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武装集団の怖さ――海自いじめ自殺判決が問うもの

谷田邦一

 知り合いの自衛官から最近、職場のパワハラ問題について相談を受けた。

 上司の幹部自衛官が、小さなミスをとらえては人格を破壊するような罵詈雑言を浴びせたり、土下座を強要したりする。反省文を300回書き直させたこともあるという。退職したりノイローゼになったりする同僚が相次ぎ、知人も被害者のひとりなのだと告げられた。内部通報制度を通じて担当部署に告発しているのにまったく改善されない。上司は組織内で「できる人物」と評価されているため、通報が無視されているらしい。どうしたものかという相談だった。

 長く防衛省・自衛隊を取材していると、しばしばこうした話を耳にする。知人がひと通り説明した後、口にした問いかけが気になった。

 「自衛隊で今も教訓になっている『山口事件』って知っていますか?」

 聞いたことがない事件だったので、詳しく教えてもらった。

 30年前の1984年2月。陸上自衛隊山口駐屯地の2等陸士(21)が射撃訓練中に突然、仲間の隊員たちに向けて自動小銃を乱射した。4人が死傷し、陸士は車で逃走した後に逮捕された。警察の取り調べに「同僚に悪口を言われ快く思っていなかった。どうにでもなれと思って撃った」と供述したとされる。その後、隊員の異常行動をいち早く察知するための人事管理施策が重視されるようになったという。

 この事件を挙げた理由について知人はこう説明した。

 「自分たちは高度な軍事機密を扱ったり、殺傷力の高い武器を使うことを許されていたりする特別な集団です。私憤を晴らすために、情報を意図的に漏出させたり武器を不正使用したりする危険が常にある。自衛隊で起きているパワハラやいじめがいかに怖いものか、世間の人たちはもっと知ってほしい」

 どんな職場でも、いじめやパワハラ、セクハラはつきものだが、軍事組織で起きる場合は少し意味合いが違ってくることを考える必要がありそうだ。

遺影と海上自衛隊の制服が飾られている自殺した男性の部屋。手前は、現役隊員の告発を受けて見つかったアンケートなど証拠書類拡大遺影と海上自衛隊の制服が飾られている自殺した男性の部屋。手前は、現役隊員の告発を受けて見つかったアンケートなど証拠書類
 4月23日に東京高裁の控訴審判決が出たとき、この時のやりとりがふと頭に浮かんだ。

 判決は、海上自衛隊の護衛艦「たちかぜ」の新隊員だった男性乗組員の1等海士(当時21)の自殺をめぐり、「先輩隊員のいじめが原因」と認め、国などに約7350万円の賠償を命じた。

 古参兵による新兵いじめという構図だが、実に陰湿で凄惨な事件だった。裁判記録などをもとに簡潔に振り返ってみよう。

 男性が自殺したのは2004年10月、東京都品川区の京急立会川駅で通過する電車に身を投げた。もっていたバックパックの中にあったノートには、両親への感謝の言葉とともに、上官の30歳代の2等海曹(当時)を告発する内容が書かれていた。

 「お前だけは絶対に許さねえからな。必ず呪い殺してヤル。悪徳商法みてーなことやって楽しいのか? そんな汚れた金なんてただの紙クズだ。そんなのを手にして笑ってるお前は紙クズ以下だ」

 日常的に殴る蹴るの暴行を受け、エアガンで撃たれたりアダルトビデオを高額で買い取らされたりしていた。その恨みが書き連ねられていた。

 上官の海曹は、リーゼントで髪を固めサングラスを着用するなど、まるでヤクザのような格好をしていたこともあったという。艦内にエアガンを持ち込み、部下を正座させて数十発を浴びせたり、護衛艦内でサバイバルゲームをしたりしたこともあったらしい。また万力などの器具を運び込み、艦内で ・・・続きを読む
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筆者

谷田邦一

谷田邦一(たにだ・くにいち) 朝日新聞専門記者(防衛問題担当)

1959年生まれ。1990年、朝日新聞社入社。社会部、那覇支局、論説委員、編集委員、長崎総局長などを経て2013年4月から社会部専門記者(防衛問題担当)。主要国の防衛政策から最新兵器、軍用技術まで軍事全般に関心がある。防衛大学校と防衛研究所で習得した専門知識が、現実の紛争地でどのくらい役立つのか検証取材するのが夢。

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