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アベノミクスと「ダモクレスの剣」――「経済再生」という夢想の後に待ち受けるもの

小林正弥

■ダモクレスの剣とは?

 「ダモクレスの剣」という言葉を知っているだろうか? 「シラクサの王ディオニシオスの廷臣ダモクレスが王位の幸福をほめそやしたところ、王が彼を天井から髪の毛1本で剣をつるした王座に座らせて、王者の身辺には常に危険があることを悟らせたという故事」に由来し、「栄華の中にも危険が迫っていること」をいう(デジタル大辞泉)。

 総選挙が終わり、新年を迎えて、人びとは祝賀気分に浸った。いわゆる「アベノミクス」によって円安株高になり、市場では景気回復への期待感が高まっているようだ。安倍政権がもたらしたこのような繁栄の夢に対して、筆者はこの言葉を思い出す。民主主義の世界において、王座にいるのは主権者たる国民である。繁栄の夢想に浸る国民の上には、髪の毛1本のような細い糸で剣がつり下げられてはいないだろうか?

■剣が峰の参議院選挙 

 新年にあたって、政治の行方を考えてみよう。短期的な見通しについては、残念ながら筆者は悲観的である。WEBRONZAの前稿「衆議院選挙のもたらしたもの――圧倒的な右派優位国会の危うさ」(2012/12/21」で総選挙直後に論じた通り、日本維新の会も含めて右派がこれだけの圧倒的多数を衆議院で獲得し、紛れもない右派政権が成立したのだから、次の衆議院選挙まではそのもとに様々な点で右派的政治が展開してゆくことを覚悟せざるを得ない。

 筆者は、「総選挙後に日本は『戦前』に戻るのか?――二大政党制の崩壊と右翼的体制変革の危険性」(2012/11/29)で、今回の衆議院選挙の後では世界は「戦前」に向かって変わってしまう危険性があると論じた。

 まさにその通りになってしまったので、平和的な方向を志向する人びとから見れば、戦争が起こるとか、憲法改定が行われて政治体制が大きく変わるというような最悪の状況も覚悟しなければならないだろう。実際、総選挙後に当選者のアンケートを再集計したところ、集団的自衛権に関しては78%の新議員が見直しに賛成しており、9条改正についても72%が賛成しているというのである(朝日新聞、2012年12月17日付)。

 安倍自民党は改憲を公約して大勝したのだから、民主主義の論理から言っても、次の衆議院選挙までに改憲を行って国防軍を創設しても、それは公約を忠実に実現したことになる。民主党政権が消費税を導入したのはマニフェスト違反として批判されたが、安倍政権が改憲をしても公約違反という論理で批判することはできないのである。

 次の衆議院選挙までの期間、もはや後戻りができないような致命的な事件が起こって、「戦前」そのものの状況になっていないことを願うばかりである。

■アベノミクスのもたらす繁栄の夢想

 安倍晋三首相はソフトな形で政権を出発させて安定政権を作ろうとしている。しかし、いつまでもこのような路線が続くと楽観的な想定をすべきではないだろう。明確に認識しておくべきことは、安倍首相の大目標は何よりも改憲と国防軍の創設にあるということである。

 これはすぐにできることではないから、当面はそれを前面には出さないだろう。けれども、これが安倍首相の悲願なので、可能な状況になれば首相はこの大目標の実現を図るということを見据えておくことが必要である。改憲派はそれが可能になる時を虎視眈々と待っているのである。

 多くの人びとが指摘しているように、次の最大の焦点は今年の参議院選挙である。今は参議院で民主党などが3分の1以上の議席を持っているから、改憲のような大変革はすぐにはできない。衆議院では自公は3分の2以上を確保したから、参議院で法案が反対されても再議決して可決することができる。でも、改憲の発議には参議院でも3分の2が必要だから、改憲を行うためには参議院選挙で3分の2を確保することを安倍自民党は目標にするだろう。

 もちろん、第2次安倍政権は第1次安倍政権の時のように、様々な失敗をして早々と人びとの信頼を失い、参議院選挙で敗北するかもしれない。この場合は、少なくとも改憲はしばらく困難になる。けれども、政権側も前回の失敗を繰り返さないように努めるだろうから、以下では安倍政権がその目標を達成するために「賢明」な道を選ぶ能力を持っていると仮定しておこう。

 この場合、安倍政権は改憲という目標を達成するために、参議院選挙までは無理なことはしないように心がけるだろう。政権は参議院選挙までは経済政策のみに傾注する姿勢を示しており、いわゆるアベノミクスを行って、大胆な金融緩和策でデフレ経済からの脱出を目指している。さらに、10兆円規模の補正予算を組む方針を出しており、公共事業を増やし、経済を回復させようと試みるだろう。

 問題は、この経済政策の中長期的帰結は参議院選挙までにはわからないと思われることである。短期的には、現在まで株価は上昇しているから、それだけを見れば人びとは経済が回復し始めたと思うかもしれない。

 しかし、これが実体経済の回復に結びつくという保証はない。野田政権末期の経済的下降は、尖閣諸島の国有化によって中国との関係が悪化したために生じたのだから、中国との関係改善なしに力強い経済の回復が可能になるだろうか? アベノミクスがレーガノミクスのように根拠のない夢想に終わる危険性も無視できないのである。

 実際には、大きな財政支出を行えば、赤字がますます増えてしまう。新規国債発行額は44兆円枠を超えるという。識者が指摘しているように、これは、そもそも従来の緊縮財政路線や消費税増税の論理と矛盾している。だから、一定の時間が経てば、財政破綻が一層深刻になり、その帰結が明確になって政策的に行き詰まりかねない。

 しかし、重要なのは参議院選挙までの期間は長くないということである。それまでならば、一見のところ、経済が回復しているように見せかけることは可能かもしれない。

 そして、国家体制変革という究極の目標からみれば、アベノミクスが最終的に成功するかどうかは、実は二次的な問題でしかない。これが成功するかの如く見せかけ、参議院選挙で勝利することができれば、仮にその後で経済的には失敗しても、安倍首相の究極の目標は達成できるのである。ここには、大きな政治的な罠がありえることに注意を促しておきたい。 ・・・続きを読む
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筆者

小林正弥

小林正弥(こばやし・まさや) 千葉大学大学院人文社会科学研究科教授(政治学)

1963年生まれ。東京大学法学部卒業。2006年より千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。千葉大学公共研究センター共同代表(公共哲学センター長、地球環境福祉研究センター長)。専門は、政治哲学、公共哲学、比較政治。マイケル・サンデル教授と交流が深く、「ハーバード白熱教室」では解説も務める。著書に『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう(文春新書)、『サンデル教授の対話術』(サンデル氏と共著、NHK出版)、『サンデルの政治哲学 〈正義〉とは何か』(平凡社新書)、『友愛革命は可能か――公共哲学から考える』(平凡社新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『神社と政治』(角川新書)など多数。共訳書に『ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業』(ハヤカワ文庫)など。

 

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