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[3]人々の命と暮らしを守る真の安全保障とは

戦後70年で築いた財産を失いつつある日本の岐路

熊岡路矢 日本国際ボランティアセンター顧問

 ―― 安部政権は日本の外交安全保障政策の根幹の部分を変えようとしているにもかかわらず、今日の国際社会における安全保障、紛争の抑止や平和構築などに向けた大きなフレームワークの議論がなされないまま、法改正の動きが進んでいます。70年間、平和憲法を維持し、紛争による自衛隊員の死者を出していない日本という国全体の在り方や国民の志向性などを一度きちんと踏み固める必要があるのではないでしょうか。その辺りについて、難民支援や紛争地の一線にいらっしゃったご経験を踏まえ、どうお考えですか。

拡大民主党の岡田克也代表の質問に答える安倍晋三首相=2015年5月20日午後3時10分、飯塚晋一撮影

 安保法制に関わる報道や、国会での議論を注視しています。内容の問題とは別に、二つのことが気になりました。

 一つは、新たな恒久法案を除く10本の改正法案を一括して、「平和安全法制整備法」との名称で15日に国会に提出し、11本の法律を2本にまとめて審議するやり方です。80数時間で衆議院通過を目指すというのが、与党の方針です。1本ずつに意味と議論すべき問題点がある訳ですから、もっと丁寧な説明と議論の仕方、時間が必要だと思いました。

青年層を議論の外に残すな

 現在、提出側の与党議員、論議する野党議員ふくめ、全体像をしっかり理解した議員さんの数は限られているようです。またこれと関連して、テレビでの市民インタビューや、アンケート調査を見ると、支持する20数%、支持しない30%前後のほか、「答えない」を別にして、「よく分からない」が35~40%近くありました。一気呵成に国会での議論が進めば、「よく分からない」人々が益々とり残されるでしょう。とりわけ、将来、この法案の成り行きの影響を受ける青年層を、議論の外に残したまま、議事を速度優先で進めるべきではありません。

 1980年から35年間にわたりNGOの活動に関わってきて、政府・政府機関と市民団体との関係ふくめ、日本もずいぶん変わったとは思いますが、その本質のところで変わらぬところがあるようです。企業活動でもCSRの考え方が浸透してきているとは思いますが、基本のマインドが、まだまだ狭い意味での利益第一、数字第一と感ずることも多いです。「欧米に追い付き、追い越せ」から、「ジャパン・アズ・No.1」そして、「BRICSなどの新興経済国に追い付かれ、追い越される」という現在、やむを得ないのかも知れませんが、国際社会において経済と技術で勝負するという日本の基本は変わらないように見えます。

 若い世代やその世代の経営者では、「社会的起業・企業」の発想と動きが、広がりつつありますが、企業の社会的責任、社会貢献と言っても、数字が下がれば、うやむやの形でその看板が下ろされてしまうこともあり、「着け刃の感」が否めません。日本が世界のリーダーを自認するなら、ODA,国際協力の事例にもあるように、GNIや全体予算の一定割合を、直接には日本に還元しない、紛争解決、貧困問題、環境破壊、人権侵害などの問題に充てていくことが大事です。経済セクター、企業では、利益のうちの一部を、社会還元、社会貢献に、ということも大切ですが、それ以前の、原材料確保、生産―流通―販売の企業活動の基本部分で、環境への配慮・実行、労働者の人権・安全への配慮、消費者の健康への留意など、経済活動の本丸で役立つべきことが非常に多いという点も強調しておきたいです。

拡大熊岡路矢氏

 私たち日本人の場合、普通の暮らしをしていてそれほど豊かと実感していない人であっても、世界全体から見れば、その経済力は世界の人口の上から1~2割に入っています。他方、ここ、5~10年日本においても、「おにぎり一つ食べられずに餓死した、初老の男性あるいは母子」のニュースが流れショックを受けました。とはいえ、全体として見れば十分食べていける国です。そこでの議論というのは、上記の日本国内の貧困問題に関しても、世界の問題に関しても、もっと理想的、理念的な議論が本来できるのではないでしょうか。日々の生活を大事にしながら、憲法9条が提起する平和の課題、憲法25条が提起する、生活権の課題を国内と国外に広げていく、これからの50年、100年を展望するような議論をしてもいいはすです。

 ――なかなかそのような議論が社会全体に行き渡っているとは思えません。

 そうですね。もちろんそういう学者さんもおられると思いますが、理念的で哲学的、観念的な議論に終わりがちで、しっかりした議論が一般市民まで、あるいは一般の議員さんまで行き渡らないきらいがあります。

ビジネス離れた発想も必要

 2001年にロンドンで大きな日英友好の集いがあり、同時に英国外務省とBOND(英国のNGO協議会)が主催する日英NGO会議に招かれたことがあります。その会場には英国の歴史ある外務省の会議室があてられていて、改めて、双方のNGOの違い、またNGOを生み出す社会の違いを実感しました。全体の経済力や国家予算は、日本の方が大きいのですが、英国の外交力、国際社会力の基盤とも言える同国のNGOの存在感と底力を見た気がしました。その歴史も長いのですが、そればかりではなく、各家庭の週給ごとのNGOへの寄付、政府や企業との緊張感ある対話や協力で成り立っている一端が窺えました。

 英国のNGO、セーフ・ザ・チルドレンは、第一次世界大戦後に、エグランタイン・ジェブさんと妹のドロシーさんが創設したNGOで、飢えに苦しむ、当時の「敵国」ドイツなどの子どもたちへの食糧・医療救援を行いました。敵国への支援には、英国内からの反対もありましたが、人道的な立場から断行しました。また現在の「子どもの権利憲章」につながる草案も作成したそうです。

 日英NGO会議終了後の懇親会は、在英国、日本大使館の奥克彦参事官(この2年後の2003年11月290日、イラクで殺害されました)らが開催してくれました。その場で、日本の大手企業の会長さんと雑談する機会があったのですが、日本と国交のなかった1980年代のカンボジアで人道支援・復興協力に携わった経験をお話すると、「日本、あるいは日本政府と関係の悪い国などに支援をする意味はあるのか」と言われ、寄付を求められるかと危惧したのか、「日本の企業は、1円稼ぐのも必死で大変なんだ」という防衛的な話を聞かされてしまいました。それまでの一生を経済活動に賭けてきたのだとは思いますが、もう少しビジネスを離れた発想をもっていただきたいと思いました。

 他方、この全体会合の主催者、クリストファー・パーヴィスさんは、英国財界のリーダーの一人で、英国NGOの支援者であるばかりでなく、ヘンデル・ハウス(記念館)の館長として、文化面での活動推進者であり、日本での「(ヘンデル)メサイア・コンサート」にも支援してくれました。夫人のフィリダさんは、在日本、英国大使館での勤務を経て、「リンクス・ジャパン」というNGOの活動を展開しています。無論、英国にも、利益一筋の経営者も沢山いるでしょうし、ブラックな企業もあるでしょう。しかし80年代からのカンボジア支援で、OXFAMなど英国NGOと交流・協力した経験から見て、英国社会が公益やら地球益を考える土壌は豊だとと感じます。歴史や文化が異なるので、特にうらやむ気もありませんが、80年代以降かなりの発展を遂げたとは言え、日本のNGOと取りまく壁はまだまだ厚いですね。

 日本国内の話に戻りますが、冷戦構造が崩壊する前の1970~80年代くらいまでは、与党と野党の対立軸がありました。リベラル左派と言われる勢力も一定の影響力をもっていましたが、今は様変わりです。総与党化というような勢いのなか、ヘイトスピーチなどのグループには、 ・・・続きを読む
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筆者

熊岡路矢

熊岡路矢(くまおか・みちや) 日本国際ボランティアセンター顧問

日本国際ボランティアセンター(JVC)顧問、前代表理事。日本映画大学教授。法務省難民審査参与員。1947年東京生まれ。東京外国語大学中退。80年のタイでのJVC創設に関わりカンボジア/インドシナ難民救援活動に参加。その後、イラク、パレスチナ、南アフリカ、エチオピアふくめ20を超す国・地域で人道支援活動に従事。外務省「国際開発協力」有識者会議委員、UNHCR駐日事務所アドバイザーなども歴任。著書に「戦争の現場で考えた空爆、占領、難民: カンボジア、ベトナムからイラクまで」(彩流社)、「カンボジア最前線」(岩波書店)、共著「NGOの選択」(めこん)など。