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[4]2025年のリーダー像を探る――高橋裕典

地域を醸成させる発酵の力とは?

服部篤子 DSIA常務理事

 近年改めて発酵商品への人気が高まっています。そしてその発酵が周辺にさまざまな変化や動きを生み出しています。本記事では、発酵の力で地域に変化を起こしたプロジェクトがどうやって誕生したのか、なぜ地域を巻き込むことができたのかに着目しました。2014年12月には、環境大臣から地球温暖化防止活動として表彰もされた活動です。
 本記事で取り上げる高橋裕典さん(38)は、技術開発に10年取り組んだ後、アミノ酸の製造過程で生じる副産物“発酵副生バイオマス”を活用して農業の活性化につなげる事業を軌道に乗せました。農家、堆肥業者、小売業者、そして地域の人々や企業にとってメリットのある資源循環システムをつくりあげたのです。
 これは、地域の経済と社会の価値を高めようと取り組んだ試みで、企業から生まれた地域創生の優れた事例だといえます。その事業モデルを考案していく過程で実施してきたこと、事業の成功によって見えてきたことをお話しいただきました(聞き手=服部篤子)。

――低カロリー甘味料「パルスイ-ト」などの原料のアミノ酸を製造する工場で、発酵から生じた副産物を資源化し、イオン九州(株)と農産物ブランド「九州力作野菜」を作り、また、佐賀市と「バイオマス産業都市プロジェクト」を展開していると聞きました。どちらもアミノ酸の製造に欠かせない発酵菌が大活躍ですが、高橋さんがとられた動きからお話ししてください。

高橋裕典 2000年に味の素(株)に入社して、まず発酵技術研究所(川崎市)で6年間は、基礎研究をやっていました。キャッサバ(芋)由来の澱粉を分解した糖液に発酵菌を加えて発酵させてアミノ酸を作るわけですが、いかに効率よく発酵させることができ、生産性をあげることができるのかを研究していました。つまり、アミノ酸をいかにたくさんつくるか、ということをやっていたのです。

『全世界の食糧問題が解決された社会」という自身が目指す社会のフリップをもつ高橋裕典さん拡大「全世界の食糧問題が解決された社会」という自身が目指す社会のフリップをもつ高橋裕典さん
――どの発酵菌によってどのように発酵させるか、菌の働き次第で売り上げにも大きな影響を及ぼすことができるのでしょうね。

高橋 そうです。日本を含む21カ国・地域に121の工場がありますが、国や地域で、活発に発酵する菌が異なったり、同じ菌でも発酵の活発さが異なるわけです。

 川崎の後は、2006年から九州で、引き続き技術者として、ビーカー程度の大きさでやっていた研究所の成果を実際に工場に導入することをやっていました。われわれがスケールアップと呼んでいることです。

 佐賀市にある九州事業所は、約7万坪の敷地内にある工場で、調味料や甘味料の原料などを生産しているところです。

 そして、入社11年目に入って、工場から出る副産物を使って自由に事業開発してみるようにと言われたのです。

――異動を希望されたのですか。

高橋 確かに、当時事業開発をしたいと言ってはいたのですが、副産物で何かをする、という指示には、正直にいって大いに喜んだわけではありません。これまでは主産物であるアミノ酸の研究でした。しかも、何年までに何をどうする、という数値目標があって、厳しいスケジュールの制約の中で新たなやり方を模索し、その結果は、技術者の技量にかかる、という仕事の仕方をしてきました。 しかし、今度は、自由にやってくれといわれて、どうしようと当惑したわけです。

――なぜ副産物だったのでしょうか。

高橋 与えられたミッションは、アミノ酸を取り出した後に残った年間排出量4千~8千トンの副産物を再資源化することでした。これは以前より肥料として使われていました。しかしその場合の課題は、水分を含んでいるために乾燥を必要とすることだったんです。つまり、重油を相当量使用して乾燥させていたわけです。

 これでは、再資源化といってもCO₂をどんどん排出しているという矛盾が生じてしまいます。これは問題だと研究所時代に感じていました。しかも、乾燥コストがかかるため、肥料としても高価になってしまいます。

――その課題をどうやって解決したのでしょうか。

高橋 最初は、乾燥させずに、つまり有機物をそのまま肥料として使ってもらおうと農家さんに配りました。しかし、ほとんどの農家さんからいらないと言われてしまいました。水分が多くて普段使う機械で散布すると目詰まりを起こしてしまうわけです。 ところが、なんと、1件だけですが、「ありがとう」という連絡を頂戴したのです。そこで、慌ててその農家さんに出かけていきました。

――肥料として使われたのでしょうか。

高橋 そうです。宮崎のニンジン農家さんで、堆肥に混ぜたというのです。堆肥というのは、牛糞などの有機物を微生物の力で分解して作る有機肥料です。この堆肥化の過程で微生物が熱を発し、温度が1~2カ月間80℃くらいまで上がります。この堆肥化の過程に菌体を混ぜることで、自然の力で、課題であった乾燥をすることができたのです。

――再び発酵の力で課題を解決するとは、味の素(株)の原点ですね。

高橋 熊本県や大分県の畜産農家でこの発酵副生バイオマスを家畜糞と混ぜ、新たな肥料を作り始めました。これで、堆肥の価値が上がり、農家さんには高付加価値の肥料を安価に提供することが可能になりました。畜産業者も農作物生産者も、ウイン・ウインの関係です。もちろん、我社にとっても。

――味はどうなったのでしょうか。

高橋 やはり有機農業による作物ですから美味しいです。私は元々技術者ですから、アミノ酸を分析する機械でこの混合堆肥の効果を調べました。にんじん、シラヌヒ、いちご、ねぎなど30種類ほどの野菜・果物の糖度やうま味を示すアミノ酸の含有量を調べたところ、副生バイオマスによって品質が向上したことを証明しました。アミノ酸を製造する企業ですから、他社にはないインフラが整っていたわけです。

――1年で結果が出たのでしょうか。

高橋 出ましたね。水分が多い野菜はアミノ酸の含有量が同等のものもありますが、概ねそれ以上の分析結果です。実際の食味試験でも差が出ました。小売りにも良質な肥料で価値を生み出していることを確信してもらえると考えました。そこで、イオン九州(株)にこの話を持っていこうとしました。

――イオン九州はどなたかの紹介ですか?

高橋 いい出会いがありました。最初何をしていいかわからなかったので、とにかく、環境関係のメッセや展示会にはどんどん出展しました。また経産省の九州産業経済局が開催するビジネスプランの発表会でもアイデアを発表しました。

 一回の展示会で1~2%の確率でキーマンに会えます。ほぼ一人でやっていましたので、「一緒に事業開発しませんか」と訴えました。そこで、循環型事業につながる地元のキーマンに出会うことができました。イオングループへの野菜の卸業をしていたOBの方ですが、二人三脚でやり始めたのです。

――そのような高橋さんの動きに対して、九州事業所の反応はどうでしたか。

高橋 自分のミッションは、発酵副生バイオマスの供給をする。これでミッション完了かもしれません。にもかかわらず、当初、「イオン九州の野菜の産地開発をする部署を訪問してきました」と報告すると、「何をしているのだろう」という感じでした。ですから、一年で事業モデルを仕上げようと考えたのです。ミッションを超えた取り組みを理解してもらうために、スピードが必要だろうと感じたのです。

――それでは、現在の資源循環システムの事業モデルはどうやって出来上がったのでしょうか。

高橋 うま味の試験結果がわかりイオン九州に提案しようと考えた時、「それならば、その野菜はブランド化できるのではないか」という話になって、事業モデルがみえてきました。例えば、バイオマスによる野菜と当社のだしを同じ売り場に展示して消費者にアピールできるわけです。これは、関連商品を同じ売り場に展示する「クロスマーチャンダイジング」という手法ですが、売り場でも新しい売り方が望まれていましたから、ちょうどよかったわけです。

――確かに、効果的な販促ですね。「九州力作野菜」のブランド化によって味の素(株)の製品ともつながるわけですね。

高橋 「九州力作野菜」は、イオンのプライベートブランド(PB)である「トップバリュ」とのダブルブランドです。PBは、安心安全をうたって他店との差別化を図っていたわけですが、それに、さらに「美味しい」を加えて盛り上げたいと思いました。九州事業所だけではなく、家庭用製品などの販売を担当する味の素(株)九州支社にもビジネスモデル案を説明したところ、販売側も乗ってくれてイオン九州に提案してくれたのです。

 走りながらやっていましたが、結果的に製造と販売がリンクしました。2013年10月から「九州力作野菜」の販売が始まりました。イオン九州との連携が決まってから、半年でブランド化に行き着いたのです。

――大変なスピードをもって多くの利害関係者をつなげていったわけですね。佐賀市との官民連携も多様な組織を巻き込みながら実現させたのでしょうか。

高橋 「佐賀市バイオマス産業都市」プロジェクトは、「九州力作野菜」と、同時進行していました。それは、佐賀市の下水浄化センターの堆肥センターとの事業化です。下水処理した後に汚泥が発生します。堆肥センターではこの汚泥を堆肥化しています。そこには、リンを多く含みます。リンは、肥料の原料となり、貴重な資源なのです。ところが、日本はリンをほぼ100%輸入していたのです。

 そこで、発酵副生バイオマスを堆肥センターに供給しました。しかも、われわれの発酵副生バイオマスを加えると、1年間の実証試験で臭気が減ることもわかりましたし、発酵の力で地域の農家さんに良質の堆肥を大変安価で提供することもできるようになったのです。堆肥センターでは人気が高まり、在庫が出なくなったそうです。もちろん、発酵副生バイオマスもどんどん活用されることになって、また地域内で価値を共有することができました。

――汚泥の再処理は、全国的に生じている問題でもあり、その処理法に注目が集まったのではないでしょうか。

高橋 この発想は、食と下水道の連携事業として国交省が全国的に広げようとしています。「BISTRO(ビストロ)下水道」と称して、我々のプロジェクトもモデル事業として紹介されました。日本は発酵文化ですから、このモデルはやる気になればどの地域でも実現可能です。しかも発酵副生バイオマスを産出する企業は全国に数多くあります。

――不要なものが実は豊富な資源に変換することができる。それは技術力というよりは、日本文化である発酵が生きたということですね。

高橋 そうです。特に特許がとれる話でもなく、皆がコストダウンになって儲かる事業モデルです。投資も要りません。持続可能な事業ですから、補助金も不要です。

――佐賀市と事業化するきっかけは何かあったのでしょうか。

高橋 九州事業所に異動後、地域で「佐賀を勝手に活性する塾」をつくっていて、毎月地域活性化案を勝手に作って実際に提案に行っていました。そこで、ご当地グルメの「佐賀シシリアンライス」をなんとかできないかと考えました。佐賀シシリアンライスはたっぷりマヨネーズを使いますので、味の素(株)としても何か貢献できるのではないか、と思っていましたから。

 その案を具現化するために、佐賀市役所の観光課に提案に行ったところ、すぐにやろうということになったわけです。その活動をする団体は、「佐賀市はシシリアンdeどっとこむ」という名称ですが、佐賀シシリアンライスを盛り上げていく市民活動になりました。

 この活動に市から毎年助成金を頂戴していましたので、まちおこしイベントとして、4月4日のシ(4)シ(4)リアンライスの日に、「佐賀シシリアン王国」を設立しました。ちなみに、私は初代シシリアン・プリンスです。国王は佐賀市長です。メディアの反響はとても大きかったですね。ちなみに当日の朝日新聞デジタルのアクセスランキング1位になりました。

――これは業務ではなく、自主的な地域の活動ですか。

高橋 そうです。ただ、「佐賀シシリアン王国」では、味の素(株)のマヨネーズを推奨してもらっていまして、味の素(株)のサイトにも佐賀シシリアンライスの作り方が掲載されています。

 この活動は、観光協会や職員が大きく関わっていますから、彼らが佐賀市の農林業水産部長や佐賀市上下水道局のキーマンを紹介してくれましたので、佐賀市との肥料事業へとつながりました。

――地域の人々のつながりを生かして事業化することが得意ですね。

高橋 人が気付かないところに取り組むのが得意かなと思っています。しかし、発酵副生バイオマスの活用に取り組んで1年目は、わからないままがむしゃらに動き、むしろ混沌としていました。2年目には仮説をたてて、3年目に両方のプロジェクトがともに成果を出してくれました。

 これは事業開発でしたが、研究のプロセスと同じだったように思います。研究では、仮説をたて、期待される成果を想定して実験をするわけですから。しかも、この事業モデルには設備投資費が一切かからなかった。

 今や、佐賀市が味の素(株)と一緒になって、バイオガスの発電や肥料を作るエネルギー事業を模索する話に発展してきています。2014年6月に、共同研究を行う契約を締結しました。

 2014年11月10日には関係7府省(内閣府、総務省、文部科学省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、環境省)が共同で推進している「バイオマス産業都市」に佐賀市が選ばれました。バイオマスによる連携がさらに広がっています。

――目に見えて地域に変化が生じましたね。高橋さんのお話からも、企業が主導する社会的課題の解決手法や地域再生事業には多様な可能性があることがよくわかりました。

高橋 佐賀でやってきたことは、他の地域の農業活性にも、そして新興国でも展開可能だと思っています。味の素グループは、ASV(Ajinomoto Group Shared Value、事業を通じた社会的課題解決への貢献、社会・地域と共有する価値の創造)を推進している通り、私は食糧難に貢献可能な栄養事業に興味があるので是非やってみたいです。

 味の素グループは、人口増加による食糧難の時代に備えて、調味料事業から栄養事業の割合を増やしていっていいのでは、と勝手に思っています。10年はかかると思いますが、会社の理念にもぴったりだと考えています。

――これからの10年、まさに本記事の企画の2025年にむけて、それが実現することを期待しています。

服部篤子のコメント
 高橋さんは、地方の農業の活性に取り組み、企業の利益と社会の貢献の両輪を成り立たせました。そこには、地域の力と発酵という自然が生み出す力を用いたところに特徴があります。

 地域の多様な立場の人々が共に一つの目的に向かっていく、というのはそれほど容易なことではありません。多くの地域活性事例が紹介される中で、その事業モデルを自らの地域に応用することが容易でないのは、事業というものは人が介在し人が創るからでしょう。地域の首長のようなリーダーだけではなく、人々をつなぎ、組織間をまとめる地域を動かすキーマンが地域イノベーションには必要であることを、高橋さんは示していると思います。

 一般に、双方にメリットのある関係を「ウイン・ウイン」関係という言葉を使いますが、多くの関係者間で価値を共有することができると、「ウイン・ウイン・フォーオール」、つまり、皆に利益が得られる関係となります。

 高橋さんは、その関係を地域に創ることができました。肥料会社は付加価値の高い堆肥を生産者に提供することができ、生産者は安価で良質な肥料を用いて野菜や果物を作り、それらがイオンのブランドとなります。販売業者はプライベートブランドとして、顧客との新たなコミュニケーションをとることができます。

 もちろん、発酵による副生物は、地域に還元することができ、味の素も再資源化を一層進めることができました。そして、バイオマスによる資源循環のしくみは、佐賀市の政策目標とも合致するものであったのです。

 「多様な利害関係者をうまくつなぎ、価値を共有する土壌を作る」人材が、リバブリカンの一つの重要な要素ではないでしょうか。

 もっとも、当初は、高橋さんに与えられていた人的資源は限られていました。それを克服するために、高橋さんは、多くの地域で実施している行政による事業支援など、既にある仕組みなどを活用し、人々との出会いを活かしていったことも興味深い点です。

 高橋さんは、学生時代からアメフトのプレーヤーとして、また、佐賀では佐賀大学アメフト部のコーチや監督として活躍しています。アメフトは、プレーヤーがそれぞれに得意とするものがあり、役割があるといいます。頻繁に戦略の見直しを続けながらボールをつないでいくそうです。高橋さんがとった地域社会での人々のつなぎ方を聞いていると、まさに、アメフトの監督ならではの発想だったかもしれません。

 さらに、若手の高橋さんが、事業の成果を出し始めた時に見えてきたことは自らの企業の将来像に対するアイデアでした。巨大な企業の未来も地域創生という地域の土壌改革も、一つ一つの仮説を克服して成果を出す地道な作業の延長線にあるのかもしれません。

高橋裕典(たかはし・ゆうすけ)
1976年、広島県竹原市出身。東京工業大学生命理工学研究科修了、農業版経営管理士(佐賀大学)、中小企業診断士。味の素㈱九州事業所アグリ事業グループ(インタビュー当時)、現在は一橋大学大学院国際企業戦略研究科に留学中。趣味はアメフト(佐賀大学アメリカンフットボール部監督)とまちおこし(「佐賀市はシシリアンライスでどっとこむ」初代シシリアンプリンス)。好きな言葉は「向き不向きよりも前向き」。

筆者

服部篤子

服部篤子(はっとり・あつこ) DSIA常務理事

奈良県出身。大阪大学大学院国際公共政策研究科修士課程修了。2001年、CAC社会起業家研究ネットワーク設立。社会イノベーションの実践と研究、社会価値評価等に取り組んでいる。主な編著書に、『未来をつくる企業内イノベータ―たち』(近代セールス社)、『ソーシャル・イノベーション:営利と非営利を超えて』(日本経済評論社)など。