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トマ・ピケティ『21世紀の資本』の甘さ

マルクスとは異質な発想、ぼやけた資本主義の構造的問題

佐藤優 作家、元外務省主任分析官

 世界的規模で大きな話題になっているフランスの経済学者トマ・ピケティの『21世紀の資本』(みすず書房)が翻訳し、上梓された。山形浩生、守岡桜、森本正史3氏による訳文がこなれているので読みやすい。

 原書がフランス語で、邦訳が英訳からなされていることを批判する人がいるが、このような批判は的外れだ。『21世紀の資本』は、フランス語版オリジナルではなく、英訳がベストセラーになった。世界的規模で現実に影響を与えている英語版から翻訳するというのは正しい姿勢だ。

)『21世紀の資本』 トマ・ピケティ.拡大トマ・ピケティ『21世紀の資本』(みすず書房)
 本書の特徴は2箇所にある。

 第1は、比較的簡単な道具立てで、ビッグデータを処理し、過去200年の資本主義が格差を拡大する傾向にあることを実証することである(ただし、二度の世界大戦期を除く)。

 第2は、資本主義の行き詰まりを解消するためには、国家が介入し、資本税を徴収することが所与の条件下では最も効率的であるということを説得することである。

 ピケティ自身は、自覚的でないが、資本税の導入が「認識を導く関心」になって、本書の記述は進められている。

 第1の、比較的簡単な道具立てとは、資本主義の2つの基本法則(作業仮説)を前提に記述を進めていることだ。

<資本主義の第一基本法則――α=r×β

 これで資本主義の第一基本法則を提示できる。これは資本ストックを、資本からの所得フローと結びつけるものだ。資本/所得比率βは、国民所得の中で資本からの所得の占める割合(αで表す)と単純な関係を持っており、以下の式で表される。

 α=r×β
 
 ここでrは資本収益率だ。
 たとえば、β=600%でr=5%ならば、α=r×β=30%となる。
 言い換えると、国富が国民所得6年分で、資本収益率が年5パーセントなら、国民所得における資本のシェアは30パーセントということだ。
 α=r×βという式は純粋な会計上の恒等式だ。定義により、歴史のあらゆる時点の社会に当てはまる。トートロジーめいてはいるが、それでもこれは資本主義の第一基本法則だと言える。というのも、これは資本主義システムを分析するための三つの最重要概念の間にある、単純で明解な関係を表現したものだからだ。その三つの最重要概念とは、資本/所得比率、所得の中の資本シェア、資本収益率だ>(56頁)

 ピケティは、資本をストックすなわち、<ある時点で所有されている富の総額(総財産)に対応する>(54頁)と規定し、所得をフロー、すなわち<ある期間(通常は1年)の間に生産され分配された財の量に対応する>(54頁)と規定する。

 さらに長期的視座から、貯蓄率と成長率を加味することによって、もう一つの資本主義の基本法則(作業仮説)が存在することになる。

<資本主義の第二基本法則――β=s/g

 長期的には、資本/所得比率βは、貯蓄率s、成長率gと以下の方程式で示される単純明快な関係をもつ。

 β=s/g
 
 たとえばs=12%、g=2%ならβ=s/g=600%となる。
 つまり、毎年国民所得の12%を蓄え、国民所得の成長率が年2パーセントの国では、長期的には資本/所得比率は600パーセントになる。この国は、国民所得の6年分に相当する資本を蓄積することになる。
 資本主義の第二法則ともいえるこの公式は、当然ではあるが重要なことを示している。たくさん蓄えて、ゆっくり成長する国は、長期的には(所得に比べて)莫大な資本ストックを蓄積し、それが社会構造と富の分配に大きな影響を与えるということだ。
 別の言い方をしよう。ほとんど停滞した社会では、過去に蓄積された富が、異様なほどの重要性を確実に持つようになる。
 だから21世紀の資本/所得比率が、18、19世紀の水準に並ぶほど構造的に高い水準になってしまうのは、低成長時代に復帰したせいだと言える。だから成長――特に人口増加――の鈍化こそが、資本が復活をとげた原因だ。
 基本的な点は、成長率のわずかなちがいでも長期的には資本/所得比率に大きな影響を及ぼすということだ>(173、175頁)

 成熟した資本主義は、低成長が基調である。従って、資本収益率が産出と所得の成長率を上回るようになる。そのため、資本主義は自動的に、恣意的で持続不可能な格差を生み出すというのがピケティの結論だ。

 ピケティは、経済学者として、事態を純粋に観察するという姿勢を取らない。政治経済学者として、問題を解決することに強い関心がある。

 ピケティが重要な処方箋として提示しているのが資本税の導入だ。資本税によって、富の公平配分を実施することを考えている。

 <中心となる問題は次のように問い直せる。累進所得税が存在し、ほとんどの国では累進的な相続税もある以上、累進資本税の目的とは何だろうか?  実は、これら三つの累進課税はそれぞれ別の、相補的な役割を来たす。どれも理想的な税制における不可欠の柱なのだ。資本課税を正当化する理由としては、二つのちがったものがある。貢献的な理由と、インセンティブ面での理由だ。
 貢献の論理はかなり単純だ。所得というのはしばしば、きわめて裕福な個人にとってはあまりしっかり定義された概念ではない。だから金持ちの貢献能力をきちんと評価できるのは、資本の直接課税だけなのだ。具体的に言うと、100億ユーロの財産を持つ人物を考えてほしい。『フォーブス』ランキングの検討で見た通り、この規模の財産は過去30年でかなり急速に増え、最も裕福な個人(たとえばリリアンヌ・ベタンクールやビル・ゲイツ)にとっての実質成長率は、年6-7パーセントかそれ以上だ。定義からして、これは経済的な意味での所得(配当、キャピタル・ゲインなど、消費や資本ストック増加のための資金を捻出できる各種新リソースを含む)が、少なくともその人の資本の6-7パーセントになったということだ(そのほとんどが消費されなかったと想定している)。話を単純にするため、その人物が財産100億ユーロ5パーセントに相当する経済所得を享受したとしよう。すると年に5億ユーロだ。 こんな人物が所得税申告で自己申告される最大の所得は、数千万ドル、数千万ユーロを超えることはほとんどない。ロレアルの相続人であり、フランスで最も裕福な人物であるリリアンヌ・ペタンクールの例を見よう。新聞に公開された情報とベタンクール自身が明かした情報によれば、彼女の申告所得は年500万ユーロを超えたことがない。これは彼女の富(現在では300億ユーロ以上)の1万分の1強でしかない。個別事例の不確実性はあるが(これはあまり重要ではない)、こうした事例で税金のために申告された所得は、納税者の100分の1以下なのだ。
 ここで重要な点は、脱税も未申告のスイス銀行口座もここには登場しないということだ(少なくとも私たちの知るかぎりでは)。 きわめて洗練された趣味とエレガンスを持ち合わせた人物ですら、当座費用として年5億ユーロなどなかなか使いきれるものではない。通常は、配当金(またはその他の支払い)数百万ユーロを毎年受け取り、資本からの収益の残りは一家の信託基金や、その他この規模の財産を管理するという目的のためだけに作られたその場しのぎの法人に積み立てて、それを大学の資金運用と同じ形で運用してもらうことになる。
 これはまったく合法だし、それ自体としては問題ではない。それでも、税制にとっては課題となる。一部の人が、経済所得のたった1パーセントでしかない(いや10パーセントでも)申告所得に基づいて課税されるなら、その所得階層の税率を50パーセントにしても、 さらには98パーセントにしても何の意味もないことになる。問題は、先進国での実際の税制がこんなふうに機能しているということだ。富の階層トップでは、 実効税率(経済所得に対する比率で見たもの)は極度に低い。これは問題だ。というのもこれは富の格差をめぐる爆発的な動学を強めるものだからだ。巨額財産の収益率も高くなる場合にはなおさらだ。実際問題として税制はこの動学を緩和すべきであって、それを強めてはいけない>(550~551頁)

 資本家は、資本税の徴収に対して、当然、激しく抵抗する。

 それに対抗して資本税を強制的に徴収することができるのは、暴力装置を合法的に独占する国家だけだ。

 国家は抽象的な存在ではなく、官僚によって運営されている。ピケティが想像するような資本税の徴収が行われる状況では、国家と官僚による国民の支配が急速に強化される。ピケティは、国家や官僚を中立的な分配機能を果たすと見ている。この見方は甘い。

 蛇足になるが、リベラル派や左派で本書の『21世紀の資本』というタイトルに引き寄せられて、本書とマルクスの『資本論』を類比的に読もうとする人がいるが、それは不毛な試みと思う。 ・・・続きを読む
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筆者

佐藤優

佐藤優(さとう・まさる) 作家、元外務省主任分析官

1960年生まれ。作家。元外務省主任分析官。同志社大学神学研究科修士課程修了。外務省では対ロシア外交などを担当。著書に『宗教改革の物語――近代、民族、国家の起源』(KADOKAWA)、『創価学会と平和主義』(朝日新書)、『いま生きる「資本論」』(新潮社)、『佐藤優の10分で読む未来』(新帝国主義編、戦争の予兆編、講談社)など多数。

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