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東日本大震災で防衛省の無人機はなぜ飛ばなかったか(最終回)――「我が国固有の環境」とは何か

清谷信一 軍事ジャーナリスト

 防衛省はことあるごとに、国産装備を開発する理由として、自衛隊の必要とする「我が国固有の環境」に合致した装備が存在しないことを挙げる。

 だが不思議なことに、防衛予算に占める人件費が約4割と、他国よりも高い「我が国固有の環境」に適合するために、他国よりも低いコストで装備を調達しようという気はないらしい。どうやら経済的な環境は考慮しなくていいらしいのである。

 たとえば89式小銃は1989年に制式化されて以来4半世紀が経つが、いまだに旧式の64式小銃を完全に置き換えるに至っていない。その調達単価は30~36万円と他の先進国の概ね5~7倍もする。この高コストが毎年の調達が少ない最大の理由だ。

 先ほども述べたように、防衛予算に占める人件費が約4割と、これまた他国よりも高い「我が国固有の環境」を鑑みれば、本来、少なくとも他国並みのコストで調達するべきだろう。

 筆者はかつて在京カナダ大使館の駐在武官の協力を得てカナダ軍の小銃、C7の価格を調査したことがある。C7は米軍の使用しているM-16に「カナダ軍固有の運用」に適合するために改良を施したものだ。C7の価格は米軍の調達価格より若干高い程度の5万円だった(当時の米軍のM16は約4万円)。

 カナダ軍の兵力は自衛隊の4~5分の1程度でしかない。常識的に考えれば量産効果は自衛隊よりも良くないはずだ。にもかかわらず、米国にライセンス料を払っても、調達単価は89式の4.5~5分の1程度の調達価格だった。

 調達単価の高さは戦力の低下とライフ・サイクル・コストの高騰も意味する。恐らく小銃が89式に完全に切り替わるにはあと10年以上、つまり結局35年以上はかかることになるだろう。その間、訓練、弾薬、兵站が二重になって効率が悪い。パーツも弾薬もそれぞれ生産されるので量産効果があがらない。当然パーツ、弾薬も世間相場の何倍も高価なものとなっている。戦時になればこれが不利に働くことは言うまでもない。

 このようなコストをかけて非効率を我慢し、仕様は他国の製品と大差ないものの調達性が極めて低い小銃を調達することが、「我が国固有の環境」に合致しているのだろうか。

 陸上自衛隊の使用している暗視装置JGVS-V8は米国ITT社の第三世代の暗視装置、AN/PVS-14のライセンス品でNECが製造している。だが、これは単価が高いだけではなく、性能も劣っている。米国政府は同じ第三世代の暗視装置でも性能を落としたものしか供給していないからだ。

 対して欧州製ならば性能を落とさない第三世代の暗視装置の入手が可能だが、どのような「我が国固有の環境」を鑑みて性能を落とした暗視装置を導入する必要があったのだろうか。

 この暗視装置は前後に長く、ヘルメットに装着すると前部が重たくなるので、680グラムのオモリをヘルメット後部に装着する必要がある。平均的な体格では日本人は米国人よりも小柄だが、そのような「我が国固有の環境」に鑑みれば、オモリのない製品を選ぶべきだと思うのだが、日本人の体格に合わない重いシステムをなぜ選んだのだろうか。

 しかもこの暗視装置のマウントは自衛隊の大きいサイズのヘルメットに装着できないのだ。一般に黄色人種は白人、黒人、アラブ人などに比べて頭が大きい。だから帽子やヘルメットも黄色人種用は大きめだ。これこそ日本人の体型に合わせたものが必要なのだが、なぜ「我が国固有の環境」を顧みず、米軍用をそのまま導入したのだろうか。

 しかもメーカーとの契約でこのヘルメット・アダプターを勝手に改良できず、多額の特許料を払う必要があるため改良されていない。またアダプターはねじ止め式なので取り外しが面倒で、かつ頻繁に取り外すとねじが馬鹿になるので、使用していない隊員も多いようだ。

 また、我が国では夏場は気温がシンガポール並みの40度近くになる場所も少なくなく、高温多湿であるという「我が国固有の環境」を有している。ところが自衛隊の装甲車輛のほとんどにクーラーが装備されていない。これは最新式の10式戦車も同様だ。

 このためNBC(核・生物・化学)システムを装備している装甲車でも夏場にNBC環境下では30分程度しか活動できない。

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