メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

旅券返納命令への異議(下)

日本のジャーナリストが中東を取材する意味

川上泰徳

 ジャーナリストの後藤健二さんが「イスラム国」によって殺害されたとき、オバマ大統領は声明を出し、「後藤さんは勇敢にもリポートを通じてシリアの人々の苦境を外の世界に伝えようとした」とたたえた。

 それに対して、自民党の高村正彦副総裁は「後藤さんが3度にわたる日本政府の警告にもかかわらずテロリストの支配地域に入ったことは、どんなに使命感があったとしても、蛮勇というべきものだ」と語った。

シリア・アレッポで2014年、取材中に子どもたちに囲まれる後藤健二さん=サミ・マシャールさん撮影、ムハンマド・マフムードさん提供拡大2014年、シリアのアレッポで取材中に子どもたちに囲まれる後藤健二さん=サミ・マシャールさん撮影、ムハンマド・マフムードさん提供
 この日米の違いはどこからくるのだろうか。

 米国人ジャーナリストで2014年8月に「イスラム国」に殺害されたジェームズ・フォーリー氏については、米国では同氏の勇気をたたえる論調ばかりで、「蛮勇」というような批判的なとらえ方はない。

 米国で優れたジャーナリストに与えられるメダルが、フォーリー氏を顕彰するために「勇敢なジェームズ・フォーリーメダル」と改名されたというニュースもあった。

 米国政府は「イスラム国」の対テロ戦争の先頭に立ち、「イスラム国」の身代金要求には決して応じないと明言している。それに対して、フォーリー氏の両親は「政府は息子の救出を最重要とは考えなかった」とオバマ大統領を批判した。

 両親がそのような政府批判を口にできるのも、危険地に向かうジャーナリストは国民の利益のために働いているという認識が、米国社会にあるためだろう。

後藤健二さんの死を教訓として

 一方で、後藤さんが日本で「蛮勇」とみなされるのは、外務省の警告を無視して危険地に入ったということだが、外務省の警告は、シリアに「退避勧告」を出しているということからくる。

 シリアに入ろうとしたカメラマンの杉本祐一さんに旅券を返納させたのも、朝日新聞の記者がクルド人部隊の支配地域となったコバニに入ったことも、アサド政権支配地のアレッポに入ったことに外務省幹部が「きわめて危険」と懸念を表明したとされるのも、やはり「退避勧告」を出しているという根拠である。

 しかし、いま中東で外務省が「退避勧告」を出している国は、シリアやイエメン、リビアの全土と、イラクの大半の地域であり、その警告にしたがうならば、いまの中東のほとんどの紛争地に日本人のジャーナリストは立ち入ることができなくなる。

 この原稿の(上)で書いたように、ジャーナリストの仕事にとっての前提は「安全」である。

 危険地であっても目的地まで安全に連れて行ってくれる案内人や組織を見つけて、取材をして、戻ってきて、国民に向けて情報を発信することが仕事だからである。

 後藤さんが「イスラム国」で殺害された後、私はフリーランスのジャーナリストの集まりに参加したが、ジャーナリストの間では、「危険地に入って、殺害されたということは、プロフェッショナルとしては、どこかに判断ミスがあったということだ。それが何かは、検証する必要がある」という意見が出た。

 さらに「日本人のジャーナリストが紛争地取材の体験を集めて、危険を避けるノウハウを集めて、蓄積しなければならない」という声もあった。

 紛争地取材の経験も豊富だった後藤さんの死に対するジャーナリストの反応は、情緒的なものではなく、彼の死を教訓としてどのように対応策をとるかという現実的なものである。それは、ジャーナリストの職業意識からくるものである。

 東京で「なぜ、ジャーナリストは戦場に向かうのか」というシンポジウムを主催した山本美香記念財団代表でジャーナリストの佐藤和孝氏は「ジャーナリストは消防士や警官と同じように仕事です。危険もあり、殉職もある。後藤さんは殉職だと思っている」と発言した。

 米国に本部を置くジャーナリスト保護委員会(CJP)によると、2014年に殺害されたジャーナリストは61人で、最も多かったのはシリアの17人であり、そこにフォーリー氏も含まれている。

 消防士の職場も危険な場所であるが、殉職した場合に決して「蛮勇」とは言われないはずだ。中東の紛争地で命を落としたジャーナリストに「蛮勇」と言われるのは、日本ではジャーナリストの仕事が、国民の利益に奉仕しているという理解が低いためだろう。

中東から世界が見える

 日本人ジャーナリストが外国に出かけて行って活動することに対する国民の理解の低さは、国際感覚の低さである。

 紛争地は中東だけでなく、世界中にあるが、どのような紛争であれ、周辺地域にさまざまな影響を与え、時には日本や日本人が巻き込まれる事態にもなりかねない。紛争への対応は、国連安全保障理事会にとっての最重要の課題である。

 私は、紛争が常に噴き出す中東は「世界の事件現場」だと考えている。

 ジャーナリストが中東を取材するのは、 ・・・続きを読む
(残り:約1845文字/本文:約3812文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
デモクラシーやJournalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

川上泰徳

川上泰徳(かわかみ・やすのり) 中東ジャーナリスト

長崎県生まれ。1981年、朝日新聞入社。学芸部を経て、エルサレム支局長、中東アフリカ総局長、編集委員、論説委員、機動特派員などを歴任。2014年秋、2度目の中東アフリカ総局長を終え、2015年1月に退職し、フリーのジャーナリストに。元Asahi中東マガジン編集人。2002年、中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『イラク零年――朝日新聞特派員の報告』(朝日新聞社)、『現地発 エジプト革命――中東民主化のゆくえ』(岩波ブックレット)、『イスラムを生きる人びと――伝統と「革命」のあいだで』(岩波書店)、『中東の現場を歩く――激動20年の取材のディテール』(合同出版)、最新刊に『「イスラム国」はテロの元凶ではない――グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)。

川上泰徳の新着記事

もっと見る