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オピニオン3・11――東日本大震災を考える(3)【無料】

朝日新聞3月17日付オピニオン面(御厨貴さん、小川和久さん)

 未曽有の災害と事故が重なったとき、危機管理はどうだったのか。どうあるべきだったのか。政治はいま、何をすべきなのか。中央から指示が届かない、待っていられない被災地ではどんな行動をとればいいのだろうか。

◆復旧を超えた新しい国造り

 政治学者・御厨貴さん

 「3・11」東日本大震災は政治や行政などのシステムを根本的に変える契機になるのではないか。

 政権交代はしたものの、政治は混迷する一方だった。衆参のねじれを盾にとり、野党は与党攻撃に終始。かたや与党は未熟さを露呈するばかりだ。善しあしは別にして、かつては「外圧」で政治が変わることがあったが、今は尖閣諸島問題にせよ、普天間飛行場問題にせよ、政治が「外圧」を真剣に受け止めない。

 そんな停滞した政治を自然災害が直撃した。

 あの日、大きな揺れに立ちつくしながら思ったのは、「これで菅直人政権は続く」だった。政治休戦は当然だ。こうなれば野党が与党の足を引っ張ることは許されない。本予算と予算関連法、補正予算が3点セットで成立するのは明らかだ。ただ、政治はその先にいかねばならない。

 今回の地震は世界的に類例をみない。川は破れ、家は流れ、山は崩れた。被災地は漁業の拠点。私たちはそこから水産物やその加工品の恵みを受けてきた。壊滅なら日本の産業構造にも影響を与える。原子力発電所の事故はエネルギーのあり様について、深刻な議論を引き起こすだろう。

 そこからでてくるのは、新しい国をどう造るか、ということではないか。復旧というレベルではない。政治はそこに踏み出さねばならない。

 菅政権の初動はよかった。かつて自民党は自然災害に直面しても、派閥や政治家個人の利益や思惑が先にたち、もたついた。民主党は、いまのところ党が一丸となり、懸命に取り組んでいる。裏の芸当ができないなどと揶揄(やゆ)されたが、こと災害対策に関しては、持ち前のオープンさは安心感につながる。

 危機管理を得意とする官僚たちも、自分たちの出番と奮闘するだろう。政治主導を巡って官僚とぎくしゃくしてきた民主党だが、ここは彼らに存分に働いてもらうチャンスである。

 災害対策費をどう工面するか、財務省は真剣に検討しなくてはいけない。中途半端な知恵は通用しない。予算配分の仕組みを劇的に変えなくてはいけない。日本銀行も資金の供給に全力を尽くすという。金融の専門家としてどう考えるか。

 自民党も正念場だ。これだけの大災害は、自民党も対応したことがない。傍観者を決め込み、民主党の失敗をあげつらうだけだと、国民の非難は自民党に返ってくる。日本をどういう国にするか、野党の立場からきちんと議論するべきだ。民主党とともに自民党もまた、その真価が問われている。

 忘れてはならないのは小沢一郎氏だ。被災地の岩手県は小沢氏の地元である。民主党は小沢氏を通さずに災害対策を進められない。そこで小沢氏がどう振る舞うのか。彼の常として、ことを起こす場合、何らかの理屈をつけようとするだろう。それが新しい国造りとどう重なるか。

 思えば、河川の氾濫(はんらん)などを防ぐ治水と、山林を豊かにする治山は、昔からまつりごとの基本である。政治は結局、そこに戻るのかもしれない。(聞き手・吉田貴文)

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 みくりやたかし 51年生まれ。専門は政治学、日本政治史。著書に「政治の終わり、政治の始まり」「天皇と政治」「権力の館を歩く」など。

◆専門家集めた「司令塔」必要 

軍事アナリスト・小川和久さん

 危機管理の要諦(ようてい)は「拙速を旨とすべし」だ。万全でなくてもいい。政府は走りながら態勢を整え、走りながら対策を講じていくことだ。

 私は以前から、国家的な危機管理の際には、専門家を集めた「司令塔チーム」を設けることが不可欠だと主張してきた。被災地は何を求めているのか。その情報を一カ所に集約し、その時点で必要と判断した地点に、救助要員と資材や機材を集中的に投入するためだ。

 チームは大規模にしてはいけない。10人程度がいい。与野党合意のもと、そういうチームを立ち上げるべきだった。閣僚がずらりと並ぶ会議では時間も手間もかかりすぎる。役人も多数が呼ばれ、省庁が一時停止してしまう。

 新たな役所をつくれとか法改正が必要だなどと言っていたら間に合わない。政治や行政が不作為に陥らないよう、あらゆる例外規定を使ってでも臨機応変に実行すべきだ。

 1995年の阪神淡路大震災当時から、大規模災害に対応する能力は、自衛隊も消防も警察も長足の進歩をとげた。現在、それぞれが高いレベルで迅速に活動しているが、ばらばらではその実力を十分に発揮できない。相互が連携することでさらに大きな力になる。そのためにも、統括する司令塔が必要だ。

 今回は、被災地の市町村役場が多数、機能できなくなってしまった。現場の情報は、取りに行かなければ入らない。しかし、道路も鉄道も使えないし、電話もつながらない。情報収集と救助に、もっと大量のヘリコプターを活用すべきだ。

 例えば、陸上自衛隊のヘリを被災地に20~30機飛ばし、それぞれ陸自の幹部と土地勘のある消防関係者が乗り、上空から調べる。救助のために「この地区に部隊を2千人、あの地区に3千人」と判断し司令塔に伝えればいい。

 陸自の大型ヘリCH47だけで54機ある。立った状態だと、1機で約100人が乗れる。孤立した地区から被災者を迅速に移送するのに適した手段だ。

 実際に活動を続ける中で、何が必要で誰が必要かわかってくる。その都度、とりあえずつくった司令塔に必要な人材を加えていけばいい。

 宮城県気仙沼市の大火を見て、私自身、ほぞをかむ思いだ。なぜ出火初期に空中消火できなかったのか。消防審議会委員として、消防防災ヘリを集中投入する実動訓練を何度も呼びかけたのだが、実現しなかった。被災者を二度とあのような目に遭わせてはならない。

 原子力に関する政府の有識者会議に、危機管理の専門家がいるだろうか。想定を超える事態は常に起きることを前提に、今後の対策を講じるべきだ。安全基準を今の100倍に上げるとか、十分な補償をしたうえで原発周囲50キロは居住不可にするなど、思い切った施策が必要だろう。

 将来、大規模な地震は発生するだろう。司令塔チームを母体に「危機管理庁」をつくり、さらには「国家安全保障会議」を設置することを、今度こそ実現してほしい。(聞き手 編集委員・刀祢館正明)

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 おがわかずひさ 45年生まれ。NPO国際変動研究所理事長。内閣官房危機管理研究会主査、国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員など歴任。