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誰が法と制度を運用するのか?――在留カードの穴から見えた現実

金恵京

 日本に暮らす多くの日本人にとって、自分に関して国と地方自治体が持つ個人情報が異なっているという状況を想像できるであろうか。例えば、国はその人がどこに住んでいるのか分からないが、地方自治体は知っており、行政サービスも行われるという事態である。実は、最近まで226万人を数える名古屋市の人口とほぼ同程度いる日本在住の外国人はそういう状況が珍しくない環境に置かれていた。

 日本は2012年7月9日から従来の外国人登録制度を廃止し、それに代わって在留カードが日本に在留する外国人に交付されるようになった。

 その目的としては外国人の在留状況の正確な把握がある。これまで外国人登録証は地方自治体が交付し、入国や在留期間の更新手続きは法務省が行ってきたが、在留カードでは法務省がそれらを一元管理するようになった。

 そのため、従来のように転居や帰国などを含む居住実態を正確に把握できず、居住情報の管理や行政サービスが十分に行えなかった欠点を修正することが期待されている。その上、法改正に伴い在留期間の延長等、外国人にとって利便性を増す政策がとられた。

 一方で、これまで地方自治体により外国人登録証の交付を受け、予防接種や健康診断の案内など福祉や教育といった各種行政サービスの提供を受けていた非正規滞在の外国人やその支援者からは、身分証がなくなり、これまで日本の3K(キツイ、キタナイ、キケン)労働を底辺で支えた彼らの切り捨てにつながるとの指摘もある。

 これは「不法滞在者の縮減に努めたい」とし、問題のない非正規滞在者に在留資格を与える救済措置(「アムネスティ」ともいう)を認めていない法務省の方針とは大きく異なった主張であるため、議論の決着を直ちに見ることが難しい部分であろう。

 ただ、多くの日本人にとって、こうした動きはあまり注目されず「税と社会保障の一体改革関連法案」や政党「国民の生活が第一」の立ち上げ等の話題の中で、ある意味ひっそりと行われた感がある。そんな折、私はある韓国人から在留カードに関係する問題に巻き込まれた話を聞く機会を得た。

 その韓国人(30代男性)は6月に日本人と結婚し、7月半ばに「日本人の配偶者等」の資格で在留カードの交付を受けた。これまで外国人が海外に出国する場合、再入国許可をとることが求められたが、在留カード採用に伴い、その義務もなくなり、彼は移動が楽になったことを喜び、新妻と共に母国である韓国に新婚旅行に行く計画を立てた。

 そして、日本から出国手続きをする時に、ブース内にいる係官が在留カードに慣れておらず、従来の外国人登録証明書と間違えたのか、カードに穴を開けてしまった。その際、穴を開けても構わないかとの確認は彼に対して行われなかった。

 彼は日本人と結婚し、日常会話を日本語でこなし、通訳業務の経験があるほど日本語が流ちょうであり、様々な手続きも自分で行えるほどなので注意を聞き逃すとは考え難い。そうして彼は何も疑問を持つことなく、パスポートと穴の開いた在留カードを受け取り、免税店で買い物を楽しみ、機上の人となったのである。

拡大穴(右上)を開けられた在留カード

 そうして楽しい旅行を終え、羽田空港に着いた時、穴の開いたカードは無効であるにもかかわらず入国を図ったとして、彼は空港内で拘留されてしまった。彼は職員の説明から、何が起きたのかを察し、出国の際の係官の行動を説明した。

 しかし、現場の担当官たちは、その事情を理解しながら彼を犯罪者扱いし、奥さんに電話もさせず、トイレにすら行かせなかったという。ただ、あまりの尿意で我慢できない旨を伝えたところ、担当官はトイレの中までついてきて、彼は用をたすところまで見られた。

 その上、3人の担当官から1時間半にわたり犯罪者として詰問されたため、さすがに彼もこれはあまりに不誠実かつ屈辱的な扱いであり、自らの人権が蹂躙されていると強い怒りを感じた。ただ、彼は様々な国で働いた経験があるため、担当官に向かって怒りを露わにすることは自分の損になることを知っていた。

 そこで、彼は必死に自分を抑え、「これは自分の責任ではなく、全く非はない。あなたたちの組織の責任なのだから、一言『申し訳なかった』と言ってくれれば良いのです」と努めて冷静に伝えた。

 しかし、担当官らはそれに応じず、詰問を続けた。そのため、彼はあまりに酷い対応をする彼らに後であっても責任を問おうと、名刺を要求した。しかし、彼らは「私たちは名刺を作っていない」の一点張りだったため、彼は担当官の名札を撮影するにとどめた。

 その後、わけも分からないまま夫と離れ、電話も繋がらないことから、不安そうな様子で空港内に一人立ちすくむ花嫁の姿も目立ったのか、彼女に説明の上、彼の入国を特別に許可するという運びになった。

 ただ、彼のカードは穴が開いた状態であったため、用をなさない。そこで、件の担当官らは「再度、カードを初めから取得し直すように」と彼に伝えた。ただ、在留カード取得のための手続きは1日がかりの要件であったし、再交付であっても一定の煩雑さは避けられない。

 そのため、彼は「あなたたちのミスでこうなったのだから、一筆その旨を書いた書面をくれませんか。それを窓口に提示すれば、少しは早く手続きも済むだろうから」と申し出たところ、 ・・・続きを読む
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筆者

金恵京

金恵京(きむ・へぎょん) 日本大学危機管理学部准教授(国際法)

国際法学者。日本大学危機管理学部准教授、早稲田大学博士(国際関係学専攻)。1975年ソウル生まれ。幼い頃より日本への関心が強く、1996年に明治大学法学部入学。2000年に卒業後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修士課程に入学、博士後期課程で国際法によるテロリズム規制を研究。2005年、アメリカに渡り、ローファームMorrison & Foester勤務を経て、ジョージ・ワシントン大学総合科学部専任講師、ハワイ大学東アジア学部客員教授を歴任。2012年より日本に戻り、明治大学法学部助教、日本大学総合科学研究所准教授を経て現在に至る。著書に、『テロ防止策の研究――国際法の現状及び将来への提言』(早稲田大学出版部、2011)、『涙と花札――韓流と日流のあいだで』(新潮社、2012)、『風に舞う一葉――身近な日韓友好のすすめ』(第三文明社、2015)、『柔らかな海峡――日本・韓国 和解への道』(集英社インターナショナル、2015)、最新刊に『無差別テロ――国際社会はどう対処すればよいか』(岩波書店、2016)。

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