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 ジョシュア・オッペンハイマー監督との対話の最後の部分を掲載します。彼の語るドキュメンタリー観はとても示唆に富んでいると思います。

 そして、最も聞いてみたかった質問を彼にぶつけてみました。「あなたは人間の良心を信じますか?」――いずれにしても、僕自身は彼との対話から大いにインドネシアへの関心が啓かれました。カンボジアのポルポト政権の虐殺については、日本人はかなり知っていると思うのですが、何とこのインドネシアの反共虐殺について日本人は(自分自身も含めて言っているのですが)無知だったことか。

 関心をお持ちの方は、慶応大学の倉沢愛子名誉教授の『9・30 世界を震撼させた日――インドネシア政変の真相と波紋』(岩波現代全書)をお読みになられることを是非ともお薦めします。とてもすばらしい本です。学者の風上にも置けない人々が充満している今の日本という国で、まともな学者によるまともな学問の確かな成果がここに存在しているのを知ったような気がしました。

金平(以下SKと記す);尊敬する映画監督は誰ですか?

ジョシュア・オッペンハイマー(以下、JOと記す);たくさんいますよ。けれども今は日本にいるので、私がとても感化された日本の監督も何人かあげておきましょう。まずは今村昌平です。彼の作品は私を無我夢中にさせました。こんなことは、私が師匠としているユーゴスラビアのデュシャン・マカヴェイエフと、ドイツのヴェルナー・ヘルツォーク以外では初めてのことです。勅使河原宏の作品も大好きです。それから、原一男の『ゆきゆきて、神軍』も大好きですね。原監督とは山形国際映画祭でお話しする機会があり、とてもよかったです。

 シネマ・ヴェリテ(=「真実の映画」 編集部注)の発案者であるジャン・ルーシュはもちろんです。ノンフィクション映画は、常に挑発であるという考えを発展させた人物ですからね。誰かにカメラを向けてスイッチをオンにした時、その人物は自分自身の中にあるファンタジー(幻想)を演じ始めます。ですから、ノンフィクション映画のカメラというものは、その純粋な形態においては、目に見えなかったものを目に見えるようにするプリズムのようなものなのです。

 つまり、私たちが自らに語るストーリーは私たちが何者であるかを示すことになるのです。それは、私たちの考えている事実というものを構成しているファンタジー(幻想)やフィクションを目に見えるようにするということです。それこそまさに『アクト・オブ・キリング』で私たちが成し遂げたことです。

 私たちは、映画に出演している彼らに、あなたがどのように自分のやったことと折り合いをつけているのか知りたいと聞きました。自分自身に対してどのような嘘をついたのかと。そして、自分自身にどのようなストーリーを言い聞かせているのか。さらに、どのように見られたいのかと。というのも、もし、彼らが私たちにどのように見られたいのか見せてくれれば、それと、自分たちのやってきたこと、彼らの現実の姿とのギャップを知ることができます。本当は彼ら自身は自分たちのことをどのように見ているのかを、私たちは想像し垣間見ることができるということが分かったからです。

 それというのも、彼らは現実の自分とはほど遠いイメージに必死にすがりついていたからです。彼らがそんなことをしているという事実は、彼らが自分たちのしたことをわかっているということを暴露しているのです。

SK;現代社会は情報があふれ、私たちは膨大な量の情報にさらされています。そのために自分に必要な情報を選択するときに、時折迷ってしまうことさえあります。このような状況のもとで、ドキュメンタリー映画にはどのような可能性があるのでしょうか。ドキュメンタリー映画には世界を変える力があると思われますか?

JO;今日のこの情報洪水の中で、私たちは二つのことを見失っています。私たちは、コンテクストを欠いた膨大な情報を得ていますが、そのコンテクストこそ私たちが真に理解する必要性があり、かつ公共財として役立てるべきものなのです。それを伝えることが、よきジャーナリズムの真の責務だと私は考えます。よきジャーナリズムの役割とは、ただ情報をかき集めるのではなくて、何が重要なのかという意義ある判断を私たちが下せるようにその情報をコンテクストのなかに位置づけることです。それが今の真摯なジャーナリズムにひどく欠落しています。メディアの経営状況というのが大きな原因となっているのですが。

 私が思うに、ドキュメンタリーやノンフィクション映画の役割は、ジャーナリズムの、とりわけ優れたジャーナリズムの役割とは区別する必要があります。ジャーナリズムとは、私たちが知らない新しい情報を提供し、それを的確なコンテクストに位置づけることです。一方、ドキュメンタリー映画とは、ほかの芸術と同様に、すでに私たちが知っていることと向き合うことだけでなく、通常直視するにはつらいようなこととも向き合うことを手助けする手段となり得るものです。

 そういう意味では、芸術は「暗い鏡」と言えます。私たちには乗り越えなければならないあまりにも大きな問題があります。そして乗り越えるためには、その問題と向かい合う必要があります。それは私たちが知らない問題というわけではありません。見たくないのです。そのようなあまりに大きな問題に直面すると無力感を味わいます。そうなると、私としては、福島で今、何が起こっているのかを考えざるを得ません。直面するやいなや人間が必ず無力感を感じる、終わりなき問題のようなものです。怒りを覚えるものの無力でしかありえないというような……。

 けれども、そのすぐ外側の近接地域に住む人々は、無力感という理由から、できれば考えることをしたくない、そして、積極的に怒りを表すこともできれば避けたいと考えています。私が考えるには、ノンフィクション映画とは、私たちにとって、最も痛みを伴う事実を恐れずに話せるようになること、その問題に立ち向かうことができるよう手助けしてくれるものです。ですから、それはジャーナリズムの役割とはちょっと異なります。これは、つまり、すでに自分たちが知っているけれども普通は見たくないものを見せるということになります。 

SK;なるほど。そうすると興味が沸いてくるのですが、あなたにとって好きなドキュメンタリー映画というのをあげると何でしょうか。

JO;大好きなドキュメンタリー映画というものがあるかどうかはちょっとわかりませんけど。敬服する映画ならば沢山ありますが、大好きなものというのは数少ないです。『ゆきゆきて、神軍』も好きです。クロ―ド・ランズマンの『ショアー』も大好きですし、フレデリック・ワイズマンの『チチカット・フォーリーズ』も大好きですね。ヴェルナー・ヘルツォークの『Even Dwarves Started Small』も大好きです。これはドキュメンタリーではないという話もありますが、とりあえず挑発として言っておきましょうね。

SK;『アルマジロ』はどうですか?

JO;監督のヤヌス・メッツは、よき友人で、彼には敬服しています。彼は、一種のドラマみたいなものをつくろうと試みていたので、あの映画は好きですね。つまり、彼はフィクショナルなドラマを作ろうとしているように見えるのですが、実際に、彼の映像がとらえたものは、兵士の退屈さと、彼ら兵士の日常の無意味さでした。彼らの任務の無意味さは、破局的な暴力によって強調されています。その任務たるや、あの『アクト・オブ・キリング』の加害者たちの行動と同じ馬鹿げたやり口で遂行されていましたね。安っぽいハリウッド映画の戦争に向かう時のあの神話じみた語り口によってですけれどね。

映画「アルマジロ」拡大映画『アルマジロ』
 あの映画は、ドラマの中に、そうしたモラルの欠如を誘い込むように内包しているところが好きなんです。またこの映画は、戦争に関してドラマを製作することがいかに無意味なことかを教えてくれます。

 あの作品は、まさに黒澤明の『羅生門』のようです。英雄のようにふるまう人間は、実際のところは、怯え、意気地なしだということを示しているんです。つまり、あの作品は、すべてのフィクションによる戦争や暴力のドラマ化は、結局は英雄的行為など嘘であるということを示すにすぎないと語っているのです。

SK;次回作の映画について、お話しください。

JO;私の次の作品は、『アクト・オブ・キリング』の続編ではありません。『The Look of Silence』という、まあ姉妹編のような映画です。この作品は、自分たちの息子を誰が殺したのかを知る生存者の家族の物語です。この家族は私の友人です。加害者は、私がアンワルと知り合う前の2003-2005年の間にインタビューした男性です。この家族の一番下の息子には、子どもがおり、殺害のあとに生まれています。家族からは、亡くなったお兄さんの代わりとみなされています。

 彼はこの重荷を背負って生きてきました。お兄さんの代わりとして生まれ、そのことで両親は生き続けることができたのです。彼には今では彼自身の子どもがいます。学校に通うようになると、自分たちの家族に起きたことは、自業自得なのだと洗脳されます。大虐殺を正当化するプロパガンダのせいです。

 彼は、我慢できなくなります。 ・・・続きを読む
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筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『ロシアより愛を込めて――モスクワ特派員滞在日誌 1991-1994』(筑摩書房)、『二十三時的――NEWS23 diary 2000-2002』(スイッチ・パブリッシング)など。共著に『テレビはなぜおかしくなったのか<原発・慰安婦・生活保護・尖閣問題〉報道をめぐって>』(高文研)、『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川書店)など多数。

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