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憲政とは何か?――イデオロギーを超えて、これからの「憲法」の話をしよう

小林正弥 千葉大学大学院人文社会科学研究科教授(政治学)

■改憲の争点化――不毛な非難合戦を避けるために

 総選挙で自民党が大勝して安倍政権が成立してから、改憲が現実味を帯びてきた。安倍自民党は改憲を公約に掲げており、それを最大の目標としているからである。

 もっとも、参議院選挙まではアベノミクスを中心にして政治を行い、それに勝利してから憲法問題に向かうという見方が強く、筆者もそのような「巧妙」な作戦」を取るだろうと推測していた(「アベノミクスと『ダモクレスの剣』――『経済再生』という夢想の後に待ち受けるもの」(WEBRONZA、2013/01/07)

 ところが、「日本維新の会」が、参議院選挙において改憲派で3分の2を確保して、改憲を目指すという方針を提起してから、自民党の側でもこれに呼応する動きが強まっている。たとえば、菅義偉官房長官は、「まず96条から変えていきたい。参院選では96条は争点になる」と述べた(4月7日)。そして、「道州制をしっかりと進めていかなければならない」とも語り、96条改正に積極的で統治機構改革を掲げる日本維新の会との連携を強くにじませたという。

 また、石破茂自民党幹事長は、96条改正の是非を問う国民投票が行われる場合について「国民は(9条改正を)念頭に置いて投票していただきたい」と述べた(4月13日)。そして、安倍晋三首相自ら、96条をはじめとする憲法改正を衆議院選挙と同じく参議院選挙の公約とし、参院選後に「(発議に必要な)3分の2の勢力を衆参(両院)で形成するよう努力していく」と述べ、日本維新の会などを念頭に96条改正に賛成する与野党の勢力結集を目指す考えを示した(5月1日)。

 このような状況下では、憲法について、多くの人びとが真剣に考え、議論することは極めて重要だろう。しかし、憲法問題は、左右のイデオロギー対立が激しく、意見の相違する人びとが冷静に議論することが難しい。「右派=改憲論/左派=護憲論」というようにステレオタイプ的なイデオロギーの対立が存在し、その間で議論しようとすると、世界観の対立に発展して、非難の応酬やののしりあいになりがちだからである。

 このような不毛な非難合戦を避けて、建設的で理性的な議論を行うためには、どうしたらよいだろうか? 以下では、そのための提案をしよう。

■憲政・100周年

 今年は、奇しくも第一次憲政擁護運動(1913年)から100周年にあたる。まさにこのような年に、憲法改正が政治的なテーマになったので、改めて「憲政」という観点から、憲法問題を考えてみたらどうだろうか?

 そもそも、憲政という言葉は何を意味するのだろうか? この概念は、歴史的には日本独特のものであり、明治時代に「立憲政治」という言葉が縮約されて成立したものと思われる。具体的な用例としては、憲政会・憲政党・憲政の常道・憲政本党・憲政擁護などが挙げられる。

 だから、この言葉は「憲法に基づいて行う政治。近代的議会制度による政治」(広辞苑、第5版)を意味している。大正デモクラシーの最大の政治理論家・吉野作造は、「憲政、即ち立憲政治または憲法政治」を「憲法を以てする政治、憲法に準拠して行うところの政治」と説明している。そして、彼は、その眼目を「(1)人民権利の保障、(2)三権分立主義、(3)民撰議院制度)」としている(「憲政の本義を説いてその有終の美を済すの途を論ず」)。

 憲政の神・尾崎行雄や犬養毅を想起してみれば、改憲が大きなテーマになりつつある今年こそ、「憲政」について、人びとが徹底した白熱の議論を行うべきであろう。

■憲法政治=民主的な改憲?

 しかし、「憲法政治」という概念は、今日では別の意味でも用いられている。戦後の時代には護憲派の憲法学者などが「憲法に関連する政治」という意味で、主として改憲の危険をはらむ政治という含意で用いた。この場合、「憲法政治」は非民主主義的な政治というニュアンスを含んでいた。

 他方、アメリカの政治哲学や法哲学(における共和主義という考え方)では、人民全体の討議により憲法の制定・修正を行う時期の政治のことを「憲法政治」ということがある。

 これは、既存の憲法の下で議会や利益集団(の私的利益追求)などによって行われる「通常政治」と区別される。「憲法政治」の時期には、人びとは公共心に鼓舞され、熟慮に基づき公共民としての美徳を発揮し、危機的・革命的状況で政治的運動を組織し、結集を行う、と考えられているのである。たとえば、建国期、南北戦争期などが、その代表的な時期である。

 だから、このような観点からすれば、改憲は必ずしも非民主主義的ではなく、しばしば民主主義の最大の高揚期ということになる。人びとの主権の行使によって、憲法が改正される時こそ、最大の民主主義的瞬間であるということになるからである。

■既存の左右対立を超えた理性的な議論を

 さて、それでは、今の日本における改憲への動向は、憲政ないし憲法政治の観点からすると、民主主義的だろうか、非民主主義的だろうか? 

 護憲派の観点からすると、たとえば、憲法第9条の改憲は直ちに非民主主義的というように感じられるかもしれない。戦後の日本国憲法の三大原理は、「(1)国民主権、(2)基本的人権、(3)平和主義」であるが、(3)の平和主義を修正するだけでも、改憲は憲法の危機であり、民主主義の危機ということになるからである。

 しかし、 ・・・続きを読む
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筆者

小林正弥

小林正弥(こばやし・まさや) 千葉大学大学院人文社会科学研究科教授(政治学)

1963年生まれ。東京大学法学部卒業。2006年より千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。千葉大学公共研究センター共同代表(公共哲学センター長、地球環境福祉研究センター長)。専門は、政治哲学、公共哲学、比較政治。マイケル・サンデル教授と交流が深く、「ハーバード白熱教室」では解説も務める。著書に『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう(文春新書)、『サンデル教授の対話術』(サンデル氏と共著、NHK出版)、『サンデルの政治哲学 〈正義〉とは何か』(平凡社新書)、『友愛革命は可能か――公共哲学から考える』(平凡社新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『神社と政治』(角川新書)など多数。共訳書に『ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業』(ハヤカワ文庫)など。

 

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