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「ニュースにだまされるな!」ナショナリズムをとことん考える

朝日ニュースター「ニュースにだまされるな!」×WEBRONZA提携

 朝日ニュースターの人気番組「ニュースにだまされるな!」(朝日ニュースター公式サイト)が、WEBRONZA(ウェブロンザ)スペシャルに登場。一挙に文字で、かつウェブで読めます。放送時間を3時間に延長した今回のテーマは、「ナショナリズム」(1月1日(土)初回放送)。尖閣諸島や北方領土などの領土問題、中国の反日デモなど、日本や周辺諸国、欧米諸国のナショナリズムが活発化しています。中村さん、金子さんが迎えるスタジオに集まった5人のゲストは、今後の日本と世界をどのように論じたのでしょうか。

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◆「ニュースにだまされるな!」ナショナリズム(初回放送:2011年1月1日(土)19:00~21:55)。司会:中村うさぎ(作家)、金子勝(慶応義塾大学教授)。ゲスト:大澤真幸氏(社会学者)、萱野稔人氏(津田塾大学准教授)、木村三浩氏(一水会代表)、アーサー・ビナード氏(詩人)、藤本由香里氏(明治大学准教授、あいうえお順)。

◆次回の番組は、2月5日(土)22時からの放送で、テーマは「菅政権 危機を乗り越えられるか」です。ゲストは、荻上チキ氏(評論家)、糠塚康江氏(関東学院大学教授)、松田光世氏(菅首相元政策秘書、民主党・橋本べん衆院議員政策秘書)、山口二郎氏(北海道大学教授、あいうえお順)。司会はもちろん、中村うさぎさん(作家)と金子勝さん(慶応大学教授)です。再放送:6日(日)3時00分~、同16時00分~、9日(月)21時00分~、10日(水)14時~、11日(木)1時00分~。詳しくは番組ホームページへ。「ニュースにだまされるな!」番組公式サイト。

【司会】

 ■中村うさぎ(なかむら・うさぎ) 作家、エッセイスト。1958年生まれ。コピーライターやゲームライターを経て、91年にライトノベル作家としてデビュー。自らの浪費や美容整形を綴ったエッセーなどで著名に。著書に『狂人失格』『女という病』『私という病』『セックス放浪記』など。

 ■金子勝(かねこ・まさる) 慶応義塾大学経済学部教授。1952年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得修了。専門は財政学、制度経済学、地方財政論。著書に『新・反グローバリズム』、共著に『新興衰退国ニッポン』『日本再生の国家戦略を急げ』など。

【ゲスト】

 ■大澤真幸(おおさわ・まさち) 社会学者、元京都大学教授。1958年生まれ。専攻は数理社会学、理論社会学。社会学博士(東京大学)。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。東京大学文学部助手、千葉大学助教授などを歴任。2010年から個人誌「THINKING “O”」を発行。著書に『行為の代数学』『身体の比較社会学(1)(2)』『意味と他社性』『戦後の思想空間』『ナショナリズムの由来』『不可能性の時代』『〈自由〉の条件』『現代宗教意識論』『「正義」を考える』、共著に『見たくない思想的現実を見る』『自由を考える――9・11以降の現代思想』など。

 ■萱野稔人(かやの・としひと) 津田塾大学学芸学部准教授。1970年生まれ。専門は哲学、社会思想。2003年、パリ第十大学大学院哲学科博士課程修了。哲学博士。東京大学大学院総合文化研究科21世紀COE「共生のための国際哲学交流センター」研究員を経て現職。著書に『国家とはなにか』『カネと暴力の系譜学』『権力の読みかた』『暴力はいけないことだと誰もが言うけれど』、共著に『国家とアイデンティティを問う』『超マクロ展望 世界経済の真実』など。

 ■木村三浩(きむら・みつひろ) 一水会代表。1956年生まれ。「月刊レコンキスタ」発行人。高校生のころから右翼活動に参加。1978年には尖閣諸島に上陸。81年、新右翼「統一戦線義勇軍」の結成に参加。92年、同じく新右翼の「一水会」書記長となり、2000年に同代表就任。03年、米国のイラク攻撃に反対。著書に『鬼畜米英―がんばれサダム・フセインふざけんなアメリカ!!』『男気とは何か』『憂国論 新パトリオティズムの展開』、共著に『日本の右翼と左翼』など。

 ■アーサー・ビナード(Arthuer Binard) 詩人、翻訳家、エッセイスト。1967年、米ミシガン州生まれ。ニューヨーク州コルゲート大学英米文学部卒業。卒業論文執筆時に日本語に興味を持ち、90年に来日。詩集に『左右の安全』『釣り上げては』、著書に『亜米利加ニモ負ケズ』『空からきた魚』『日々の非常口』『日本語ぽこりぽこり』『出世ミミズ』、絵本に『ここが家だ ベンシャーンの第五福竜丸』など。ラジオパーソナリティも務める。

 ■藤本由香里(ふじもと・ゆかり) 明治大学国際日本学部准教授。1959年生まれ。東京大学教養学科卒業。筑摩書房の編集者を経て現職。編集者、評論家としてフェミニズムや漫画評論、コミュニケーション論などの書籍を刊行。著書に『私の居場所はどこにあるの?』『愛情評論』『快楽電流』『少女まんが魂』など。

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♪オープニングミュージック:忌野清志郎「GOD」

うさぎ 明けましておめでとうございます。金子さん、いよいよ2011年になりました。

金子 そうですね。今年はどんな年になるでしょうか。今年は節目の年です。2011年はソ連が崩壊して20年。9・11から10年。この20年で、まず米国のユニラテラリズム(一国決定主義)が暴走し、その後に崩壊が始まって、これまでの世界の基本構造が溶解してきています。

うさぎ 今後もどんどんメルトダウンしていくのでしょうか。

金子 何か、悪い方向に向かっている気はします。EU(欧州連合)が解体してしまうとか、米国の金融危機が再燃するとか。

うさぎ またですか。

金子 今、米国の銀行経営や金融システムの環境がどんどん悪化しています。米国が再びデフレに突入してしまい、中国のバブルを抑えようとして新興国のバブルもはじけてしまうなど、いろいろなシナリオが考えられます。何も起きない可能性もありますが、潜在的に大きな危険が眠っているというのに日本の政治はぼろぼろの状態です。

 今年のキーワードは「歴史と記憶」だと思っています。長いスパンで何かが終わり始めていて、何かが始まっている。そうした転換期だということをしっかり考えないと、どこに行くか分からない混沌とした世の中になってしまう。今年は、長期的な視野を持たないといけない年になるだろうと私は思っています。

うさぎ そこで、今回は「ナショナリズム」というテーマでお送りします。

金子 まさに今年は、漂流するナショナリズムをきちんと見据えなければならない。ですので「ナショナリズム」の論客をお招きしました。

うさぎ 時間も1時間延長して、新春の3時間生放送です。

金子 日本も世界も不安定な世の中です。尖閣や欧州の問題で明らかなように、世界中で極右勢力が台頭しています。

うさぎ 米国のティーパーティー(茶会)運動もそうですね。

金子 朝鮮半島もきな臭い。悪い意味でのナショナリズムに影響されて政治が営まれてしまうと本質的な問題の解決にはならないので、きちんと問題を見据えて我々が漂流しないための3時間にしましょう。

うさぎ 「ナショナリズム」をしっかり見据えた徹底討論です。

金子 この番組を見た人は迷子にならない。見ない人は迷子になってしまうかもしれない。

うさぎ ぜひ民主党の方々にも見ていただきたいですね(笑い)。「ニュースにだまされるな!」新春3時間ライブ、いよいよスタートです。

(CM)

(冒頭テロップ)

2011年 ナショナリズムは世界中で炎上?/日中韓、米中、EU圏でも国益衝突?/小泉、安倍はナショナリストだった?/三島由紀夫と石原慎太郎は同類?/ロスジェネはナショナリズムに傾く?/ネットはナショナリズムを増幅する?

うさぎ 今回は「ナショナリズム」がテーマです。

金子 「元日早々、重たい話になりそう」と思う人もいるかもしれませんが、そんなことはないでしょう。でも、尖閣や朝鮮半島、米国でオバマを敗北させたティーパーティーといった現象が起きています。米国では、安倍元首相や麻生元首相もびっくりのペイリン元アラスカ州知事のような人の人気が高い。日本も米国も、失業が多くて景気も回復せず、歯車が狂い始めている感じです。

うさぎ 今回のテーマを一緒に考えていただくゲストの方々をご紹介します。社会学者の大澤真幸さんです。大澤さんは『ナショナリズムの由来』『帝国的ナショナリズム』などの著書を出されています。

大澤 よろしくお願いします。

金子 僕も、『見たくなる思想的現実を見る』という本を一緒に出しています。大澤さんは、簡単なことを無理に難しく考えるのが魅力で、ものすごく分厚い著書をお持ちです。座布団を上に掛けたら、枕にぴったり(笑い)。

うさぎ 出版不況の中で、あんな分厚い本を出すのは珍しいですね。

大澤 「辞書」などと言われています。

うさぎ 「広辞苑」とか。

金子 「ひとり広辞苑」ですね。

うさぎ 大澤さんには、後ほど「ナショナリズム」についての深いお考えを解説していただきたいと思います。そして、一水会代表の木村三浩さんです。

木村 よろしくお願いします。

うさぎ 木村さんは、一水会という右翼の組織の代表をされています。

木村 そうです。正しくは民族派の団体です。

うさぎ 民族派団体というのは、右翼とは違うんですか。

木村 ほぼ同じですが違うところもありまして、民間の団体です。

金子 木村さんとは少し前にある新聞記者の葬儀でお会いして、今回お呼びしたいと考えました。いわゆる「右」も「左」も、情緒的でカリカチュア(戯画)化したイメージだけが流通していて、保守や民族主義、ナショナリズムについて、深く問いを追求していない人が多い。

木村 例えば、2003年に米国がイラクを攻撃したときに、私たちはイラクの立場を擁護して米国を批判しました。これは右翼かというと、そうとは言いにくい面があります。

うさぎ 右翼というと、私はどうしても街宣車のイメージが強いです。

金子 日本の右翼は、米国べったりで米国についていけばいいという人もいて、それとナショナリズムの関係をどう考えればいいのか分かりにくい。もしかしたら、一水会が本当の純粋な右翼なのかもしれない。

中村 その辺は後でゆっくりお話させてください。そして、津田塾大学准教授の萱野稔人さんです。

萱野 よろしくお願いします。

うさぎ 萱野さんは、金子さんと対談されるそうですね。

金子 そうです。1月11日(火)夜に朝日カルチャーセンター新宿で。耳障りのいい言葉を並べる若い方が多い中で、萱野さんはいい意味で嫌われそうな発言をするので、好感を持っています。

うさぎ 金子さんも嫌われ者ですからね(笑い)。

金子 そうそう。少しは、えぐいことを言わないと面白くないですからね。

萱野 そうですね。「ナショナリズム」というまた嫌われそうなテーマに呼んでいただいたので、そうした傾向が増幅されそうです。

金子 今日の話題は、萱野さんにぴったりだと思います。

うさぎ この後、お二人でゆっくりと嫌われ者ぶりを発揮していただきたいと思います。続いて詩人のアーサー・ビナードさんです。

ビナード よろしくお願いします。

うさぎ ビナードさんは日本での暮らしは長いのでしょうか。

ビナード もう足かけ21年です。もう少しで人生の半分になります。そうなると僕は何人なのか……。

金子 番組が始まる前に、「出演者で日本語が一番できるのは誰だろう」と考えたのですが、ひょっとしてビナードさんかもしれない(笑い)。

うさぎ 先ほど、ビナードさんに「元旦」という言葉の意味を教えていただきました。

金子 ビナードさんは実は、政治や社会の問題に対して鋭い面白い発言をされています。朝のラジオにも出演されていて(文化放送系「吉田照美 ソコダイジナトコ」毎週木曜)、僕は早起きなのでよく聴いています。

うさぎ ビナードさんは、ご自身では「アイデンティティーは日本人」という感覚をお持ちですか。

ビナード 母国語の英語を捨てたわけではありませんが、日本語で仕事をして書くことが多いので、日本語の思考回路に染まってはいますね。「どちらか一つだけ」という排他的なアイデンティティーではなくて、両方が根付いています。でも英語のメルトダウン(溶解)が始まっていて、根っこの部分が今後どうなるか心配です。

金子 ビナードさんは、米国も日本も突き放して見ることができる人だと思います。私たちは日本育ちで日本ありきですから、中に入り込んでしまって見えなくなる部分がある。恋愛している男女と同じで、「二人はなぜ恋愛しているのか」という疑問はなかなか抱きにくい。ビナードさんの立場は、とても有利だと思ったりもします。

うさぎ そんな立場ならではのご意見を後ほど伺いたいと思います。そして、明治大学准教授の藤本由香里さんです。

藤本 よろしくお願いします。

うさぎ 藤本さんは、出版社の編集者時代から少女漫画の評論・研究などをされていて、現在は大学で日本文化論を教えていらっしゃいます。

藤本 漫画文化論を担当しています。所属は国際日本学部という新しい学部で、日本のことをよく知ってそれを海外に発信できる人材を育てる、というのがコンセプトです。日本のポップカルチャーも日本文化ですから、学部としてもかなり力を入れています。

うさぎ 今や、アニメや漫画は日本の代表的な文化ですからね。

藤本 そうですね。

金子 代表的な文化であると同時に、代表的な産業ですね。「ポケモン」なしに、おもちゃメーカーは成り立たないし、「スーパーマリオ」なしに任天堂は成り立たない。重要なソフトウエアなのに、そういう感覚の人は国内でもまだまだ少ない。公立の漫画博物館を建てようとすると怒りだす人がいます。(日本のポップカルチャーが人気の)フランスに行ってみればいいと思うほどです。

藤本 フランスでは漫画は人気がありますね。国立の漫画博物館もあります。そのほか世界各国で漫画やアニメをきっかけに日本語を学ぶ人が増えていて、日本の漫画やアニメを日本語で読みたい、見たいというのが日本語を学ぶ動機のかなり大きな部分を占めています。

ビナード 米国にとってのハリウッド映画に匹敵するのが、日本のサブカルチャーですね。それなのに、それを規制しようとしている人たちもいます。

藤本 そうです。昨年は1年間、都条例改正問題で振り回されました。

金子 ちょっとした暴力やエロの表現が問題だ、などともっともらしい理由を挙げていましたが、大事な文化は守らなければいけない。

うさぎ この問題についても後ほどお話を伺います。今回は5人のゲストと一緒に「ナショナリズム」について語り合います。

金子 ちょっと意外なメンバーだと思う方もいるかもしれません。雑誌の企画でもなかなかない。僕は、今回のゲストが集まった時点で満足しているところが正直あります。

うさぎ どんな議論が展開するのか楽しみです。

金子 「ナショナリズム」は使い古された言葉ですが、そもそもナショナリズムとは何なのか。これは「辞書」であり「広辞苑」の大澤さんに説明してもらうとして、その前に、今回の意図を申し上げておくと、まず、ナショナリズムを普遍的に抽象的に議論しても面白くない。その一方で、日本の現状を冷静に考えてみると自分たちの「居場所」が分からなくなっています。日本は戦争に負けて以来、「米国についていけば大丈夫」ということでずっとやってきた。日本人の意識には、米国のあの物質的な豊かさに負けたという思いがあって、日本は国際的には中国を含む連合国に負けたのに、決して中国や韓国に負けたとは思っていない。米国に頼って米国を経済で追い越せば自分たちのナショナリズムは満たされてきました。古すぎて分からない人もいるかもしれませんが、力道山がルー・テーズをやっつけて観衆が喝采したのと同じです。戦争では負けたけれど経済で追い越したというのが80年代の高揚感を生みました。

うさぎ バブルのころには、確かにそういう感じがありました。

金子 ところが、米国が貿易赤字と財政赤字で苦しんで衰退し始めると、米国についていくだけでは許されず、どんどん要求されるようになった。小泉政権のときが典型的ですが、日米構造協議などといって、次々と米国にむしり取られるようになっていく。

 さらに、負けていなかったはずの中国や韓国、つまり人によっては「こんなやつら」と思っていた国々にも経済的に追い抜かれ始めています。そうして生まれた屈辱感や屈服感があるところに、尖閣や朝鮮半島の問題に火がつきました。米国に頼り、中国や韓国を軽蔑してアジア初の先進国だと誇っていた戦後日本のアイデンティティーそのものが壊れてしまった状況で、「私たちは何者なのか」「何を頼りに生きていけばいいのか」ということが見えにくくなっています。

 今回は一般論ではなく、そうした大きな流れの中でナショナリズムを考えなければいけないでしょう。過去にさかのぼりながら、さまざまなバックグラウンドを持ったゲストが集まって論じれば面白くなると思います。

うさぎ なるほど。今、この時代において日本人であるとはどういうことなのか、ということですね。

金子 最終的には、そういうことも考えざるを得ない。世界で起きていることを考えるときも、「日本はどこへ向かっていけばいいのか」ということが多少分かれば、だいぶ違って見えてくるはずです。でも、その前にやっぱり「辞書」が必要ですね(笑い)。

うさぎ まずは「ナショナリズムとは何か」について、「歩く広辞苑」の大澤さんにご説明いただきたいと思います。

大澤 分かりました。これから議論をするに当たって「歩く広辞苑」として(笑い)、何がナショナリズムかについて、最初に少しだけ勉強しておこうと思います。

 ナショナリズムの語源は、言うまでもなく「ネーション」です。日本語では「民族」「国民」と訳しますが、こうしたネーションに対して愛着を持ったり、それを尊重したりする態度や感情、思想をナショナリズムと言います。

 しかし、そもそもこの「ネーション」が何かということがとても難しい。「国民」や「ネーション」は普通の言葉ですが、簡単に言えば私たちのふるさと、故郷などとある種、似ているところがあります。ライフスタイルや文化が共通していることで感じる「ふるさと感覚」と言えますが、普通のふるさととすごく違うところが一つだけあります。それは、(限られた範囲の)直接的な人間関係を圧倒的に超えているということです。例えば先日、フィギュアスケートの浅田真央さんがトリプルアクセル(三回転半)を飛べるのかについて日本中の何千万人もの人が気にしました。ところが、よく考えてみると浅田さんと個人的に関係がある人はほとんどいない。つまり自分とは個人的に関係がないのに、ものすごく強い仲間意識や家族意識を持つというところが、ネーションの大きな特徴です。

 ネーションについて考える上でのポイントは他にもいくつかあります。まず、ネーションは学問的に考えると、非常に複雑で変わった概念です。少し分かりにくいのですが、ネーションは非常に広い広がりを持つけれども、逆に限られたものだとも言えます。つまり、全然知らない人も含めて仲間意識を持つという広がりがあるのに、自分のネーションを人類全体にまで拡大しようと思う人はいない。

 「そんなの当たり前だ」と思う人もいると思いますが、例えばネーションはよく宗教共同体と比較されます。キリスト教徒の共同体である教会は、ゆくゆくは人類全体がクリスチャンになればいいと思っている。けれども、どんなに大規模で傲慢なネーションも、世界中の人が中国人になればいい、米国人になればいい、とは考えない。ネーションはどんなに大きくても限られたものであるということが特徴の一つです。

 二つ目に、ネーションは「新しいのに古く感じられる」という特徴があります。学者によって少し見解が違いますが、いつからネーションがあったのかというと、9割以上の人がネーションは近代の産物だと言います。これは、長くても200年少々ということです。例えば、普通の日本人が自分を日本人だと思うようになったのは、おそらく日清戦争から日露戦争の間ぐらいの時期。約100年前のことです。ところが多くのナショナリストは、日本という国の存在はもっと古いと考える傾向があります。1千年以上前の6~7世紀にさかのぼって天皇を「万世一系」と称したりしますが、そのころにはまだ日本人はいなかった。このように、客観的には非常に新しいのに古いと感じるのが、ネーションの重要な特徴の一つです。

 三番目に、これも分かりにくいのですが、ナショナリティーは形式的に見ると普遍的に存在するように思えるけれど、具体的に見るとものすごく多様だという特徴があります。これは次のような比喩で考えると分かりやすいと思います。例えば、明治大学と立教大学の学生は、それぞれ入学基準が違うので学風や学力などに若干違いがある。でもこれは遠くから見れば大同小異でしょう。どちらも(日本の)大学生だから同じような年齢だし、同じような学力だし、関心があるものも同じだし、若者気質も同じ。客観的にみれば、大学間の差異は決して大きくはない。ところがネーションの場合はそうではない。世界中の人がどこかのネーションに一応所属していることになっているのに、個々のネーションを見ていくと、例えば日本人的なものとギリシャ人的なものは全然似ていない。ネーションそのものはどこにでもある一般的なもののはずなのに、一つ一つは大きく違うというのが重要な特徴です。

 四番目には、どんなネーションも非常に強い平等志向性があるのに、ネーションの中では必ず不平等や差別がある。国民意識が目覚めてくる過程では、「国民はみんな平等だ」という意識が強くなって、しばしば民主化運動が盛んになります。日本も、江戸時代には士農工商と身分が分かれていたのが、明治維新のときに身分がなくなって国民意識が生まれる。そうなると「国民は平等でみんな仲間だ」という意識が強まりますが、日本も含めたどのネーションでも、必ずマイノリティー(少数派)やマージナル(周辺・辺境)な人がいる。中心でイニシアチブを握っている人との差別が必ずあるわけです。このように、平等志向なのに差別がある、というのもネーションの特徴です。最後にもう一つだけ言っておくと、ネーションは最初に言ったように、文化やライフスタイルから生まれた仲間意識が元になりますが、どんなネーションも単に文化的な仲間に充足せずに、政治的に自立したり、主権を持とうとしたりする傾向が非常に強い。国民国家は比較的安定しますが、国民国家になれなかったネーションは紛争の種になりやすい。こうした特徴を押さえておけばいいんじゃないかなと思います。

うさぎ なるほど。非常に分かりやすい説明で、面白かったです。

金子 僕は経済学が専門なので、法律の共有や軍隊で財産権を守るといった国内の自由な市場をつくるための「器」として、国民国家が最終的に形成されるという感覚で受け止めています。だとすれば民族も同一じゃなくていい。例えば「米国人」といっても、米国には多様なオリジン(出自)の人がいます。米国も中南米も、先住民に対して植民地を新しくつくった人たちがネーションをつくり、近代の資本主義が成立しました。海に隔てられた日本にいるとネーションが昔から続いているように見えますが、他の大半の国の国境や国の成り立ちは、不安定でどんどん動いているというのが本当のところです。

 もう一つ言うと、皮肉なことに、第1次大戦や第2次大戦の「総力戦」を契機にして「福祉国家」が誕生しました。第1次大戦後のドイツでワイマール憲法が生まれ、第2次大戦中に英国の社会保障を基礎づけた「ベバリッジ報告」が出され(1942年)、ベトナム戦争中にジョンソン大統領の「偉大な社会」が唱えられました(1965年)。こうして、外敵から守るべき国家に属するすべての人が投票権を持って参加し始め、大衆民主主義の世の中になっていきました。

 近代国家以前は、軍隊も傭兵で、一部の権力者同士が争っているだけでしたが、全ての国民を徴兵で動員して誰もが「国」のために死ぬ可能性があるような戦争になったので、本来は幻想に近いナショナリズムにアイデンティティーを依存する強い関係が生まれました。ですから「昔からあった」と信じ込んでいる人たちに対して「目を覚ませ」と言いたくなる面がある。

うさぎ ナショナリズムは、私たちが思っているよりも多様なんですね。

金子 多様だし、恣意的です。大澤さんから「ふるさと感覚」という説明もありましたが、確固とした共同体のように見えて、実は歴史的に作られたものだということです。

大澤 2度の世界大戦で重要なのは、死者の数もさることながら「国のために死のう」と思った人が100万人単位でいた、ということです。それほど、みんな一生懸命に愛着を感じるのに、よく考えてみると本当は全然知らない相手に仲間意識を持っているだけ、というのが不思議なところです。

うさぎ 先ほどの大澤さんの説明でちょっと「ぎくっ」としたところがありました。それは、「直接的なパーソナルな関係を圧倒的に超えた共同体」というネーションの定義についてです。というのも私は、浅田真央ちゃんのジャンプが成功するかどうかにまったく興味がないんですよ。「柔ちゃん」(女子柔道の谷亮子選手)が金メダルを取って大騒ぎしている日本人に対しても「それは彼女の手柄でしょ」といつも思います。そういう私はナショナリストではないのでしょうか。

大澤 比較的ネーションの意識から解放されているということは確実に言えますね。

うさぎ それは、日本人のアイデンティティーが薄いということですか。

大澤 ある意味ではそうかもしれないですね。

金子 うさぎさんは、そもそもスポーツが好きじゃないでしょ。

うさぎ スポーツも好きじゃないし、あらゆることを割と個人単位で考えます。

金子 (小惑星探査機の)「はやぶさ」が地球への帰還に成功したといっても、別に感動しないでしょうね。

うさぎ 「はやぶさ」って何ですか。

金子 (60億キロの距離を7年かけて)宇宙を回って帰ってきた日本の探査機です。

うさぎ それは打ち上げた人たちの手柄でしょ。そんなものは飛ばしたい人が飛ばせばいいんですよ。

金子 大澤さんの定義に引きつけて言えば、個人と国に対する距離感も多様だと思います。9・11やイラク戦争で愛国心を叫ぶ米国人も、実際に会ってみると、ものすごく個人主義的だったりします。

うさぎ ナショナリズムといわゆる「保守」との違いが、私の中ではあいまいです。

大澤 ナショナリズムと保守はよく混同されますが、まったく別のものと考えた方がいいと思います。つまり、リベラルなナショナリストもいるし、コンサバティブなナショナリストもいる。保守というのは、保守じゃない考え方と比べるとよく分かります。保守じゃない考え方というのは、「エリートや物のよく分かっている人が社会をゼロから設計してつくっていくことができる、そうした合理的な社会をつくろう」という考え方です。それに対して保守は、「どんなに優れている人間や考え方であっても、そこまでの力は個々の人間にはないから、人間が歴史的につくってきた英知を大事にしよう」と考えます。だから保守は伝統を重視します。もちろん、先ほど触れたように、ナショナリストは古いものが好きな傾向があるので、伝統重視の保守主義者と仲が良い傾向はあります。でも、歴史的にはリベラルなナショナリストもたくさんいましたから、別のものだと思った方がいいと思います。

金子 例えば、革命主義は保守とは言えない。でも、戦前の石原莞爾のように「革命」主義でナショナリズムを追求して満州国を設立したグループもいれば、2・26事件を起こした青年将校もいました。それとは違って、一見、穏健な保守のように見えて、伝統を尊重しながら漸進的に(ゆっくり)変えていこうというグループもいました。このように革命や保守といっても座標軸上のいろいろな位置関係があるのに、保守も右翼もナショナリズムも単純化して一緒くたにされがちです。靖国問題で何かを主張したからといって、みんな右翼で保守でナショナリズムかというと、そうではない。

うさぎ ナショナリズムと保守、右翼の違いはどうなのでしょうか。

大澤 僕は日本で右翼を考えるときは、少なくとも天皇とのつながりを考えた方がいいと思います。「ネット右翼」がどうなのかは少し微妙ですが、いずれにしてもやはり天皇(制)を核に置いた思想が右翼だと考えておいた方がすっきり分けられるのではないか。というのも、日本ではネーションやナショナルな伝統の核に天皇を置く人が多い。僕は必ずしも結び付かなくてもいいと思いますが、そういう人が多いので、右翼とナショナリズムは結び付きやすい傾向があります。

金子 冷静に眺めると、不可思議な現象がいろいろあります。ネット右翼と呼ばれる人たちの一部は、家の中に閉じこもっていて家族や地域との関係も寸断されている。それなのに、いきなりバーチャルな世界で国家やふるさとにアイデンティティーを見いだそうとしている。また、今の天皇一家は日本国憲法を最もよく遵守して体現していて、憲法「改正」の防壁になっている人でもある。皇室は、普通の日本人よりもよほど民主的な家族のように見えます。そうしたねじれが至るところにあって、ナショナリズムや保守、右翼をカリカチュアした印象だけで考えると、本当のことが何も分からない。

大澤 そうですね。とすればそのまま当てはめないにしても、まずは標準的な定義から見ていく必要があります。ネット右翼については、また後で議論になると思いますので。

うさぎ 木村さんは一水会という右翼組織の代表ですが、ナショナリズムと右翼、保守の違いというか関係をどうとらえていますか。

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