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[6]2025年のリーダー像を探る――楢崎達也

林業再生にイノベーションは起こせるのか?

服部篤子 DSIA常務理事

 林業が停滞しているといわれて久しくなります。これに対して、近年、国産材の活用や林業の活性に向けた支援策が講じられています。しかし、現場では依然目立った進展が見られません。その解決手法はあるのでしょうか。そして、解決の担い手として誰に期待することができるのでしょうか。
 その中で、民間企業の新たな挑戦に注目しました。住友林業山林部の楢崎達也さん(42歳)は、奈良県十津川村等で、林業資源を活かすためのコンサルテーション事業を始めています。2015年4月末には、林野庁長官ら一行が十津川村を訪れ、企業との協働の様子を視察しました。
 現在、楢崎さんは、研究機関や地元開発メーカーと共に、林業従事者の歩行を支援する「林業用アシストスーツ」の開発と実証実験を進めるなど、林業の新たなステージを模索しています。

 そもそも、「国内林業が活性しない問題は何に起因しているのか」、そして「どのように林業業界を変えようとしているのか」に関して、事業を進めていく上で見えてきた道筋や課題についてお聞きしました。(聞き手=服部篤子)

カナダの大学で林業を体系的に学ぶ

――国土の67%を森林面積が占める日本において、林業再生は、地域創生のカギを握ると考えられます。その林業再生に向けて、新たな取り組みを進めていると聞きました。まず、楢崎さんの林業との関わりを教えてください。

『森林から持続的に経済を発生させる!』という自身が目指す社会のフリップをもつ楢崎達也さん「森林から持続的に経済を発生させる!」という自身が目指す社会のフリップをもつ楢崎達也さん
楢崎達也 高校を卒業してカナダの大学に進学し、森林、林業に関わる工業を学ぶ森林工学部に入りました。18歳から合計6年いたことになります。

 その後、銀行系シンクタンクを経て住友林業に入社して5年目になります。

 製材工場の設計、林業の啓発・PR、森林組合支援など林業に関することならなんでも対応する、という姿勢で仕事をしてきました。

――森林工学部というのは日本ではなじみのない学部ですが、どうしてカナダでその学部を選んだのですか。

楢崎 実家が造園業だということも影響しているかもしれません。

 大学受験当時、1992年でしたが、地球サミット(国連環境開発会議)がリオで開催され、環境意識が高まってきた頃でした。

 そのサミットに大変影響を受けて環境に関心をもったことと英語が好きだったので、条件に合う大学を探したところ、それがカナダの東海岸にある大学でした。カナダは林業が最大の産業ですから。

――カナダの大学で得たことは何でしょうか。

楢崎 専門が多岐にわたって分かれている林業というものを体系的に学ぶ機会を持てたことです。

 ドロップアウトしていく地元の学生はいましたが、北米でも珍しい学部だったこともあり、アメリカとかカナダ各地から集まった学生は非常に熱心で大変刺激を受けました。

 今でも日本で林業を体系的に学ぶカリキュラムはあまりないかもしれません。林業の機械、土木、建築と幅広く一通りの基礎知識が得られ、加えてアントレプレナーシップ論も専攻しました。

 これらは、今の仕事に実に活きています。今日お話しする奈良県十津川村でも、業界の常識を超えて林業用路網づくりを進めています。

日本一大きな村で

――住友林業には、お誘いを受けて入社されたそうですが、ここでやりたかったことは何でしょうか。

楢崎 住友林業の方々ともお付き合いがあり、「林業分野で何か新しいことを一緒にやっていこう」と、誘いを受けました。

 住友林業に対するエンドユーザーや学生の評価は高く、就職ランキングでも上位に入ります。学生のイメージも環境に貢献する企業として定着してきた感があります。

 しかし、自分としては、「この会社はもっとやれるはずだ」と思いました。つまり、コンサルティング会社のコンサルテーションと異なり、コンサルテーションの先にある、実業につなげることができる可能性を感じたわけです。

――そこで、林業再生に向けての最初の仕事として十津川村に取り組んでいるわけですね。この事業のゴールはどこにあるといえるでしょうか。

楢崎 十津川村との仕事は偶然であり、人のご縁でした。どの事業もそうですが、新たなコンサルティング事業の立ち上げに向けて試行錯誤していたところに、林業振興のためのビジョンづくりの相談を受けたわけです。

 十津川村は、日本一大きな村です。東京都23区をやや上回る面積のその大半96%を森林資源が占めます。ここで、「森林を使って経済を発生させる」ことを目標に、地元と協力してビジネスを成り立たせたいと思っています。

――森林がお金を生まないようになってから随分と経ったような気がします。そのダイナミックな解決手法がこれまでなかなか出されてこなかったわけですが、十津川村には3年前から関わり、また、全国の自治体をまわっていらっしゃって糸口が見えてきたのでしょうか。

楢崎 確かに、実に難しいことです。1年目は森林振興のための森林基本計画を策定、2年目から半常駐する形でスタッフを派遣しています。3年目には、大型車両用の林業用路網を完成させました。

 それらを視察する林業研究会のイベントを、当初の予定を変更させて誘致しました。十津川村の林業に対して村外からの関心が高まるにつれ、村の人々は、それを新鮮な思いで受けとめてくれているように感じています。

 地方創生のためには、我々は、林業の専門分野で手伝うだけではなく、組織経営や自治体ガバナンスなど経営自体のサポートが必要なのだとわかりました。特に、後者が重要だと感じています。

地域創生には企業参入が近道

――合理的、効率的に進められない側面があるのは、何か理由があるのでしょうか。

楢崎 林業というのは、伐採、製材、流通など業界が分かれて作業がなされているのです。しかも、業界が違えばお互いの関わりが薄くなります。問題は、全体を把握する人材がいないということなのです。

 さらに、家づくりに関しては、高度経済成長期からニーズに応える形で近代的な工法が導入されてきて、木の使い方が変わってきました。ところが、山側のマネジメントが、そのような時代の流れについていくことができなかったことも大きな要因です。

――全体を把握する人材が不在なのは、どのような背景があるのでしょうか。

楢崎 木が山に生えている状態から住宅に使用されるまでには、多くの工程、複雑な工程を経ます。住宅という商品が複雑な部材群から構成されているから、仕方がないことだと思います。

 こういった状況において、業界が分断していて、住宅マーケットと林業現場が情報を共有し、同じ方向性で動いていくことは、理屈で考えられるほどシンプルなことではないとは思っています。業界間、企業間をつなぐ中間流通の役目を担う企業の役割は大変重要になってきていると思っています。

――その役割は、地域のリーダーではなく、企業が担うということでしょうか。

楢崎 「誰か村を引っ張るリーダーはいないだろうか」、「新しい組織を作りたいのでその組織の社長をやってくれる人がいないだろうか」、という相談を各地で受けます。

 しかし、考えてもみてください。やりたい人が組織をつくり、事を成すわけですから、リーダーを探している時点でその地域の再生には時間がかかると思います。

 昨今は「地方創生」がキーワードになっていますが、やはり限界を感じます。

 その理由は、地域創生に最も重要なことは、「アイデアを出し、引っ張っていく人がいるかどうか」、そして「地域の資源を活かせるかどうか」だと考えています。それには、ビジネス感覚を持った人がやる必要があるのです。

――つまり、外から人が来ることが有益だとお考えなわけですね。

楢崎 そう考えています。外から来るにしても選択肢はいくつかあります。短期的・ボランティア的に若者が取り組む事例はよく見かけます。ただ実際には経験と知識を蓄積してきた企業が参入するのが近道だと考えています。

 しかし、注目される事例を除くと多くの場合は機能していません。それは、自治体など資金を提供する側が、地域外の企業や人に依頼するよりも、地元の組織に委託したり、商品券を配布したり、高齢者に優しいバス停をつくるなど、地域内での資金循環を優先しがちだからです。気持ちはよくわかりますが、それではなかなか革新的なことがやりづらい状況になります。

――自治体などは長期的なことよりも短期的に地域内に資金が循環することを望むわけですね。革新的なことがやりづらいというのは、何かご経験があるのでしょうか。

楢崎 私自身は、村社会で育ち、村の良さと面倒なところを経験しながら暮らしてきたのです。村おこしの手伝いもしてきましたのでよくわかるのですが、変わったことをすれば「村八分」も珍しくありませんし、実際に経験したこともあります。

 しかし、いつの間にか、田舎と経済の橋渡しをしたいと思うようになったのです。田舎に暮らした目から見ると、地方は地域の資源を活かせていないと思うからです。

――十津川村は、地域外の企業である住友林業に支援を依頼してきましたね。

楢崎 やる気をもった我々総合林業会社を選んでもらって大変ありがたいと思っています。大企業は蓄積してきた知識量と経験量が豊富ですから、村にとって大企業のノウハウは活かせるところがあります。

 一方で大企業にとって十津川村の魅力は資源量が豊富にあり、それを一緒に活用できることです。お互いにメリットがあるはずです。相互に利用しながら地方が活性する方向を模索したいと思っています。

――まずは大型車両が通行できる林業用路網の完成をみることができたわけですね。それはどのような経緯だったのでしょうか。

楢崎 十津川村は、膨大な森林資源が存在するものの、都市から遠い僻地であり、地形が厳しいという物理的なデメリットがあります。それを克服し、競争力を発揮できる林業を行うには、このような選択肢しかないと思ったからです。

 路網づくりというのは、通称「丸太組み工法」と呼ばれ、名人芸の領域ともいえるもので強度計算もしないものです。しかし、急傾斜地において広い路網を開設することには崩壊のリスクが伴いますし、開設にあたって林業分野には知見がほとんどありません。

 そこで、住友林業独自のノウハウや技術を駆使し、土木資材を用いて強度計算をして完成させました。これは林業業界の専門家が見ても革新的な手法です。

 こういう既成概念を超えたものができることを伝えたかったのです。ただ、先例がないため、現在、地盤強度のデータも取って安全性を確かめながら、学会でも発表しています。日本林業のスタンダードになるようなデータをコツコツと集めて行きたいと思います。

「林業で再生した村」を夢見て

――十津川村の村長の期待値は高いようですが、住友林業内の評価はいかがでしょうか。

楢崎 会社からは、2011年に新設した林業企画グループが、早速、自治体とコンサルティング事業を進めている点で期待してもらっていると思います。自治体と組んで林業再生に取り組み、半常駐で人を出すビジネスモデルはこれまでどこの会社もやってこなかったことです。

 しかし、多くの地域で共通の課題を見てきましたし、林業再生はなかなか進まないというのは事実です。自分にとっての仕事のモチベーションは、とにかく、林業再生の成功事例をつくりたい、ということです。「林業で再生した村」として十津川村が燦然と輝く日を夢見ています。

――林業で再生した村が誕生するために、これからやっていくべきことは何でしょうか。

楢崎 中山間地での事業を成功させるためには、コンサルテーションだけではなく、自治体と企業が目指す方向とビジネスに対して共通認識をもって進めていかなければならないと考えています。

――林業の啓発の取り組みも行っておられますね。

楢崎 森林オーナーへのPR戦略も始めています。まず森林オーナーに向けて啓発用ビデオを作成しました。それぞれの立場で林業再生にどう関わればいいのか、企業の視点から発信を続けていくつもりです。

――なぜ森林オーナーなのでしょうか。

楢崎 日本林業において危機的なことは、森林オーナーが山に対して無関心になっているということです。しかも、この課題に対する解決手法は存在しないに等しい状況です。

 森林、林業は行政の支援制度が多くかかわるため、これまで、業界関係者からの説明やPRチラシといえば、「制度の説明」でした。

 ビデオという手法を選択したのは、森林・林業に関する情報を森林オーナーに分かりやすく説明することは、容易ではないと感じたからです。

 現在の森林オーナーの多くは高齢者であり、訴えるメッセージや手法には、より工夫が必要です。そこで、言葉だけの説明から、文章と図を用いた説明、そして、映像による説明を行うことで、より直観的にメッセージを発信できるようにしました。ニーズに応える方法をとったわけです。

 これまでの林業関係者は、森林オーナーがクライアントであることを忘れてしまっていたのではと感じています。

――森林オーナーの無関心は何を引き起こすのでしょうか。

楢崎 山林管理のためには、森林所有の境界線が明確である必要があります。そうでないと、森林オーナーに代わって管理ができないのです。

 しかし、無関心によって山に入らなくなると、山は形を変え、境界がわからなくなります。現在、十津川村のような広大な森林を持つ自治体では、自分の山を見に行って遭難するようなことは笑い話ではありません。

――オーナーの世代が交代するとこの問題は一層深刻化しますね。

楢崎 そうです。山が経済を生まなくなったことが無関心の要因ですが、その重要性を伝えていないことが、さらに大きな原因だと思っています。高齢化が進むと所有境界の確認は、一層難しくなりますので時間との戦いです。

――林業再生にソーシャルイノベーションが求められていることを改めて痛感しました。

楢崎 まだまだやれることは沢山あります。320年、山林管理を続けてきた住友林業だからこそ、新たな価値を提供したいと思っています。

服部篤子のコメント
 木材の全国生産額は、1980年の9700億円をピークとして下降し続け、近年は2000億円前後で推移するようになりました。

 一方、輸入木材製品は、2008年以降は1兆円を下回って減少傾向にあるものの、7000億円程度の供給量があります。森林所有者収入の目安となる山元立木価格は、素材によってピーク時の1割から2割です。

 この現象と、地方の高齢化と過疎化が重なっているため、林業再生は一層、困難のようにみえます。今回、楢崎さんから、明快な課題整理とそれを克服するために取っている挑戦を聞くことができました。

 林業の活性化は、ビジネスを行うことであり、地域の資源を生かすことである、という再認識が必要です。

 その担い手が問題ですが、失った人材を改めて育成することが必ずしも解決策ではなく、1つの策として、楢崎さんは、資源を大規模に生かすことのできる大企業の力を動かすことだと考えていました。

 国内林業を社会課題という目でみるのではなく、資源であり、社会のニーズである点で、大手企業が新たな林業のビジネスモデルを提案することができるはずだという意見は説得力のあるものでした。

 しかし、大手企業にとっては、すぐに収益が見込めないビジネスです。

 そこで、楢崎さんは、成功事例を作ることに注力しています。そのためには、協働関係にある、地域内の自治体と域外の大手企業が同じ方向を見出し、ビジョンをもつことだといいます。

 共にやるべきことが何かを認識できるよう、双方向に向かって粘り強く提案を続けている点に注目しました。

 比較的閉鎖的な地域において、外部の意見や革新的なアイデアを生かすことは容易ではないでしょう。楢崎さんのように、林業の包括的な知見に加えて、田舎での生活やまちづくりの経験をもっていることが、相互理解を促し地域内外の人々の橋渡しをする上で有益だったのではないでしょうか。

 大学でアントレプレナーシップ論を専攻した通り、楢崎さんの行動に起業家精神をみることができます。

 路網の建設では、専門領域では目新しい手法をとり、固定概念を覆すことができたのです。この手法は、別の業界ではよく使われる素材を用いたそうです。

 見過ごされてきた点に対して解決策を講じ、専門家から一般市民の森林オーナーに対して幅広く情報発信を強化している点に着目しました。

 楢崎さんは、イノベーションへの種まきを行い、森林地域の自治体、森林オーナー、そして、域外の大手企業が共にイノベーションの芽を育てることができるように着実に変化をみせていきます。

 多様な人々の関係を新たに構築すること、彼らの共通価値を見出すこと、そのための粘り強い提案力に「リパブリカン」の要素がみてとれると思います。

楢崎達也(ならざき・たつや)
住友林業株式会社資源環境本部山林部林業企画グループ・チームマネージャー
1973年、福岡県出身。京都大学大学院農学研究科森林科学専攻修了。三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社政策研究事業本部を経て、2011年に住友林業株式会社資源環境本部に入社。京都府林業大学校特任教授、岐阜県立森林文化アカデミー非常勤講師、森林利用学会理事なども務める。林業用の営業支援アプリケーション「スピリット・オブ・フォレスター」が2014年度グッドデザイン賞を受賞した。
趣味は、アルペンボード、エンデューロレース、100キロウォーク、激流下りなどエクストリーム系スポーツ。