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拉致調査 日朝の政権、問われる覚悟

礒崎敦仁(いそざき・あつひと)/慶應義塾大学専任講師(北朝鮮政治)

 北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記が2011年12月に急死すると、権力を継承した三男の金正恩(ジョンウン)第1書記は「経験不足」のため、集団指導体制に移るとの観測もあった。しかし若き指導者は、義理の叔父の張成沢(チャンソンテク)・元国防副委員長や軍幹部を粛清、統制を強化し、先代と同 様に一元的支配を強めているように見える。人事、軍事、経済分野などで経験を積み、実績を強調しつつある。

AJWフォーラム英語版論文

 そのような中、日朝関係が大きく動きはじめた。5月末、北朝鮮が日本人拉致被害者らの調査を約束したストックホルム合意と7月初めの特別調査委員会に関する説明は、金正恩政権の「本気度」を感じさせるものだった。

 中国の習近平(シーチンピン)国家主席の訪韓など中韓関係の強化は、対米関係も改善できずにいる北朝鮮を日本に近づけた。拉致被害者らの帰国まで楽観してはならないが、超縦割り社会の北朝鮮で、複数の権力機関の人物が一つの委員会を構成するのは大きな意義がある。

日本側に相応の措置要求も

 北朝鮮は進み具合を随時、日本側に伝え、関係者を受け入れる用意があると述べたという。継続的調査が約束されたといえるが、日朝の両政権に、よほどの覚悟 がなければ問題解決の可能性を永遠に閉ざすことになるような危険な賭けでもある。わが国の世論が100%納得する形での拉致問題の解決は困難であるにもかかわらず、北朝鮮は「本気で調査した」とし、日本側に相応の措置を求めてくるからである。

 北朝鮮の核問題も関係進展の障害となる。昨春、金正恩氏は、核保有の理由が「中東の教訓」にあると明言した。かつてリビアのカダフィ政権は核開発計画を放棄したために崩壊した、と認識しているのだ。日本側 は、核問題について米国との調整を要することになろうが、日本を通じて米国を動かすことも北朝鮮側の目的である。

 しかし、今後数十年にわたって 政権を維持しようとする金正恩氏にとって、昨年初めの核実験、休戦協定の白紙化宣言といった軍事行動や挑発ではなく、日朝間では平和的交渉によって実利を 得られる、という貴重な「経験」にもなりうる。もし、北朝鮮をその方向に誘導できたら、国際社会に対して日本の外交力を示すことになる。

 大胆な 政策をスピード感を持って出してくるのが、金正恩政権の特徴だ。日本が歩調を合わせてこないと判断したら、状況は大きく後戻りしてしまう危険もある。人命 が関わるからこそ、安倍政権は世論に過度に左右されず、問題解決と関係進展への強い意志を示し続ける必要があろう。

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礒崎敦仁(いそざき・あつひと) 慶應義塾大学専任講師。北朝鮮政治専攻。慶應義塾大学大学院やソウル大学大学院で学ぶ。北京の日本大使館専門調査員(2001年~2004年)などをへて現職。共著に『北朝鮮入門』(東洋経済新報社)など。

 

 

 

本記事は朝日新聞AJWフォーラムにも掲載されています