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湾岸王国が米国「イスラム国」空爆に参戦した背景

川上泰徳

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 「イスラム国」打倒を唱える米国がシリア領内のイスラム過激派組織「イスラム国」の拠点への空爆を始め、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、ヨルダン、バーレーン、カタールの5カ国が軍事行動に参加した。いずれも親米のアラブ諸国の王国または首長国である。

 オバマ大統領は国連演説で「この戦いは米国だけの戦いではない」として欧州やアラブ世界を巻き込んで国際的な包囲網をつくりながら、「死のネットワークの廃棄」に取り組むと強調する。米国は「イスラム国」の壊滅を最終目標とすることを掲げているが、軍事的に「イスラム国」を破壊しても、イスラム国を生み出した暴力の蔓延や民主化の挫折など、中東の政治的な問題を解決しなければ、新たな「イスラム国」の脅威を中東全体、さらに世界全体に拡散させることになりかねない。

◆市民の犠牲への懸念

 空爆に伴う最大の問題は民間人の巻き添えである。実際にシリアの反体制系人権団体の「人権侵害記録センター(VDC)」は24日に「『イスラム国』壊滅をめざす国際的な有志連合の攻撃によって多数の市民が犠牲になる深刻な恐れがある」と緊急のアピールを出した。その中で、23日の空爆によって死んだ3人の子供の名前と、そのうちの一人の男児の痛々しい写真を掲載した。

 報告書では、「これまで我々はシリア政権軍による攻撃で犠牲になった7万5千人以上の市民の名前を記録している。有志連合による空爆によって、市民がさらに甚大な犠牲を払うことになるという懸念がある」とする。その理由として、標的となっている「イスラム国」やヌスラ戦線は、住居地域に司令部を持ち、巡航ミサイルや空爆を行えば、市民が巻き添えになることを避けることはできない。さらに司令部は誘拐されたジャーナリストや援助活動家を含む数千人の監禁場所ともなっていると指摘する。

 同センターは「有志連合」に対して、「ジュネーブ条約などの国際人権法に基づいて市民が攻撃の標的になることを避けるよう警告する」とし、さらに国連安保理に対して、「持続可能な解決策を提案する」よう求めた。

 中東では米国によるイラク戦争での空爆や、イスラエルによるイスラム組織ハマスへの空爆など、空爆が繰り返されてきた。しかし、空爆だけでは体制はもちろん、組織でさえも壊滅させることはできない。空爆が始まれば標的となっている施設や建物は無人となり、効果的な攻撃とはなりえない。影響をうけるのは、その地域に住む住民だけである。さらに空爆対象には地元の住民さえ知らない秘密施設も含まれるが、その場合は、地域の住民は事前に避難しないので、市民の犠牲はさらに大きくなる。

 米国など有志連合の空爆による市民の犠牲は、欧米では過小評価されるかもしれないが、アラブ・イスラム世界では「同胞の犠牲」として、焦点があたるのは自然なことである。その結果、中東で「反欧米」感情が高まる。

 米欧や日本から見れば米国による「イスラム国」への空爆は、「テロ組織」への「正しい戦争」であって、イスラエルによるガザ攻撃とは全く異なるように見えるかもしれないが、イスラム世界からみれば、ほとんど同じ構図である。

 ハマスに支配されているガザがイスラエルの空爆を受け、2000人を越える死者がでた。死者のほとんどが市民であっても、米国は黙認した。オバマ大統領は、アサド政権による市民に対する未曾有の無差別攻撃に対しても、ロシアの動きなどを気にして逡巡して動かなかった。ところが、「イスラム国」となったとたん、かつてブッシュ大統領が名付けた「悪の枢軸」という言葉と通じるような「死のネットワーク」という言葉を掲げて、空爆に踏み切った。

◆「イスラム国」への支援広がる?

 「イスラム国」にとっては、この空爆によって米国と対抗するという構図ができ、中東・イスラム世界で幅広い支援をえる機会となるだろう。

 「イスラム国」に対してイスラム過激派が合流する動きは、6月にシーア派に押さえられていたイラク北部のモスルを制圧して以来始まっている。アブバクル・バグダディ師を政教一致の指導者「カリフ」に指名し、「カリフ制」の樹立を宣言した。「アラビア半島のアルカイダ」や「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」など各地のアルカイダ系組織やその幹部がアルカイダから次々と「イスラム国」支持を表明する動きが出た。

 過激派サイトなどによると、「マグレブ諸国のアルカイダ」から離れた「血盟団」が真っ先に「イスラム国」への忠誠を誓ったという。血盟団は、昨年1月にはアルジェリア南部のイナメナスにあるガス施設を占拠して、日本人ら外国人多数が犠牲になった人質事件を起こした組織である。さらにソマリアでアルカイダ系とされてきた「シャバブ」も「イスラム国」支持という。

 オバマ大統領による反「イスラム国」有志連合の形成に対抗して、過激派が雪崩をうって「イスラム国」支援に流れることになろう。

 2001年秋のアフガニスタン戦争でアルカイダの拠点があったカンダハルが陥落した後、アルカイダのメンバーは、散り散りになった。その後はアルカイダには中央指導部はなく、世界各地で「アルカイダ」を模倣する組織にお墨付きを与える象徴的な存在となったというのが、大方の見方である。

 アラビア半島やイラク、シリア、シナイ半島、ソマリア、北アフリカなどにアルカイダ系組織があり、それぞれ別々に動いていた。しかし、米国による空爆は、ばらばらのアルカイダ系組織が「イスラム国」を核として再編する動きを促すことになりかねない。

 「イスラム国」による6月のモスル制圧は、イスラム教徒の9割を占めるスンニ派では、シーア派主導の前マリキ政権による「圧政からの解放」と受け止められている。

 私が当時、イラクのスンニ派関係者に取材したところ、スンニ派は民主化運動「アラブの春」の流れのなかで、マリキ政権に対して平和的に民主化を要求をしてきたが、治安部隊による市民のデモに対する銃撃が繰り返されたため、武装した部族が前面にでる武装闘争となったという。この武装闘争のなかで、「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」との連携が生まれ、モスル陥落へと進んでいった。

◆「アラブの春」に過激派の参戦

 強権に対する市民の平和的なデモが、政権側の武力行使によって、武装闘争となるのは、リビアやシリアなどでも起こったことである。平和的なデモは、イスラム教の金曜日の集団礼拝の後、そのままデモなって通りに繰り出すという流れだった。秘密警察がにらみを利かす強権体制で、平和的なデモを組織したメンバーの中には、各地の穏健派イスラム組織の「ムスリム同胞団」も含まれていた。チュニジアでもリビアでも、シリアでもムスリム同胞団は国内に秘密組織を持ち、英国などに在外組織を持って、社会活動をしていた。

 リビア内戦後に、同国のムスリム同胞団幹部に取材をした時に、「デモが治安部隊の銃撃を受けたことで、武装闘争に切り替えるしかないという結論になった。しかし、同胞団には武闘経験がなかったので、戦闘的イスラム運動という武装組織に連絡をとって協力を求めた」と語った。ここでイスラム過激派が「アラブの春」に参入する。ここでいうイスラム過激派の多くは、長い間、アフガンやイラクに行って、アルカイダなどと関わりつつ、そこで戦闘訓練を受けた者たちである。

 リビア内戦ではNATOが空爆による武力介入をしたが、カダフィ部隊と前線で戦った反体制勢力の中に長いあごひげを蓄えた男たちの姿が目立った。長いあごひげは「サラフィー」と呼ばれるイスラム厳格派の特徴である。内戦後のリビアで、「アンサール・シャリア(イスラム法の追従者たち)」とよばれるアルカイダ系組織が強い影響力を持つのも、抗争を繰り返す民兵組織の中にイスラム系が強いのも、内戦を実際に担ったのが、イスラム系だったということを表している。

 リビアやチュニジアの「アンサール・シャリア」はシリア内戦にも大挙して参加している、とされる。参戦先は自由シリア軍ではなく、アルカイダ系のヌスラ前線や「イスラム国」である。一方、自由シリア軍ともつながる反体制組織の中の主力は、亡命先の英国などを通じて欧米ともつながるシリアのムスリム同胞団である。反体制組織には、ムスリム同胞団と「イスラム国」の二つがあるが、今年1月にスイスで開かれたアサド政権と反体制組織の間のジュネーブ和平協議が成果なく終わったことで、その後の「イスラム国」の拡大につながった。

◆ムスリム同胞団とサラフィー勢力

 「アラブの春」でチュニジアやエジプトで強権体制が倒れた後、政治を担ったのは、民衆に根をはった組織力のあるムスリム同胞団系だった。その陰で、「イスラム法の実施」を求め、黒旗を掲げるイスラム厳格派「サラフィー」も台頭した。同胞団は、「社会の利益」を優先するイスラムを実践しようとするが、サラフィー派はイスラムのコーランに書かれていることを文字通り、厳格無条件に実施することを重視する。サラフィー勢力は、同胞団を「日和見的」とか「御都合主義」として批判してきたのである。

 サラフィーには純粋にイスラムに従った生活を実践しようとする厳格で敬虔なイスラム教徒の顔と、イスラムに反するものに対しては実力行使も必要と考える過激派の顔の両面がある。9・11米同時多発テロの実行犯19人のうち15人がサウジ人と言われているが、親米王国の国内ではイスラム法が実践され、敬虔に生きているサウジアラビア人が、ひとたび「反米ジハード(聖戦)」を掲げて外にでれば、アルカイダを担う反米過激派になるという両面と符合する。

 「イスラム国」は6月にカリフ制国家の樹立を宣言したことで、かつてのビンラディンの遺志を受け継ぐ存在として、自分たちを打ち出すことになった。米国による空爆は、「イスラム国」を利するものになりかねあい。空爆だけでは「イスラム国」を壊滅させることは難しく、オバマ大統領も言っているように、長い戦争になる。「イスラム国」のネットワークはイラクとシリアに限定されているわけではなく、中東全域からアフリカに広がっており、「反米ジハード」を参入する若者たちが、「イスラム国」救援に駆けつけることになる。さらに、それぞれの地で「反米欧」暴力が噴き出すことになるだろう。暴力は、新たな暴力を呼び、暴力の連鎖を引き起こすことは、中東では決して外れることはない法則である。

 「イスラム国」という存在自体が、シリア内戦でのアサド政権による未曾有の暴力の帰結である。そのアサド政権を抑える国際的な枠組みをつくらないまま、新たな暴力として「イスラム国」を空爆している。もし、有志連合による空爆が効果を上げたとして、「イスラム国」に集まっている若者たちが出国することになれば、暴力は中東と世界に拡散することになる。

 過激派の集中と拡散は、中東で繰り返されてきた。80年代のアフガン戦争では「対ソ連聖戦(ジハード)」のためにアラブ・イスラム世界から若者たちが集まったが、ソ連軍が撤退すると、若者たちはそれぞれ母国に帰り、エジプトやアルジェリアなどでは反体制過激派となって90年代前半に激しい武装闘争が続いた。

 一方で、9・11米事件の後、米国のアフガニスタン戦争でカンダハルが陥落すると、集まっていた若者たちは母国に戻った。イラク戦争の直後には、サウジで初めて外国人が住む塀に囲まれた居住地区を狙った大規模な自爆テロがあった。私は自爆テロの現場となったサウジの首都リヤドにある居住地区に入ったが、その中はプールがあり、外とは別世界だった。

 サウジ人の宗教問題専門のジャーナリストは、テロの背景について、ブッシュ元大統領による世界規模の「対テロ戦争」とアフガン戦争によって、外国に出ていたサウジ人の過激派が国内に戻ってきて、国内で「反イスラムに対する聖戦(ジハード)をした結果だ」と答えた。

◆湾岸王国の国内問題としての「イスラム国」

 今回、米軍の空爆に参加したアラブ諸国が、サウジアラビアを筆頭にすべてアラブ世界の絶対君主国であることに注目しなければならない。それらの王国・首長国が反「イスラム国」有志連合に率先して参加するのは、「イスラム国」の問題が、シリアやイラクの問題ではなく、それぞれの王国の国内問題でもあるということを示している。つまり、イラク戦争からシリア内戦を通じて、「イスラム国」に参戦し、財政的にも支援してきたのが、それらの国々の民衆であり、イスラム組織である。

 湾岸の絶対君主国家には、いまなお言論や政治の自由はなく、民主化も不十分である。一方で、チュニジア、リビア、エジプトで噴き出した人口の平均年齢が20代という「若者革命」の土壌は同じである。インターネットを通じて「外の世界」を知る若者たちが人口の過半数を占め、アラブ的な長老支配や古い体質の社会のあり方に不満を募らせている。一方で「イスラム国」はツイッターやフェイスブック、YouTubeを積極的に使い、若者たちをリクルートし、支持を広めている。

 湾岸のアラブの君主国家が若者たちの不満を受け止めるためには、社会改革を実施することは避けられない。「民衆革命」の後の民主選挙で勝利したムスリム同胞団は、背広姿でネクタイを締め、選挙参加や社会運動、女性の社会参加や貧困対策、経済振興など「イスラム的な近代」をめざす組織だった。同胞団が進めようとしたイスラム的な民主化は、一つの解決策であった。

◆ムスリム同胞団政権の排除

 ところが、サウジアラビアやアラブ首長国連邦などの支援を受けたエジプト軍が、同胞団主導のムルシ政権を排除するクーデターを起こした。軍主導体制と、アラブ絶対君主国は「アラブの春」で始まった民主化の動きを止めることで利害が一致したわけだ。同胞団が押さえ込まれる状況で、表に出てきたのが、「戦闘的な厳格派(サラフィー)」である「イスラム国」ということになる。

 「イスラム国」に体現されている「戦闘的なサラフィー」は、サウジアラビアなど湾岸の絶対君主国の足下から出てきている。ムスリム同胞団というイスラム的な民主化を探る安全弁を排除したことで、サウジなどは自ら「イスラム国」の脅威に向き会わざるをえなくなったことになる。

 アラブの湾岸の王国・首長国が、米国の軍事行動に参戦するという選択は、サラフィー派だけでなく、大多数のイスラム教徒の支持を得ることは難しい。先週のこの欄で、「オバマ大統領の「イスラム国」への宣戦布告の危うさ」として、2012年にカイロのタハリール広場を埋めたサラフィー派の大規模集会の写真を掲載したが、中東での「サラフィー派」の台頭と、「イスラム国」に対する民衆の支持を過小評価することはできない。

 それでも、アラブ王国が米国とともに「イスラム国」攻撃に動かざるをえなかったことは、アラブ世界で強権が倒れた後の混乱が、いずれは「アラブの春」を免れた湾岸アラブ諸国にも波及しかねないという危機を予測させるものである。

 ※記事初出: 2014/9/25 中東マガジン(朝日新聞社)


筆者

川上泰徳

川上泰徳(かわかみ・やすのり) 中東ジャーナリスト

長崎県生まれ。1981年、朝日新聞入社。学芸部を経て、エルサレム支局長、中東アフリカ総局長、編集委員、論説委員、機動特派員などを歴任。2014年秋、2度目の中東アフリカ総局長を終え、2015年1月に退職し、フリーのジャーナリストに。元Asahi中東マガジン編集人。2002年、中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『イラク零年――朝日新聞特派員の報告』(朝日新聞社)、『現地発 エジプト革命――中東民主化のゆくえ』(岩波ブックレット)、『イスラムを生きる人びと――伝統と「革命」のあいだで』(岩波書店)、『中東の現場を歩く――激動20年の取材のディテール』(合同出版)、最新刊に『「イスラム国」はテロの元凶ではない――グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)。

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