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邦人救出に必要なのは「勇ましさ」ではない

法律を変えるだけでは非現実

谷田邦一 朝日新聞専門記者(防衛問題担当)

 海外で危機に陥った自国民を救い出すのは国家の義務である――。多くの人々がそう信じたいと思っている。

 しかしどんな列強国であっても、主権が及ばない他国で自国民の生命や財産を守るのは容易なことではない。安倍晋三首相は今国会で「受け入れ国の了承があれば輸送はできるが、救出はできない。救出も可能にする議論を行っていきたい」(2月2日、参院予算委員会)と表明した。果たして現実味がある議論なのか。

 過激派組織「イスラム国」(IS)による人質事件をきっかけに、国内では海外での邦人保護をめぐる議論が盛り上がっている。

 ただ、ひとくちに邦人保護といっても、おかれた状況によってその態様は千差万別だ。問題に詳しい政府関係者によれば、救出する立場からすると「邦人の避難」と「邦人の救出」の2つに分けて考えた方がいいという。必要な権限や取るべき対応策が、両者では大きく異なるからだ。

海外での「輸送訓練」で、現地を離脱する想定の在外邦人を護衛する武装した陸上自衛隊員たち=15日、タイ中部・ウタパオ海軍航空基地拡大陸上自衛隊が実施した在外邦人の輸送訓練=2015年2月15日、タイのウタパオ海軍航空基地
 「邦人の避難」は、戦争や内戦、災害などによって現地の国内治安が悪くなり、邦人に危害が及ぶ恐れがあるものの、その国の治安機関(軍隊や警察など)によって邦人の安全が一定程度確保できる状態をさす。

 その場合、日本政府としては外務省が中心になり、相手国の同意のもとに互いに協力し合って邦人を安全に避難させることになる。

 日本のこれまでの法整備や態勢作りは、もっぱらこちらを想定したものだった。

 たとえば朝鮮半島で南北の軍事衝突の緊張が高まったような時に、在留邦人を航空機や船舶で本国に帰還させるケースなどがこれにあたる。

 かつてカンボジア(1997年)やインドネシア(98年)で政争や暴動が起きた時に、日本政府はチャーター機を飛ばしたり他国政府に邦人保護を依頼したりした。

 自衛隊による輸送活動も過去2回行われている(2004年に報道関係者をイラクからクウェートに自衛隊機のC130輸送機で輸送、13年にアルジェリア邦人襲撃事件で被害者や遺体を自衛隊機の政府専用機で輸送)。

 一方、「邦人の救出」は、「邦人の避難」に比べ難易度が格段に高い。

 これは、何らかの理由で相手国の同意が取り付けられない場合や、相手国の治安機関の能力では邦人の安全確保が難しい場合などにとる措置をいう。戦乱で相手国に治安機能がなくなったり、人質を奪還したりするようなケースがそれにあたる。

 日本では過去に事例はないが、もし政府が主権を行使して邦人保護にあたると決断すれば、自衛隊を投入した大がかりな作戦を展開することになるだろう。

 首相の指揮のもとに外務省と防衛省が動くことになるが、現行法に法的な裏付けはなく、新たな立法措置が必要になる。日本には過去に相手国の同意を得ることなく邦人保護を名目に軍隊を派遣した苦い経験(1927年の山東出兵、32年の上海事変)があるだけに、大きな論争になるのは間違いない。

 このケースでは、欧米などが当事国になった有名な事例がいくつかある。

 たとえば、ウガンダ・エンテベ空港でイスラエル軍の特殊部隊がハイジャック機から自国の人質を奪還(76年)したり、旧西ドイツの特殊部隊がソマリア・モガディシュ空港に送り込まれ、乗客らを救出(77年)したりした。

 1980年のイラン革命でテヘランの米大使館が占拠された際、米政府は大がかりな米軍特殊部隊を送り込んで大使館員ら52人を救出した。ところが救出ヘリが墜落するなどして作戦は失敗に終わった。

 では、自衛隊を使った海外での邦人保護は今、どこまで可能とされているのか整理してみよう。

 自衛隊に任務が与えられたのは94年のことだ。自衛隊法84条が法的根拠で、「現地の安全が確保されていること」が前提条件とされている。

 このため武器の使用は当初、隊員自身の防護のための必要最小限度に制約され、使える輸送手段も自衛隊の航空機と船舶だけだった。事実上、敵対勢力との銃撃戦などが想定される危険な場所への派遣はできなかった。

 ところが2013年、アルジェリアで日系の石油プラントが武装集団に襲撃され日本人10人が犠牲となった事件をきっかけに、見直しの機運が高まりだした。

 自衛隊法が改正され、自衛隊員が車両を使って邦人の陸上輸送を行うことが可能になった。武器使用はまだ抑制的にしか認められないが、隊員だけでなくその管理下にある関係者の防護にまで拡大された。ただし、現地の安全が確保されていることが法的な前提であることは今も変わりはない。

邦人保護に武力は使えるか

 なぜ自衛隊は、欧米などと同じように軍事力を使って自国民を救出できないのか。 ・・・続きを読む
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筆者

谷田邦一

谷田邦一(たにだ・くにいち) 朝日新聞専門記者(防衛問題担当)

1959年生まれ。1990年、朝日新聞社入社。社会部、那覇支局、論説委員、編集委員、長崎総局長などを経て2013年4月から社会部専門記者(防衛問題担当)。主要国の防衛政策から最新兵器、軍用技術まで軍事全般に関心がある。防衛大学校と防衛研究所で習得した専門知識が、現実の紛争地でどのくらい役立つのか検証取材するのが夢。

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