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新防衛大綱と戦車(2)戦車以外に目を向けよ――陸自の装備不足

清谷信一

清谷信一 軍事ジャーナリスト

 戦車は、戦車だけでは戦えない。歩兵、工兵、砲兵といった諸兵科を伴わずに突出した戦車部隊は脆い。これは第4次中東戦争(1973年)などの戦訓を見ても明らかだ。軍事の専門家の間では常識である。

 だが、陸自の戦車勢力の拡大を唱える人たちは、この現実を無視している。

拡大ISRシステムで得た情報はネットワークで共有される。

 昨今の戦場で最も重要視されるのはC4ISR(Command Control Communication Computer Intelligence, Surveillance, and Reconnaissance)である。

 これはネットワーク化と情報化と言い換えてもよい。つまり敵を発見し、敵情をつぶさに観察し、敵の勢力や位置などを把握し、その情報をネットワークによって共有することだ。

 具体的には、暗視装置、ビデオカメラ、レーダー、レーザー測距儀などのセンサー類、コンピューター、GPS(全地球測位システム)、コンピューター、データリンクなどを統合したISR(Intelligence, Surveillance and Reconnaissance)システムを有人偵察機、偵察ヘリ、無人機、砲兵の前方観測チーム、偵察部隊などが使用して敵情を把握する。そして、これらの情報をネットワークで結んで共有化する。

 近年は精密誘導兵器が発達しているが、これらを最終的に誘導するのは、目標に対するレーザー・デジネーターによるレーザーの照射が多く用いられる。このためC4ISRに「目標捕捉」(Target Acquisition)を加えて、C4ISTARと呼ぶこともある。また、暗視装置などの普及による全天候化も情報化に含まれる。

拡大un暗視装置、GPS、レーザー測距儀などを組み合わせた野戦用ISRシステム。

 例えば、偵察部隊がこれらのISTARアセットを使用すれば、夜間や雨天でも敵の正確な位置が特定できる。しかも座標だけではなく標高などの情報もコンピューターのバトル・マネージメント・システムのデジタルマップ上に表示できる。ビデオ情報をリアルタイムで味方の司令部、砲兵部隊、歩兵部隊、戦車部隊でやり取りすることも可能だ。

 こうしたISRアセットによって得た情報をもとに、まず航空部隊や砲兵が敵地上部隊を攻撃する。砲撃に際しては、砲兵部隊の本部は各砲にそれぞれ目標を割り当て、緒元はもとより仰俯角、発射弾薬の種類、弾数まで指示するので、無駄弾を極力抑えることができる。この場合、レーザーによる誘導が可能であれば、精密誘導兵器で極めて高い精度で敵を攻撃できる。精密誘導兵器の中には自らセンサーを持っていて、最終誘導を必要としないものもある。これらの精密誘導兵器は、だいたい戦車の装甲が薄い上面から攻撃するので、容易に戦車を撃破できる。

 次いで、歩兵部隊の迫撃砲(精密誘導弾を含む)の掩護を受けた機甲、歩兵、工兵などの諸兵科が敵の部隊を攻撃する。

 戦場では、常に敵の動向が分かるわけではない。また、味方の部隊と確実に連絡が取れるわけでもない。これらによる不確定要素を古来より「戦場の霧」と称してきた。この「霧」を晴らそうというのが今日の情報化である。テレビゲームの戦争ゲームならば、自分が相手の配置を全部露出するモードで戦うようなものだ。

 ところが陸自ではこの「C4ISTAR」による情報化が非常に遅れている。偵察部隊はおおむね肉眼でしか敵を探索できない。偵察用UAV(無人航空機)もなきに等しい。このため夜間、雨天や霧などの悪天候下では索敵がほとん困難になる。

 陸自の観測ヘリ(偵察機)OH-1は、近年データリンクで画像を送ることができるようになったが、ネットワーク化が遅れているので、ほとんどの部隊がその情報を共有できない。最新型の10式戦車ですら、このヘリとの情報がやり取りができない。ゆえに情報の伝達は、従来と同じく音声無線が頼りだ。

 当然、司令部も各部隊も「戦場の霧」のまっただ中だ。連隊規模のネットワークである基幹連隊指揮統制システム(ReCs: Regiment Command Control system)は、第2師団(北海道)で試験的に導入されているだけだ。

 そもそも、自衛隊にはFAC(前線航空統制)部隊が存在しないので、空自戦闘機の精密誘導弾による支援が期待できない。これでは誤爆も多くなる。戦場での誤爆は意外に多いのに、それが防げない。陸自には極めて射程の長いミサイル、96式多目的弾システムなども存在するが、肝心の索敵手段がないので宝の持ち腐れになっている。

 特科(砲兵)も基本的に音声によって、それぞれ紙の地図を見ながら射撃をするので、不正確だし、射撃開始までに時間がかかる。また目標がダブったりして効率的な射撃が難しい。さらに自衛隊の特科には精密誘導が存在しない(ただし、近くMLRS、すなわち多連装ロケットシステムの一部に誘導ロケット弾が配備される予定だ)。

 また、普通科が保有する迫撃砲にも誘導弾は導入されていないし、自走迫撃砲は第7師団(北海道)にしかないので、ほとんどの普通科(歩兵)部隊は、機甲部隊に随伴しながら迫撃砲の射撃を行うことが極めて困難だ。牽引式迫撃砲は装甲化されていないので、敵の反撃を受ければ多大な損害を受ける。

 このように、実際の戦場では10式戦車の部隊だけがネットワーク化されていても、まともな情報を得られない。いかに最新鋭であっても、孤立した戦車部隊は、自分たちの車載センサーに頼るしかない。このため索敵範囲はわずか数キロに過ぎなくなってしまう。また、味方の歩兵がISRのアセットを持っていないので、360度くまなく索敵・警戒することも不可能だ。敵の砲兵や歩兵がアウトレンジから精密誘導弾を使用すれば対抗手段がない。

拡大90式に随伴する89式。

 しかも戦車以外で、どうにかまともな防御力と路外踏破性能を持っている装甲車輛は、わずか70輛ほどの89式装甲戦闘車ぐらいだ。本来、この手の歩兵戦闘車は戦車の2~3倍の数を必要とする。仮に戦車が600両ならば1200~1800輛は必要なのである。しかも、この手の歩兵戦闘車は偵察部隊での利用も想定されているから、実際はもっと多数の車両が必要になる。その89式も採用以来ほとんど近代化されておらず、旧式化が著しい。10式戦車を採用するのであれば、新型の歩兵戦闘車を大量に導入し、あわせて既存の89式を近代化すべきだが、財政危機を目前にした今の自衛隊にはカネがないので実現できない。

 8輪の96式装甲車や4輪の軽装甲機動車では、悪路で戦車に随伴できない。またこれらの装甲車は防御力がせいぜい7.62ミリ通常弾までで、NATO規格のレベル1程度。狙撃兵の徹甲弾で容易に装甲が貫通されてしまう。しかも、この程度の装甲車すら普及していない部隊も多く、彼らは非装甲の高機動車やトラックで随伴しなければならない。

 今日の歩兵戦闘車や装甲兵員輸送車は、せめてNATO規格のレベル2~3の防御力が必要となる。しかもIFV(歩兵戦闘車)が20~40ミリ程度の中口径機関砲や対戦車ミサイルを装備しているのに対して、96式は12.7ミリ機銃や40ミリグレネードランチャーしか有していない。しかも96式の火器は安定化装置を有していないので、走行中に射撃しても命中が期待できない。軽機動装甲車に至っては非武装であり、走行中はおおむね搭乗した普通科隊員が有する5.56ミリ機銃ぐらいしか武装がない。5.56ミリ機銃では敵の装甲車輛にダメージは与えられない。反撃するには車上から、あるいは下車して携行型対戦車兵器を使用するしかない。つまり敵のIFVには対抗する術がほとんどないといってよい。

拡大機甲戦での生存性が期待できない軽装甲機動車。

 また、運転手および車長用の暗視装置がないので、索敵はもちろん、夜間に戦車に随伴して行動することさえ困難である。現在の暗視装置は、以下の二つのようなパッシブ式が主流だ。まず、ナイトビジョンは小さな光量を増大する仕組みで、価格は安いが探知距離が短く、雨天や霧では機能しない。だが、視界は広い。もう一つがサーマルイメージャーで、熱源の赤外線を映像化する。探知距離が長いし、雨天や霧でも探知が可能である。だが視野が狭く、発熱していない対象は探知できない。

 現在では、下車戦闘歩兵もほぼ全員が、このナイトビジョンやサーマルイメージャーを装備する傾向にあるが、陸自ではこれまたほとんど普及していない。しかも音声式の無線機すら定数の何割もの規模で欠如し、さらに何割かが既に耐用年数を過ぎている「ポンコツ」である。まともな無線機は2~3割程度しかないとみていいだろう。演習では、他の中隊から無線機を借り、それでも足りない隊員たちは私物の携帯電話で通信を行っているありさまだ。

拡大仏軍が既に導入を開始している将来歩兵システム「フェラン(FELIN)」。全員が暗視装置を有しネットワーク化されている。

 当然、同盟国の米軍ともネットワーク化されていないので、共同作戦は実質的に極めて難しい。米軍は、 ・・・続きを読む
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筆者

清谷信一

清谷信一(きよたに・しんいち) 軍事ジャーナリスト

軍事ジャーナリスト、作家。1962年生まれ。東海大学工学部卒業。03~08年まで英国の軍事誌Jane's Defence Weekly日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関、Kanwa Informtion Center上級顧問。日本ペンクラブ会員。著書に『専守防衛─日本を支配する幻想』『防衛破綻―「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『自衛隊、そして日本の非常識』『ル・オタク フランスおたく物語』、共著に『軍事を知らずして平和を語るな』『アメリカの落日―「戦争と正義」の正体』『すぐわかる国防学』など。最新刊に『国防の死角――わが国は「有事」を想定しているか』。

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