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安倍首相「戦後70年談話」の文言を分析する

外国の人々の犠牲と正面から向かい合っているのか

木村草太 首都大学東京教授(憲法学)

 2015年8月14日、安倍首相の戦後70年談話が発表された。これをどう評価すべきなのか。

 報道各社がそれぞれに論じているので、全体的な印象についてコメントするのは差し控える。私は、あえて、焦点を絞って、文言の分析を試みたい。

 今回取り上げたいのは、以下の部分である(分析の都合上、段落番号を付加した)。

 (1)先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。
 (2)戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。
 (3)何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。
 (4)これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

原稿が投影されるプロンプター(右)を見ながら、戦後70年の談話を発表する安倍晋三首相=20150814拡大原稿が投影されるプロンプターを見ながら、戦後70年の談話を発表する安倍晋三首相=2015年8月14日
 中学や高校でそれなりにまじめに歴史を勉強し、日本の侵略戦争の歴史を反省すべきだと考えている日本人が、この部分を演説として聞いた場合、何をイメージするだろうか。

 おそらく、以下のようなイメージではないだろうか。

 (1)戦争によって日本人の犠牲者がたくさん出たこと
 (2)外国の人々が戦争によって犠牲になったこと
 (3)日本の侵略戦争により、日本や外国の人々が犠牲になったことへの断腸の念
 (4)日本は、戦争による犠牲の上に、平和を享受している

 もし、このイメージどおりの発言であるなら、70年談話は、「日本は侵略の過去をアジア諸国に謝罪すべきだ」と考える人々から見て、さほど批判対象とすべきではない。むしろ、「あの戦争は、欧米の植民地支配からアジアの独立を守るために必要だったのであり、謝罪は不要だ」と考える人々にとって、とても受け入れがたいものだろう。

入念に選ばれた言葉

 しかし、そのイメージは、談話の文言を厳密に分析することで得られる内容と、本当に一致しているだろうか。 ・・・続きを読む
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筆者

木村草太

木村草太(きむら・そうた) 首都大学東京教授(憲法学)

1980年生まれ。東京大学法学部卒業後、同大学助手、首都大学東京准教授を経て現職。専門は憲法学。著書に『平等なき平等条項論』(東京大学出版会)、『憲法の急所』(羽鳥書店)、『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書)、『憲法の創造力』(NHK新書)、『テレビが伝えない憲法の話』(PHP新書)、最新刊に『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』(晶文社)、共著に『未完の憲法』(潮出版社)、『憲法の条件――戦後70年から考える』(NHK出版新書)、『検証・安保法案――どこが憲法違反か』(有斐閣)など。趣味は音楽鑑賞と将棋観戦。棋譜並べの際には、菱湖書・竹風作の彫埋駒を使用。

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