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初めての「電子書籍」出版体験記――硬派な本にも活用の道がある

薬師寺克行 東洋大学社会学部教授

 最近話題になっている「電子書籍」など、まったく縁のないものだと思っていた。ところがその私が2012年12月、初めてそれを出版するという経験をした。予想通りだったが紙の本とは全く異なる世界だった。おそらく硬派の本を好む人の多くは「電子書籍」に何の関心も持っていないだろう。そんな方々に、未知の世界を少しでも知ってもらうために、「電子書籍出版体験」を記してみた。

■本には収容しきれない分量が出版可能に

 電子出版を出すことになったのは決して流行に乗ろうというような気持ちからではない。2012年10月、私は講談社から『証言 民主党政権』というタイトルのオーラルヒストリーの本を出した。菅直人元首相、岡田克也副首相、前原誠司政調会長、枝野幸男経済産業大臣(肩書はいずれも当時)ら民主党政権の中枢を担った8人の方に、1996年の民主党結党時から野田政権までの軌跡を、できるだけ詳細に語ってもらい、一冊にまとめた。

 この企画は、個々の政治家の人生を記録することではなく、多くの国民の期待を背負って2009年にスタートした民主党政権が、あっという間に失敗し、国民の支持を失ったことを検証するのが目的だった。

 インタビューは2012年前半に集中的におこなった。当時は野田内閣で、応じて下さった何人かは政権の主要なポストに就いていたため、彼らがどこまで本音を打ち明けてくれるか心配だった。ところが全員が民主党のマニフェスト作成過程の矛盾、複雑かつ不毛な党内の人間関係などを驚くほど率直に語ってくれた。

 インタビュー時間は合計で40時間を超え、その記録は通常の書籍であれば500ページを超えるほど膨大な分量になった。私はせっかくの記録を個人的にため込んでも自己満足に終わってしまうので、できるだけ多くの内容を活字にしたかった。

 一方、講談社の編集者は通常サイズの1冊にまとめなければ商業的にとても成り立たないという。それももっともな話だとは思うが、なんとかならないかとお願いした。あれやこれや話しているうちに、編集者の方が「電子出版ができないか社内で検討してみる」という案を出してくれた。講談社は国内大手の中でも最も電子出版に積極的に取り組んでいる出版社だった。それが幸いしてか話はとんとん拍子に進み、私にとって初めての電子書籍の出版が決まってしまった。

 長時間に及んだインタビューの大半を公にできることは大変ありがたいことだった。ところが、喜んだのもつかの間で、初めてゆえのいろんな難題が降りかかってきた。

 小説やコミックなどを中心に、一般的に電子書籍の内容は紙の本の内容とほとんど同じだ。従って電子書籍を出版する場合、筆者が新たに特別な作業をする必要はほとんどない。

 ところが私の場合、紙と電子の二つの「本」の内容が実質的に異なっていた。紙の本にはインタビュー全体の6割程度しか掲載できない。一方の電子書籍にはほぼ全文を掲載する。さらに民主党結党以後の党や政権に関係する様々な資料も盛り込むことにした。この資料の量は半端ではなかった(結果的には通常の本にして700ページ分にもなった)。つまり大幅加筆ということだ。また、紙の本を出版後、余り遅くならないうちに電子書籍を出すことにもなった。

 ということで私は事実上、同時進行で2冊の本の執筆をすることになってしまった。大学の授業がない8月に作業を集中して一気呵成に原稿を作成した。インタビューについての本は400字詰め原稿用紙に換算して約400枚にまとめたが、電子書籍のほうは約700枚に及んだ。

 ここで救われたのは、電子書籍は原稿の分量を気にしないでいいということだった。本はあらかじめ編集者に指定された分量を気にしながら原稿作成をしなければならない。しかし、電子出版はそれがないので、ある種の解放感を味わいながら原稿を書くことができた。これが最初の発見だった。

■「本にページがない?」――発見の連続

 9月初め、両方の原稿がなんとか出来上がり編集者に送った。あとはゲラをチェックすればいい。ずいぶん気が楽になったが、それも一瞬だった。ここから「電子書籍」という未知の世界に本格的に足を踏み入れることになり、驚きの連続となった。

 まずゲラ刷りのチェックだ。紙の本の場合、最初に「初稿ゲラ」が送られてきて、それに必要な直しを入れる。しばらくすると、それを反映した「再稿ゲラ」が送られてくる。見出しやレイアウトなどを含めチェックして、こちらの作業はほとんど終わる。この作業は基本的に紙の世界だ。気に入らない表現などの書き直しをゲラに書き込む。固有名詞や数字などに間違いがあればゲラに書き込む。ここで見落とせば、間違いがそのまま世に出てしまうので神経を使う。

 電子書籍の編集作業は本の編集作業が終了後に本格化した。紙の本は学芸図書出版部の編集者が担当して下さったが、電子書籍はデジタル制作部の担当者が中心になってゲラを作成してくださった。

 問題はそれをどうやってチェックするかだ。インタビュー原稿に大幅加筆したうえに民主党関連の資料が加わったため、分量が半端ではない。本の場合と同様、紙に印刷したゲラをチェックするということになると、A4用紙に千数百枚の分量になった。それを送られたり、送り返すだけでも大変だし、そもそも資源の無駄遣いのような気がした。

 結局、メールでデータを送ってもらいパソコン上でチェックすることにした。一行一行に線を引きながらゲラをチェックするという作業ではなく、パソコンの画面を見ながら何か問題がないか読んでいく。こんな作業は初めてで、かえって普通のチェック以上に神経を使うことになってしまった。

 さて、電子書籍のゲラチェックを始めると、いきなり首をかしげることになった。「目次」のページを見ると、各項目にページ数がついていないのだ。これでは例えば第2章が何ページから始まるのか分からない。早速、編集者に指摘すると、「電子書籍は読む人が自分の読みやすいように活字の大きさを変えることができるので、ページをつけることができないのです」と説明された。

 電子書籍を読むための「リーダー」や「タブレット」には活字の大きさを調整する機能が付いており、読者は自由に大きさを変えることができる。つまりお年寄りにも、大きな活字で読むことができるというわけだ。当然、活字が大きくなればページ数は増える。私の本の場合、通常の活字の大きさだと1200ページだが、活字を大きくすると場合によっては4000ページ以上に一気に増えてしまう。従って目次のページは意味をなさないのだ。

 また文中に「(○○ページ参考)」という注を書くこともできなくなる。さらに図や表を使った場合、「(上図参考)」という記述も使えなくなる。活字の大きさを変えると当然、レイアウトも変わってしまうため、「(上図)」は別のページに行ってしまうかもしれないためだ。

 こういう場合はどう表記すればいいのか。ここで電子書籍の利点は全体の分量を気にしなくてもいいという点だ。参考部分は遠慮しないで繰り返し何度も掲載すればいい。そのほうが読者にも便利だろう。また、図や表の場合は(上)や(下)という表記以外で対処することが可能だろう。

 次に編集者に問い合わせたのは「索引」はどうするのかという点だった。分量の多い本だから索引があったほうが読者にとっては便利だろうと考えた。ところがこの指摘に対しても編集者は「できません」という回答だった。

 なぜか。その理由は

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