省も人員を削減してきたのだが、これがまやかしだった。平成3年度に27.5万人だった定員は平成20年度には24.8万人になり、約2.7万人、比率にして約9.6パーセント減になっている。だが実際の人員数である実員は5114人しか減っていない。しかも平均年齢は2.9歳も上昇している。戦闘組織としてはこれは由々しき問題だ。

 削減されたのは士、つまり兵隊だけで、2万人近く減っている。ところが将官・将校に当たる幹部、下士官に当たる准・曹は逆に増えているのだ(グラフ2)。

グラフ2

 自衛隊は民間に例えるならば平社員にあたる士はすべて2年契約の契約社員である。これに対して係長以上の中間管理職(下士官、管理職(将校)、役員(将官)は正社員だ。業績悪化に伴いリストラを断行することにしたが、首を切られたのはすべて派遣の平社員ばかり。ところが正社員の数は逆に増えている。

 士は年齢が若いために給与が低いし、退職金や年金などを含めた人件費は低い。対して下士官から将官は人件費が高い。将だと退職金だけでも7千万円ほどになる。確かに頭数だけは減ったが人件費は減っていない。人件費の抑制という目的のためには本来であれば年齢の高い層、人件費の高い将官や将校の首を切るのが先である。ところがそれは面倒くさいし、「身内」から恨まれる。だから安直に首を切りやすい「契約社員」を減らして「リストラしました」というアリバイ作りをしただけだ。民間でこんなインチキなリストラをする会社があれば倒産している。

 このインチキなリストラによって自衛隊は組織的に致命的な問題を抱えてしまった。自衛隊の定員に対する平均充足率は約93パーセントだが、将官・将校・下士官はほぼ定員いっぱい、あるいは定員より多い階級もある。対して兵隊(士クラス、士長を除く)の充足率は4割程度に過ぎない(グラフ3=※)

グラフ3=※

 つまり前線の兵隊がまったく足りない。これでは現場の部隊は、作戦行動はもとより、まともに業務をこなせない。例えばこの比率を陸自の普通科(歩兵)小隊に当てはめれば充足率は半分である。通常、戦闘部隊は人員の3割を消耗すると「全滅」と判断されて後方で再編成される。つまり現状では戦う前から「全滅」していることになる。

 近年の軍隊は装備に高度化に伴って、軍曹クラスが増えるのは共通したトレンドではある。だがそれにしても自衛隊の現状は異常である。

 陸自の普通科はAPC(装甲歩兵輸送車)として下車戦闘用隊員8人が搭乗できる96式装甲車がある。ところが、その調達テンポは遅く、代わりに4人乗りの非武装の軽装甲機動車をAPCとして多用している。その理由は人員削減だろう。96式は車長と操縦手の2人の乗員が必要である。だが

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