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国民が何百万人死んでもいい政権は強い――北を支配する貴族たちと「金正日の遺訓」

小北清人 朝日新聞湘南支局長

 かねての予告通り、北朝鮮が「人工衛星打ち上げ」名目で長距離弾道ミサイルを発射するかしないかで、もう大騒ぎです。

 平壌では、故金日成主席の生誕100周年(4月15日)を祝うイベントが連日、「さあ見ろ」といわんばかりに派手に繰り広げられています。

 海外メディア、特にテレビメディアを中心に国内に招き入れ、ミサイル発射場を見せ、工場の女性従業員や平壌市民に出来合いのインタビューをさせる大盤振る舞い。もちろんインタビューの答えは「正恩同志を私たちが支えます」「人工衛星打ち上げは民族の誇り」という小学生の模範回答です。

 2002年に小泉純一郎総理の電撃訪朝が発表されたとき、たまたま私は平壌にいましたが、その時のことを思い出します。女性にインタビューし、その答えは「日本が近くて近い国になるのを期待してます」という予想通りのものでしたが、彼女はその後でこっそり、私についていた案内人に、「これでよかったでしょうか」とオドオドと聞いたのでした。

 今回、日本のメディアなどは、「発射予告日まであと●日!」と、まるで年末大晦日のカウントダウンのようなフィーバーぶりです。「発射準備は完了した」「燃料の注入が始まった」。北朝鮮当局者の発言がますます興奮をあおる。まるで映画の世界です。

 「これは、金正日総書記が、生前に練り上げたシナリオ通りに演出された大がかりなショーではないか」

 と思えるほどです。昨年12月に死亡した金正日氏は有名な映画好きで、「映画芸術論」という著書もあり、とにかく「平壌の見た目の華やかさ」にこだわる人でしたから。

 ミサイル発射は、北朝鮮当局が「民族最大の慶事」とここ数年宣伝してきた「金日成生誕100年」の祭りに欠かせぬ「祝砲」として、生前の金正日氏の命令のもと、早い時点から位置づけられていたのでしょう。

万景台革命学院を訪問し、生徒たちと接する金正恩氏(朝鮮中央通信が配信)

 新指導者・金正恩氏は若いながら、「宿敵」の日米韓と立ち向かえるだけの胆力を持っており、誰も逆らうことはできない偉大な指導者であると、党や軍、また国民に見せつけなければならない。「だから、どの国が何といおうと関係ない。絶対にやるんだ」。権力を握る核心グループは金正日の死後も、彼ら独特の思考回路で固く決めたのでしょう。「永遠に続く金王朝の偉大さ」を国民に思い知らせるためにも。

 このミサイル発射を、北の当局は「将軍様の遺訓だ」と盛んに宣伝していました。金正日氏の遺言といった意味ですが、あの国では「金日成の遺訓」「金正日の遺訓」というのは、侵してはならない宗教の経典のような、絶対的な意味を持ちます。

 「お前は将軍様の遺訓に叛(そむ)いた」と非難されれば、それは政治的失脚、粛清の対象となる可能性も含むのです。

 「外交交渉で、北朝鮮の外交担当者は、『遺訓に叛いた』と後で周りに刺されないよう、公式の場では自らに縛りをかけたような言動をする」(北朝鮮と交渉経験のある日本の外交関係者)。

 そこで問題になってくるのは、

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