メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

日本への「風評被害」を広げないために

脇阪紀行

脇阪紀行

 東京電力福島原発事故への関心は日本のみならず海外でも極めて強く、各国のテレビ、新聞が連日大きく報道している。福島原発から漏れた放射性物質が、牛乳から野菜、さらには水道水からも検出されているのだから、大騒ぎになるのは当然だが、外国メディアの震災報道を見ていて「ちょっと、ずれてやしないか」と思うことも少なくない。

 原因は、単に情報発信の遅さだけではない。いや逆に、生データを細切れに次々と出すとかえって、混乱を助長させることもある。米CNN放送をある時見ていると、東京にいる記者が、福島原発の周辺で観測される放射線データが猫の目のようにくるくる変わる点をついて、「ようやく安定したと思ったら、また放射線値があがる。どのデータを信じていいかわからない」といったコメントをしていた。

 刻々と変化を伝えなければならないメディアのジレンマがここによく出ている。危機は深まっているのか、収束に向かっているのかを視聴者や読者に伝えたいが、それができない。そうした時、メディアはどうしても、悲観的な情報に吸い寄せられてしまう。そして、状況の悪化を示すニュースの扱いが大きくなる。そこに放射能汚染という「見えない脅威」への不安が加わり、放射能汚染データが出てくるたびに、世界中のメディアが、危機のの深まりを伝える構造ができてしまっているのだ。

 原発事故を取材する外国人記者はいらだちを募らせている。人道援助物資を携えて来日した欧州連合(EU)のクリスタリナ・ゲオルギエヴァ欧州委員が3月25日、日本記者クラブで行った記者会見では、フランス人記者から「原発近くの地域が閉鎖され、危機がどこに向かっているのかわからない。情報提供を十分できない日本のために、世界はハイテクのIT技術を支援すべきではないのか」との質問が飛び出した。正直言って、不愉快な質問だったが、日本側の情報発信と危機管理への不信感はいやというほど感じ取られた。

 外国メディアへの広報態勢はどうなっているのか。震災から1週間前後たった頃から、枝野官房長官の記者会見は英語で同時通訳され、首相官邸ではほぼ毎日、原子力安全・保安院や厚生労働省による外国メディア向けの記者説明が行われている。外務省の国際報道課は週末返上で海外からの問い合わせに対応している。

 しかしこれではまだまだ不十分だ。九州や京都・奈良、北海道まで、日本全国への外国人観光客数は急ブレーキがかかり、観光地から悲鳴が上がり始めている。日本が輸出した食品、食材はおろか工業製品への放射性物質検査も厳しくなりつつある。外国人パイロットが帰国せず、運航数の削減を余儀なくされた航空会社さえある。「フクシマ・クライシス」はすでに「ジャパン・クライシス」になり、日本全土のインフラが破壊され、放射能で汚染されているかのような印象が海外に伝えられている。これはもはや、日本全体が損失を被る「風評被害」と言っていい。なによりも必要なのは福島原発の危機を早く収束させ、放射性物質の放出を止めることだが、海外の過剰反応を止めるために今から手を打つべきだろう。

 第1に当然取り組むべきなのは、情報発信の態勢強化だ。各官庁はいま、原発関連の情報・データを日本語で公表し、一部について英語翻訳を発表している。これを中国語、ハングル、独仏など多言語に広げて翻訳し、ほぼ同時にネットに掲載することが必要だ。重要な記者会見やブリーフについても全文の翻訳文をすぐ作成し、ネットに掲載すべきだ。英国大使館で震災直後に行われた原子力専門家によるブリーフが客観的で評判になっている。世界中が、そうしたネット情報に飢えていることを、日本政府は真剣に受け止めるべきだろう。放射性物質のモニタリングポストを増やすのは当然だが、国際機関や環境NGOのモニターも受け入れ、そのデータも合わせて公表してはどうだろう。

 第2に、より大事なことは、この原発事故の対応策の狙いや、今後の展望を考える際の考え方をもっと率直に諸外国やメディアに説明することではないか。大津波によって原子炉の電源系統が失われた際、誰もが原子炉溶解という「最悪の事態」を想像したはずだ。チェルノブイリ原発事故のような大惨事を避けるには、原子炉から放射性物質を少量逃しながら、時間をかけて事態を収束するしかない。ある原子力安全の専門家はこの状況を「だましだまし問題を解決する方がベターだ」という表現をしたし、報道では少なくとも状況が安定するまで1カ月程度の時間はかかるようだ。ところが外国の世論やメディアはとにかく一刻も早い全面解決を求めている。こうした現実と期待のギャップがある限り、「風評被害」は止まらない。事故の対応策の意義を説得力を持って語れる人材が必要だ。

 官邸での外国人記者向けブリーフでは原子力安全・保安院の西山英彦審議官に質問が集中しているという。安定感と知識はあるが、CNNで見る限り、西山氏の英語力が特段優れているとは思えない。日本に他に人材がいないというならこの際、国際原子力機関(IAEA)の専門家も、海外メディアへの説明陣に加えてはどうだろうか。

 第3に、 ・・・続きを読む
(残り:約485文字/本文:約2590文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
デモクラシーやJournalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

脇阪紀行

脇阪紀行(わきさか・のりゆき) 大阪大学未来共生プログラム特任教授(メディア論、EU、未来共生学)

1954年生まれ。79年に朝日新聞社に入社、松山支局などを経て大阪本社経済部に。90年からバンコクのアジア総局に駐在。米国ワシントンでの研修を経て97年からアジア担当論説委員。2001年からブリュッセル支局長。06年から論説委員(東南アジア、欧州など担当)。2013年8月末に退社、9月から、大阪大学未来共生イノベーター博士課程プログラム特任教授。著書に『大欧州の時代――ブリュッセルからの報告」(岩波新書)、『欧州のエネルギーシフト』(岩波新書)。

脇阪紀行の新着記事

もっと見る