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特殊部隊大国・北朝鮮の暴走、難民対策を急げ

谷田邦一

谷田邦一 朝日新聞専門記者(防衛問題担当)

 朝鮮半島の西岸であった北朝鮮の砲撃事件は、500万人近い死傷者を出した60年前の朝鮮戦争が、まだ遠い過去のものではないことを改めて印象づけた。外交・軍事の専門家は、訓練用の石油にも事欠く北朝鮮が、もはや38度線を突破して大規模な作戦を繰り広げる可能性は低いとみている。しかし、小競り合いがあるたびに、国際社会は何度も最悪の事態を想像しゾッとさせられてきた。核兵器や弾道ミサイル、特殊部隊だけが突出したいびつな北朝鮮人民軍。アジアで最も士気が高い軍事組織ともいわれる彼らが、もし「暴走」を始めたら、どんな事態が考えられるのか。

◎世界最大規模の特殊部隊

 2011年、反乱軍を装った北朝鮮の特殊部隊9人が、九州・博多湾に面した福岡ドームを武力で占拠し、3万人の観衆を人質にとった。やがて大規模部隊が上陸して福岡を制圧、日本は大混乱に陥る――。そんな筋書きを、村上龍は小説「半島を出よ」で描いた。北朝鮮が武力侵攻を始めるにあたり、110万人の総兵力のうち機動力の高い18万人(韓国国防白書)の特殊部隊がまず動く、とみる専門家は多い。

 1950年の朝鮮戦争は、日曜の朝、北朝鮮の戦車部隊を中核とする電撃的な南進で始まった。しかし物資が乏しく装備も旧式になった今は、短期決戦をめざし、徹底した非対称戦で臨むと考えるのが自然だろう。日米韓を相手に、緒戦で優位に立てるかどうかが勝敗を決する。そのためには「宣戦布告」をして相手に身構えさせるような愚挙は避けるだろう。日米韓3カ国のもっとも弱い部分をねらい、もし相手が日本なら、自衛隊に防衛出動命令が出る前に、その油断をついて一気呵成に要所を押さえ込む。国籍がつかめず、何が起きているかも不確かなまま、相手の急所をつかむ作戦は、特殊部隊が最も得意とするところだ。18万という世界最大の規模を抱えるゆえんである。

 特殊部隊とは非正規戦のための要員のこと。個人や数人単位でテロ・ゲリラ戦を遂行する能力をもち、山岳から市街地、水中や沿岸部でも特殊な装備を巧みに操って大部隊並みの破壊・工作活動ができるとされる。

 コードネーム「5055」。朝鮮半島有事に備え、2002年に策定された日米共同作戦計画は、こうした軍事侵攻への対処を折り込んでいる。特殊部隊の多くは、軍事境界線を越えて韓国に侵入するだろうが、一部は日本にもやってくるとみられている。この極秘計画は、北朝鮮の特殊部隊数百人が日本に上陸し、在日米軍基地や原発などの重要施設を攻撃・破壊する事態を想定している。使われるのは偽装漁船や小型潜水艇か。96年に韓国で実際にあった攻撃では、26人の特殊部隊員が小型潜水艇でひそかに潜入し、韓国軍が最大6万人を動員して掃討するまでに50日もかかり、16人の民間人が犠牲になった。北朝鮮の特殊部隊が、昼夜を問わず何日も山岳を踏破し続ける強靱な体力と能力をもっていることに、自衛隊幹部は強い衝撃を受けた。

 11月に砲撃があった軍事境界線に近い大延坪島などの島々は、韓国軍が北朝鮮の特殊部隊による占拠を警戒している最前線でもある。約1700人の島民に対し、韓国軍の海兵隊が1千人も駐屯している重武装ぶりは、その脅威がいかに大きいかを示している。海からの侵入だけではない。特殊部隊は、レーダーに感知されにくいステルス輸送機ももっている。布と木でできた旧式のプロペラ機「AN2コルト」で、夜陰に乗じて特殊部隊の輸送に使われるという。

◎豊富な非対称戦の手段

 日本に侵入した特殊部隊の攻撃目標はなんだろう。在日米軍基地や自衛隊施設のような警備が厳重な対象への攻撃は一部に限定されるのではないか。脆弱な日本社会を震え上がらせ、朝鮮半島で始まる本格的な戦闘に日本が荷担しないよう、政治的な圧力を加える方が効果としては大きいからだ。

 「主要都市をミサイルで核攻撃する」。メディアを使って、こんな脅しをかけるだけで米軍の後方支援を思いとどまらせたり、在日米軍基地からの出撃そのものを阻止できたりすると、北朝鮮が考えてもおかしくはない。保有する非対称な手段には事欠かない。「核」でなくても、「貧者の戦略兵器」と呼ばれる化学兵器や生物兵器を使う手もある。北朝鮮は世界第3位の化学剤の保有国だ。脅しに信憑性をもたせるため、1995年にあった地下鉄サリン事件の手口をまね、潜り込ませたエージェントに同じような事件をあちこちで引き起こさせることも可能だ。たとえ犯人が捕まっても、北朝鮮の犯行と断定するのは容易ではない。

 防衛省は2004年、こうした事態に備えて約300人の特殊作戦群(千葉・習志野駐屯地)を創設した。しかし、有事と認定されなければほとんど身動きできず、宝の持ち腐れに終わってしまう。 

 日米の偵察衛星やインテリジェンス網に、北朝鮮国内の軍事的な兆候が引っかからなければ、悩みはさらに増す。武力攻撃事態のおそれはあっても、明らかな動向がなければ、日本の有事法制度では自衛隊はきわめて限定的な動きしかできないからだ。北朝鮮は、日本を射程におさめる弾道ミサイル・ノドンを約200発保有しているとされるが、ふだんは山岳地帯の洞窟内に発射機を隠している。脅されても、捕捉や攻撃は至難の業だ。こんな事態にさらされたとき、首相官邸はどのような判断を下すのか。

 事態は短時間で急展開する。北朝鮮は、朝鮮半島の南北境界線付近に兵力の70%を張り付けている。あるタイミングで、多連装ロケット砲など超射程の野戦砲数千門がいっせいに火を噴くと、ソウルには1時間に50万発以上の砲弾が降るとされる。最初の24時間で死傷者が100万人に達するとの推計さえある。

 むろん米韓合同軍も、陸海空軍の火砲やミサイル、航空攻撃による本格的な反攻を開始する。韓国の国防白書(2004年版)は、米軍の展開規模を「兵力69万人、艦艇160隻、作戦機約2千機」と記している。あとは物量に任せた全面戦争へとエスカレートする。行き着くところは、それぞれ核兵器をもつ両陣営のチキンゲームだろうか。うなぎ登りに増える犠牲者を顧みて停戦に持ち込むのか、それとも滅亡をかけて戦闘を続行するのか。

 ちなみにミリタリーバランス2010によると、 ・・・続きを読む
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筆者

谷田邦一

谷田邦一(たにだ・くにいち) 朝日新聞専門記者(防衛問題担当)

1959年生まれ。1990年、朝日新聞社入社。社会部、那覇支局、論説委員、編集委員、長崎総局長などを経て2013年4月から社会部専門記者(防衛問題担当)。主要国の防衛政策から最新兵器、軍用技術まで軍事全般に関心がある。防衛大学校と防衛研究所で習得した専門知識が、現実の紛争地でどのくらい役立つのか検証取材するのが夢。

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