メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

二つの「トラウマ」から始まった集団的自衛権問題。公明党による本気の反撃とは?

佐藤優 作家、元外務省主任分析官

 外国のインテリジェンス専門家と話していると、

 「この時期になぜ集団的自衛権問題が、突然、浮上してきたのですか。日本を取り巻く安全保障環境が急激に悪化しているわけでもないのに不思議です。5月15日の記者会見で安倍晋三首相は、朝鮮半島から米艦戦で避難する日本人母子の絵を示し、集団的自衛権の重要性について説きました。国名を明示しませんでしたが、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の脅威を前提としていることが明白でした。しかし、7月1日の閣議で憲法解釈を変更し、集団的自衛権行使を容認する閣議決定を行った3日後の同月4日、日本政府は、2006年から北朝鮮に対して独自に行っていた制裁の解除を決定しました。やっていることがチグハグで、安倍首相の意図がわかりません」

 という意見をよく聞かされる。

 こういう見方に対して、「僕もよくわからないんだ。安倍さん本人に聞いてみるしかないね」と答えると、先方は諦めずに、

 「安倍首相御自身も自分で何を考えているかよくわかっていないと思います。自分は、普通の人で、常識的な動きをしているにすぎず、批判する人たちの方が左にずれていると思っているんじゃないでしょうか。安倍政権の問題は、首相やその取り巻きが自分を数学や物理の『特異点』のごとく、好きなところに原点を置けると思っているところにあります。こういう人たちの動きについては、本人の言明よりも外部からの分析の方が重要です」

 と切り返してくる。

 そうなると分析専門家のはしくれである筆者としても、説明する必要に迫られ、いろいろ考える。

 筆者は、「二つのトラウマ(心的外傷)」が鍵になると考えている。

 第1は、安倍家(岸家)のトラウマだ。

 安倍氏は、祖父の岸信介元首相を敬愛している。1960年に新安保条約を締結したときに岸首相(当時)は、日米の双務性を担保したいと思っていた。すなわち、米軍が日本を防衛するのに対して日本軍(自衛隊)も米国を防衛するという対等の関係を構築したかった。

 しかし、それは果たせなかった。新安保条約に対しては、国民の多数が批判的見解を示し、大規模な抗議運動が起き、死傷者も発生した。新安保条約成立と引き換えに岸首相は辞任を余儀なくされた。

 日米間の対等の関係を構築できなかったという岸信介氏のトラウマが、そのまま安倍首相に継承されている。安倍首相は、集団的自衛権行使に日本政府が踏み込めば、日米の対等な関係に向けた一歩を踏み出せると思っている。そのことによって、失意のうちに首相職を去ることを余儀なくされた岸信介氏の霊を慰めることができると考えているのであろう。

 第2は、外務省のトラウマだ。

 外務官僚(特に主流派のアメリカン・スクール[語学閥])には「湾岸戦争トラウマ」がある。1991年の第一次湾岸戦争で日本は多大な財政的貢献をしたにもかかわらず、国際社会、特に同盟国である米国からほとんど評価されなかった。あのときから、米国の戦争には、極力、自衛隊員を派遣し、血によって日米同盟を担保することが日本の国益に貢献するというのが外務官僚の平均的感覚になった。

 もっとも、自らも召集され戦闘行為に従事し、死ぬ可能性があるということについて考えている外務官僚はほとんどいない。自分は命令する側で、命令に従って死ぬリスクがないと無意識のうちに思っているので、外務官僚は、将棋やチェスのように自衛隊を戦地に送ることを考える。

 安倍首相のトラウマに気付いた外務官僚が、この機会に集団的自衛権、国連の集団安全保障のあらゆる局面で、自衛隊を地球上のどこにでも派遣できる態勢を構築することができると考え、首相官邸を焚きつけた。

 こういう煽動を得意とする外務省の現役とOBは、小松一郎前内閣法制局長官(故人)、兼原信克内閣官房副長官補をはじめたくさんいる。

 しかし、外務官僚にとって公明党が大きな障害になった。この点で、7月2日の『公明新聞』に掲載された公明党の山口那津男代表の見解が興味深い。

 1日の記者会見で山口代表が与党協議の内容について、<安保法政懇の報告書に対し、公明党は、政府が長年取ってきた憲法解釈を基本に慎重な対応を求めてきた。これに対して首相は、議論の方向性を示すに当たり、政府の憲法解釈と論理的整合性を取ることが重要だとの考えを示した。個別的か集団的かを問わず自衛のための武力行使は禁じられていないという考え方や、国連の集団安全保障措置など国際法上合法的な措置に憲法上の制約は及ばないという考え方を採用しなかった。これには大きな意味があった>(7月1日『公明新聞』)と述べた。

閣議決定を受け、記者会見する公明党の山口那津男代表=1日午後6時45分、国会内拡大公明党・山口那津男代表の反撃はどこまで続くか
 実はこの部分が、今後、安倍政権が集団的自衛権の行使に踏み込む際の最大の障害になる。公明党が本気で反撃していることの証左だ。

 まず、国連の集団安全保障措置による自衛隊の派遣がこれで不可能になった。

 さらに、「サイバー兵器、国境を越えるテロ組織の活動によって、主権国家や交戦団体(武装闘争を展開する反政府組織)が国際法の主体であるという前提で考える個別的自衛権、集団的自衛権という概念自体が現実に対応していない。今後は自衛権という観点から安全保障政策を構築すべきだ」という論理で、実質的に集団的自衛権を行使するという道も塞がれた。

 ひとことで言うと、公明党の反撃によって外務官僚が望む集団的自衛権の行使をできなくしたということだ。

 現下の国際情勢を考えた場合、米国が同盟国への軍事協力を求めるのは、国際テロ組織アルカイダ系の「イラクとシリアのイスラーム国」(ISIS)が、国土の一部を占拠しているイラクとなる可能性が高い。

 7月1日の記者会見で、安倍首相は、「海外派兵は一般に許されないという従来の原則も変わらない。自衛隊がかつての湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことはこれからも決してない」と断言した。

 後方支援でイラクに行く可能性はあるという見方についても、もはや集団的自衛権行使に踏み切ったと安倍政権が公言している以上、後方支援だけでは、集団的自衛権の行使とは認められず、戦闘行為に従事することを米国から求められる。そのような要請が米国からなされても日本は拒否せざるを得ない。

 ホルムズ海峡の機雷除去のために海上自衛隊が出動する可能性についても安倍首相は、7月14日に言及した。

 <衆院予算委員会が14日に開いた集中審議で、安倍晋三首相と公明党との間に、集団的自衛権の行使などをめぐって、歯止めへの考え方に隔たりがあることがあらわになった。行使が地理的にどこまで許されるかについて、首相は公明党が否定している中東のペルシャ湾・ホルムズ海峡での機雷除去の必要性を繰り返し強調。野党側も閣議決定された「武力行使の新3要件」は歯止めにならないと批判した。
 首相の国会答弁は1日の閣議決定後初めて。首相はホルムズ海峡での機雷除去の必要性について「エネルギーの供給が大きく脅かされる。日本経済は甚大な打撃を被る。国の存立の基盤は経済だ。経済の基盤自体が脅かされる」などと繰り返し答えた。
(中略)公明党幹部は14日、「新3要件やこれまでの政府の答弁からすれば、日本周辺の事態しか対応できない。ホルムズ海峡の機雷除去は事実上できない」と語り、首相の見解とは溝があることを認めた>(7月14日『朝日新聞デジタル』)

 これも公明党幹部の言っていることが現実的だ。ホルムズ海峡でタンカーやLPG(液化天然ガス)船が通る航路帯は、公海ではなく、オマーンの領海にある。

 ホルムズ海峡を封鎖するためには、オマーン領海にイランが機雷を敷設しなくてはならない。国際法の規定で、ある主権国家が、他の主権国家の領海に機雷を敷設すれば、その瞬間に宣戦布告を行ったものと見なされる。ホルムズ海峡の封鎖=イラン・オマール戦争の勃発なのである。

 日本は受入国の了承を得ずに自衛隊を派遣することはない。オマーンの了承を得て、海上自衛隊の掃海艇が同国の領海に入り、機雷を除去することになれば、客観的に見て、日本側はオマーンを支持する形で、イランと戦争を始めることになる。

 イランは、シーア派(12イマーム派)の原理主義国家だ。国際社会の反発を無視して核兵器と弾道ミサイルの開発を進めている。諸外国で、暗殺、破壊などのテロ工作に従事する強力な秘密部隊をイランは持っている。

 外務省HPよれば、2011年12月末現在の在日イラン人は4775人だ。この統計に乗らない短期滞在者はその数倍に及ぶだろう。日・イラン戦争になった場合、原理主義的な一部のイラン人の行動が日本の治安に悪影響を与える可能性がある。同HPによれば、2013年4月現在のイランに長期滞在する日本人は660人だ。日・イラン戦争になった場合、在留邦人の保護について、外務省は真面目に考えているのだろうか。

 口先で勇ましいことを言う人が愛国者とは限らない。日本が、不必要な戦争に巻きこまれないように智慧を働かす必要がある。

 今回の閣議決定を遵守していては、事実上、集団的自衛権を行使することはできない。もっとも、今回、創価学会を支持母体とする公明党が連立与党に加わっていなかったならば、政府の政治判断で自衛隊の海外派兵を可能にし、自由に集団的自衛権を行使できる内容の閣議決定になっていた可能性が高い。

 今後、安倍政権は、この閣議決定の内容を事実上、反故にし、いくつも踏み越えないと実際に集団的自衛権を行使することはできない。その過程で、自民党と公明党の関係が緊張する。いずれにせよ、創価学会の対応が鍵になる。

 その点で危険なのは、自民党の一部勢力が、政教分離問題に焦点をあてて、公明党と創価学会の関係に揺さぶりをかけようとしていることだ。もっともマスメディアではあまり報じられていないが、 ・・・続きを読む
(残り:約2534文字/本文:約6569文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
デモクラシーやJournalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

佐藤優

佐藤優(さとう・まさる) 作家、元外務省主任分析官

1960年生まれ。作家。元外務省主任分析官。同志社大学神学研究科修士課程修了。外務省では対ロシア外交などを担当。著書に『宗教改革の物語――近代、民族、国家の起源』(KADOKAWA)、『創価学会と平和主義』(朝日新書)、『いま生きる「資本論」』(新潮社)、『佐藤優の10分で読む未来』(新帝国主義編、戦争の予兆編、講談社)など多数。

佐藤優の新着記事

もっと見る