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中国艦レーダー照射、中国は日本の術中に陥った?

谷田邦一 朝日新聞専門記者(防衛問題担当)

 「どちらが先に手を出すのか根比べだ。先に出した方が負けになる」

 2月5日夜、東シナ海の公海上で中国艦が海上自衛隊の艦艇や航空機にレーダー照射したとの一報に接した瞬間、海上自衛隊の海将から最近、何度か聞かされたこの言葉がふと頭に浮かんだ。

 尖閣諸島の周辺海域では、これまで双方の監視任務につく公船どうしが摩擦を繰り広げてきた。事態がさらにエスカレートし、軍の艦艇どうしの衝突に発展した時にはどうすればいいのか。そんな想定で、日本政府の外交・防衛当局は予め用意周到な戦略を練っていたのではなかったか。

 国際社会では、いかなる理由があるにせよ、平時なのに対話による解決を怠り、先に軍事的な手段で仕掛けた方が非難されるのが通例だ。事件から10日ほどたった今、しだいにそんな思いが募ってくる。

 中国側は今回、平時なのに射撃用のレーダーをいきなり浴びせた。戦時国際法が専門の真山全・大阪大大学院教授は「国連憲章が定める武力攻撃とみなすかどうかは、以前から議論が分かれている」と言う。

 しかし重大な挑発行為であることは明白で、中国側が不利な立場に追い込まれたのは明らかだ。中国艦が照射したレーダー波はしっかりと記録され、日本の電子技術の粋を集めた海自電子情報支援隊(横須賀)で解析されて動かぬ証拠となった。中国政府は「日本の捏造」と全面否定するが、初戦は中国の「負け」で決着した。

 気になるのは、これは単なる偶然の帰結であるかのように演出されていることだ。事件が起きるまで、先の海将の言葉について、筆者自身、専守防衛の理念に沿った控えめな日本の対処方針とばかり思い込んでいた。ところが、実は周到に練り込まれた計略で、日本の方が一枚上手だったということではなかったのか。したたかな戦略はみごとに功を奏したらしい。

 少し掘り下げてみよう。まずはレーダー照射がもつ軍事的な意味合いから。

 小野寺五典防衛相は「一歩間違うと大変危険な事態が派生する状況」と、5日のぶら下がり会見で説明した。確かに危険な行為ではあるが、やや誇張的だろう。冷戦時代の米ソの艦艇どうしの間では、この手の挑発は日常茶飯に近かった。ただし誤算から偶発的な交戦につながらないよう、両国は紳士協定を結んで互いに自制するようになった。日本と中国との間には、まだそうした協定はない。

 中国艦は、どんな攻撃兵器をもっていたのか。問題のフリゲートは、1月30日に海自艦にレーダー照射した「江衛(ジャンウェイ)II級」、1月19日に艦載ヘリに照射した「江凱(ジャンカイ)I級」の2隻。年鑑などによると、いずれも対艦ミサイル「YJ83」(射程150~200キロ)や対空ミサイル「HQ7NB」(同約10キロ)、速射砲などを積んでいる。

 江衛級がもつ射撃用レーダーは全部で4ないし5種類あり、いずれもフランスやロシアなどの外国製。日中の艦艇の距離は約3キロと至近だったから、仮に対艦ミサイルが発射されていたら、数十秒で海自艦に到達していたことになる。

 ただし標的となった護衛艦「ゆうだち」は、米海軍と同じタイプの高性能20ミリ機関砲(CIWS)2基を防御手段として備えていて、なんなく破壊できた可能性が高い。海自艦は、ただちに反撃可能な態勢に移ることができただろう。

 中国艦の乗員がいかに好戦的であったとしても、レーダー照射に次いで実際にミサイルを発射して交戦状態になる危険は皆無に近かっただろう。海自は百も承知だったはずだ。

 日中間では、ここ数年来、中国艦の艦載ヘリと海自艦の異常接近が何度も報告されている。そのつど中国側は「日本側の挑発」への牽制と釈明してきた。海軍の国際慣例についての知識や経験が乏しく、無線などによる警告の延長として、世界の海軍の常識では御法度とされるレーダー照射を試みたのではないかと十分推測できる。

 フリゲートなどの戦闘艦にとって、相手を攻撃するのに必要な射撃用レーダーはきわめて重要な装置だ。みだりに照射して、相手に電波の周波数などのデータ解析を許してしまえば、逆に電波妨害をかけられ、いざというときに役に立たない恐れさえある。なぜ安易に試みてしまったのか。

 それをうかがわせる背景がないわけではない。中国の近代海軍は歴史が浅いため、組織全体の統制が行き届いておらず、十分な教育を受けた乗員も日本や欧米に比べて少ない。「血気盛んな下級指揮官クラスが独断でやってしまったのでは」(防衛省幹部)との見方もある。2004年、宮古島付近で領海侵犯した中国の原子力潜水艦を、海自が発見したことがある。執拗に追跡したが、一度も浮上しないまま逃げ切った。普通の海軍がしないような奇行が目立つのが中国軍の特徴のひとつになっている。

 その好戦性もよく知られるところだ。たとえば米中間では、2001年の春、中国・海南島付近の上空で、偵察活動していた米海軍の偵察機に中国の戦闘機が異常接近して接触、米軍機が同島に緊急着陸する事件があった。その後も、中国の排他的経済水域内で活動していた米軍の情報収集艦が、偽装漁船に取り囲まれて妨害されるなどの事案が何度か起きている。

 そんな「大人と子どもくらいの実力差」を利用して中国海軍の弱点を突き、その未熟ぶりを国際社会にさらす試みが、今回の作戦の真の狙いだったのではないか。巧妙な情報心理戦を伺わせる。

 現場海域は尖閣諸島の北約180キロの公海上。中国が建設したガス田に近く、日中の排他的経済水域が接するため、日ごろから双方が常時パトロールして互いに監視し合うホットスポットのひとつになっている。シャドーボクシングのように、日中双方が相手を仮想敵に見立てて攻撃の模擬訓練を重ねたり、互いに接近し合ったりして相手への牽制を重ねているとされる。格好の舞台である。

 防衛省でのぶら下がり会見で、小野寺氏は「以前にもレーダー照射はあったのでは?」との質問に、返答をあいまいにぼかした。

 海自側は過去にも、何度か ・・・続きを読む
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筆者

谷田邦一

谷田邦一(たにだ・くにいち) 朝日新聞専門記者(防衛問題担当)

1959年生まれ。1990年、朝日新聞社入社。社会部、那覇支局、論説委員、編集委員、長崎総局長などを経て2013年4月から社会部専門記者(防衛問題担当)。主要国の防衛政策から最新兵器、軍用技術まで軍事全般に関心がある。防衛大学校と防衛研究所で習得した専門知識が、現実の紛争地でどのくらい役立つのか検証取材するのが夢。

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