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北朝鮮砲撃事件:「計算された狂気」につけられない鈴

小北清人

小北清人 朝日新聞湘南支局長

 朝鮮半島の緊張が沸点に達している。北朝鮮軍による韓国の延坪島への砲撃で民間人を含む多数の死傷者が出た。島は文字通りの廃墟と化し、やられた韓国では怒りと北糾弾の声があがり、韓国軍は米軍との合同軍事演習に着手、軍事圧力を強める。

 一方の北朝鮮。官営テレビのアナウンサーが「対決には対決、戦争には戦争で断固対抗するのが我々の気質だ」と吠えまくっている。

 軍事挑発と脅迫は北の常套手段だが、「火の海」となった島の惨状は、長年の南北対峙で「危機慣れ」していた韓国人も、ショックを隠せない。

 北朝鮮。恐怖政治と軍事優先の異形の独裁国。外部の空気が入ると生存できず、ハリネズミのように毛を逆立て内に閉じこもる王朝体制。いま3代目に最高権力が引き継がれようとしている。口だけは偉そうだが、自力で国民を食わせる力はなく、核、ミサイル、軍事挑発と、「危ない刀」を振り回し、「オレを放っておいたら大変なことになるぞ」との脅しで周辺国から支援を引き出して生きている。とはいいながら、ロイヤルファミリーをはじめとする特権層は、高級料理を満喫し、輸入のベンツを乗り回す。

 これは筆者も平壌で実際に目撃したが、某最高幹部の乗る車のナンバーは「216」で始まる最高級車。金正日総書記の誕生日、2月16日にちなんだもので、総書記自身からの贈り物だ。これからは「018」ナンバーが大幹部の証明になるのか(後継者・金正恩氏の誕生日は1月8日)。

 軍事挑発を「寸止め」にとどめるのも、ある意味では始末が悪い。「ここまでならやっても大丈夫だろう」と彼らなりに計算しているのだ。本当に戦争になればあっという間に叩き潰されるのがわかっているからだ。一発かますとすぐ逃げる。相手が根負けし、自分たちの言い分を聞き入れるかどうか、反応を探る。そして交渉となると粘りに粘る。「計算された狂気」を駆使する「弱者の恫喝の達人」なのである。

 今回の砲撃事件には、フラストレーションが募るばかりの人も多いに違いない。そして思うだろう。「あの連中の首に鈴を付ける奴はいないのか?」と。

 実はそれは、容易ではない。

 韓国に対し、北朝鮮指導部は内心、「いつ吸収統一されるか」心配で仕方がない。統一すればこれまで享受してきた特権のうまみが根こそぎ奪われる」と恐れているのだ。半面、北は「あいつらに戦争ができるわけない」とタカをくくってもいる。韓国はいまや「持てる国」。北の本格的な軍事挑発による混乱で、ここまで築き上げた生活が崩壊するのを国民の多くは恐れている。北に近いソウル北部は高層マンションの住宅地だ。朝鮮戦争は「豊かな国民」には遠い記憶となったのだ。

 戦争になれば、北は壊滅するにしても、ソウルは火の海となる。90年代の核危機のとき、北への軍事攻撃を検討した米クリントン政権がシュミレーションしたところ、ソウルの犠牲者は10万人規模に達するとの結果が出た。そのため当時の金泳三政権は対北攻撃に断固反対した。

 オバマ政権には、そのクリントン時代の高官が数多く参画している。脅しとウソが常套手段の北のやり口はよくわかっている。だが一方で、北と本気で軍事対決する困難さもわかっている。それを北も承知している。しかも米軍はアフガニスタンで手いっぱいだ。

 生存を賭けた戦いという意味では、日本は北朝鮮にとって論外だ。戦端を開きうる相手ではない。むしろ米韓に対する「心理戦」「工作戦」の拠点だろう。尖兵となる勢力も、以前よりかなり衰えたが、まだ、いることはいる。

 北に鈴をつけられる存在は、現状では最大の援助国・中国だけだろう。北に石油を送る地下のパイプラインを閉じるだけで平壌はパニックになる。実際、昨年春に北が核実験を強行したとき数日間、パイプラインが止められたといわれる。

 その意味で中国との関係は北朝鮮にとって文字通りの死活問題だ。北の国営放送は砲撃事件2日後の25日、金正日総書記が、朝鮮戦争で戦死した中国の故・毛沢東元主席の長男の墓に献花したと伝えた。

「我々の後ろには中国がついてるぞ」と暗に米韓と日本にアピールしたのだ。

 その中国にとって、北朝鮮は重要な戦略拠点だ。北が崩壊し、「統一韓国」ができれば韓国と国境を接することになり、在韓米軍と向き合う事態もあり得る。北の崩壊はある意味、領土を失うような感覚があるのだろう。だから北を刺激するのを避けようとするのだ。

 北朝鮮は、

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