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インテリジェンスオフィサー自殺の闇――外務省に問題はないのか

佐藤優 作家、元外務省主任分析官

 4月1日朝、外務省から内閣情報調査室に出向している内閣参事官の加賀美正人氏(50歳)が、都内自宅の浴室で遺体で発見された。状況から練炭自殺をしたのではないかと見られている。

 加賀美氏は、ロシアスクール(外務省でロシア語を研修し、対露交渉に従事することが多い外交官)に属するキャリア職員だ。筆者より1年後に外務省に入省し、モスクワの日本大使館で一緒に勤務したこともある。加賀美氏の死去に心から哀悼の意を表明する。

 外務省は、「個人情報」を盾に、加賀美氏の氏名すら公式には明らかにしていない。しかし、外務省が「故人の人権と名誉」を守るような組織ではないというのが、かつて外務官僚であった筆者の率直な認識だ。

 中東における殉職のような、組織にとって利益がある死に対しては、それを宣伝に最大限に活用する。これに対して、組織にとって都合の悪い死に関しては、個人情報やプライバシーを盾にとって隠蔽し、世間が忘却するのを待つ。これが外務省の文化だ。

 筆者自身も自己批判しなくてはならないことがある。かつて筆者もこのような隠蔽に加担したことがあるからだ。

 インテリジェンス業務には、激しいストレスがかかる。適性のない人が、この業務に従事すると、心理的に追い詰められて自殺を図ることがある。筆者が国際情報局(国際情報統括官組織の前身)分析第一課に勤務したときに、隣の課の首席事務官(外務省独自の役職で、他省の筆頭課長補佐に相当)が、地下1階のボイラー室で縊死した。このときは国際情報局が総力をあげて、「ノイローゼによる自殺だから事件性や構造的問題はない」と新聞記者に働きかけ、大きなニュースにはならなかった。

 プライバシーに配慮し、ストーリーを少し変え、この事件について筆者は『ビッグコミック』で発表したことがある。筆者が原作、長崎尚志氏が脚本を書き、伊藤潤二氏が絵を描いたコミックス『憂国のラスプーチン 3』(小学館、2011年)に収録されている第19話「ザ・ガーイム・ホラー・ショー」だ。外務省地下1階のボイラー室の横には、シャワールームがある。この排水溝から「死人のうめき声が聞こえる」とか「排水溝から青い手が出てくる」という噂が、首席事務官の自殺後、しばらく流れていた。

 去年は、海上保安庁から出向している国際情報統括官組織の企画官が自宅で自殺した。種々の憶測報道がなされたが、外務省から納得のいく説明はなされなかった。加賀美氏の死に関して、外務省は誠実に真相究明をし、今後、インテリジェンス部局から自殺者がでないような人事配置をしなくてはならないのだが、外務省にそれを行う気配はない。それだから、ここで筆者はあえて心を鬼にして、加賀美氏について書くことにした。

 加賀美氏は、ロシア担当部局とインテリジェンス部局で勤務することの多い人だった。内閣情報調査室に出向する前は外務省国際情報統括官組織(前国際情報局)の幹部として勤務していた。

 しかし、どう見ても、インテリジェンスの仕事に向くタイプの人ではなかった。モスクワでは、研修後、大使館で勤務したが、心身に変調を来したため、通常のルーティーンより早く帰国させた(因みにこの期の別のキャリア職員は、モスクワ国立大学で研修中に自殺未遂事件を起こし、即刻、帰国させられた。数年前に外務省を退職した)。

 プライバシーやメンタル面においてトラブルを抱えた外交官に、ロシア(ソ連)の防諜機関は、関心を示し、調査する。こういう人がインテリジェンスを担当すると、ただでさえ複雑な業務が一層複雑になる。

 加賀美氏に関して、情報収集能力、分析能力はごく標準的であったが、謀略能力が傑出していた。インテリジェンスの究極目標は、謀略によって実力以上の力を出し、国益を増進することだ。インテリジェンスオフィサーとして、この点で加賀美氏は傑出した人物だったので、それを活用した外務省幹部がいたのは事実だ。

 具体例をあげよう。加賀美氏について、鈴木宗男・新党大地代表が、4月2日付「ムネオの日記」にこう記している。

<自ら命を絶つと言うのは本人しか判らないことで何が原因か。鵜の目たか目で興味本位なことに私は関心がない。いわんや死者にムチ打つようなことは、私はしない。

 読者の皆さんにただ一点、事実だけを申し上げておきたい。12年前いわゆるメディアスクラムによって鈴木バッシングが始まった時、この時とばかりこの加賀美正人氏は「鈴木宗男にぶん殴られた」と嘘の発言をし、診断書まで出した。船の中で殴られたと加賀美氏は言ったが、それならば船に医者も乗っていて、なぜすぐ診てもらわなかったのか。根室に着いても病院には行かず東京に戻り、しかも知り合いの診療所で診断書を作っていたのだ。私に暴行を受けたのならすぐ私を傷害で訴えれば良かったのでないか。「2年もたってから私を貶(おとし)めようとした外務省組織としての仕業だ」とこれまた外務省関係者から聞かされたものである。

 この暴行事件が作られたのは根室市元北方四島住民から預かった千島桜、北海道から預かったエゾ桜の記念植樹をビザなし交流で行うことが決まっていたのに、外務省内の連絡不行き届きで日程に事前に入っていたにも関わらず加賀美正人氏が見落とし出発してからバタバタした話である。

 (中略)加賀美正人氏には事実関係を聞きたかったと今となっては残念でならない。同時に加賀美正人氏のご冥福を祈るのみである。>

 2002年春、「鈴木宗男が外務官僚をぶん殴った」という話を外務省は一部のマスメディアにリークした。このリークで、宗男バッシングのフェーズが変わった。また加賀美氏は、2002年に川口順子外相(当時)の特命で、外務省内に秘密裏につくられた鈴木宗男氏と外務省職員の調査に関する委員会のチーム長だった。加賀美氏の報告書が元になり、鈴木氏系と目された外交官のパージが行われ、その影響は今も続いている。

 2000年当時、権力の絶頂にいた鈴木宗男氏に対して謀略を組んだ加賀美氏は、客観的に見て、相当腹が据わっている。自殺をするにはそれ相応の理由があるはずだ。

 繰り返すが、外務省は加賀美氏の自殺について、箝口令をしき、個人情報やプライバシーを口実にして、加賀美氏の氏名を明らかにすることすら拒んでいる。加賀美氏がメンタルに問題を抱えていたので、個人的理由で自殺したという物語で事態を収束しようとしているのが河相周夫事務次官指導下の外務省の醜い姿だ。

 加賀美氏の遺書に「遺産を

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