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前回よりはるかに重い意味を持つ米大統領選

米国は何を守り、何を諦めて現代世界に対峙していくのかを観察する稀有な機会だ

渡辺靖 慶応義塾大学SFC教授(文化人類学、文化政策論、アメリカ研究)

リベラルな国際秩序が揺らぐ中での米大統領選

 今年11月8日に投開票される米大統領選挙。米国の自画像(アイデンティティー)のいまを読み解くうえでは、バラク・オバマ大統領が再選された前回(2012年)よりもはるかに重い意味を持つと私は考えている。

2015年最後の記者会見で、「一匹おおかみ型」テロへの警戒を呼びかけるオバマ大統領=2015年12月、ワシントン拡大2015年最後の記者会見で、「一匹おおかみ型」テロへの警戒を呼びかけるオバマ大統領=2015年12月、ワシントン

 対外的には、中国やロシアなど覇権挑戦国の台頭、IS(過激派組織「イスラム国」)のような非対称脅威の増大など、第2次世界大戦後、米国主導で構築してきたリベラルな国際秩序が揺らいでいる。

 かたや、国内的には、白人人口の占める割合が低下し、女性の社会進出が進み、人工妊娠中絶や同性婚を国民の過半数が支持するようになっている。昨年11月にはモルモン教会(末日聖徒イエス・キリスト教会)によって作られ、LGBT(性的少数者)に厳しいことで知られるユタ州ソルトレークシティーで、レズビアンであることを公表している市長が誕生したが、LGBTの権利拡大は過去10年間で最も大きな米社会の変化の一つである。

 加えて、格差拡大に伴う中間層の縮小も深刻だ。分厚い中間層が支える市民社会を米民主主義の活力の源泉と称賛したのは19世紀の思想家アレクシ・ド・トクヴィルである。

 これらの変化は「自由世界の盟主」「世界の警察官」「キリスト教的価値や中間層を基盤とした豊かな社会」という第2次世界大戦後の米国の自画像が大きな転換期にさしかかっていることを示唆する。米国は何を守り、何を改め、何を諦め、現代世界に対峙してゆくのか観察する稀有な機会が今秋の大統領選と言える。

最大の不安要素=ガバナンスの機能不全

 とりわけ日本にとっても気になるのが政治的な分極化の行方であろう。米国で党派対立が先鋭化したのは90年代以降だが、「保守の米国でもない、リベラルの米国でもない、一つの米国」を掲げて歴史的就任を果たしたオバマ大統領のもと、皮肉にも、南北戦争以来、最も分極化が進んだ状態にある。「決められない政治」が続き、国民の不満・不信が鬱積(うっせき)、8割以上の国民が議会や政府を信用していないと答えている。

 ハードパワー(軍事力・経済力)とソフトパワー(広義の文化力)を構成する個々の能力を他国と比較した場合、米国の力は依然として強大であり、巷(ちまた)で流布している衰退論や没落論はその点では正しくない。とはいえ、そうした個々の能力を有機的に稼働させるメカニズム、すなわちガバナンスが機能不全に陥っていることは否定し難く、内政と外交の両面において、目下、最大の不安要素となっている。個々の能力に長けていても、政治的意思や国家戦略をめぐる合意形成が図れないようであれば、米国の影響力はおのずと限定されたものになる。

 同盟国である日本としては米国の分極化が緩和されることが望ましいが、少なくとも大統領選がその契機となる可能性は無さそうである。両党の中傷合戦はすでに激しく、民主党と共和党の討論会を見ていると、ほとんど別の国の議論のように思えてしまう。

対外的には共和党に追い風

 大まかな選挙動向として、まず対外的な面では、共和党に追い風が吹いていると言えよう。アフガニスタンとイラクでの二つの戦争で疲弊した米国世論は、しばらく「内向き」の状態が続いた。しかし、ISによって米国人が殺害され、またカリフォルニア州サンバーナーディノでISの過激思想に感化されたムスリム系移民によるホームグロウン・テロが発生するなど、この1年で安全保障に対する関心が急速に高まっている。

 それにつれ「オバマ外交=弱腰」というイメージが浸透しやすい環境になっている。リバタリアニズムの立場から孤立主義的な外交政策を提唱する共和党候補のランド・ポール上院議員(ケンタッキー州選出)が伸び悩んでいる一因でもある。

国内的には民主党に追い風

 かたや、国内的には、上述した人口構成や価値観の多様化に加えて、堅調な雇用や景気の回復は民主党にとって大きな追い風と言えよう。昨年12月にはFRB(米連邦準備制度理事会)が9年半ぶりの利上げに踏み切り、米議会は70年代の石油危機以来40年間にわたって規制してきた米国産原油の輸出解禁へ向けて動き出した。

 周知の通り、米国の大統領選は全国の一般投票の総数ではなく、州ごとに割り当てられた選挙人(538人)の過半数、すなわち270人を制することで決まる。それゆえ、「全米の支持率調査」の類は大まかな勢いの目安にはなるものの、実際にはあくまで州ごとの動向を見ていかねばならない。

 そうすると浮かび上がってくるのは、民主党の優位である。

 過去6回の大統領選で一貫して民主党に投票してきた「青い州」は18。選挙人の合計は242人に達する(選挙人3人を有するワシントンD.C.を含む。つまり民主党はあと28人上乗せすれば良いことになる(前回の獲得数は332人)。

 逆に、共和党に一貫して投票してきた「赤い州」は13。選挙人の合計は102人。168人の上乗せが必要だ。浮動州(接戦州)の代表格であるオハイオ、フロリダ、バージニアの3州を制したとしても162人。逆に1つでも落とすとかなり苦しくなる。加えて、上述したように、国内的な社会動向はむしろ民主党に有利になっている。共和党は白人・キリスト教徒・男性・中高年・農村部・西部・南部を主体とする支持基盤を多様化しなければ、ますますパイは小さくなる一方だ。

 ただ、民主党にも不安要因はある。その最たるものは「3期目のジンクス」であろう。

 第2次世界大戦後、同じ政党から3期連続してホワイトハウスの主になったのは、1988年のジョージ・ブッシュ(父)大統領が最初で最後。好景気と高人気に支えられたビル・クリントン大統領でさえ、アル・ゴア副大統領への政権移譲には失敗している。

 昨年末の時点でのオバマ大統領の支持率は約45%。クリントン大統領の同時期が約60%だったことを考えれば、民主党とて決して安泰とは言えない(ちなみにジョージ・ブッシュ(子)大統領の同時期は約35%)。「3期目のジンクス」の最大の要因はやはり国民の「飽き」にある。8年も同じ政権が続くと、何かと現状への不満が募り、おのずと「変革」への期待が高まるからである。もちろん、かつ権力の腐敗に伴い、大小さまざまな不祥事が積み重なり、野党が攻撃しやすくなる点も大きい。

既成の政治エリートに対する大きな不満

共和党のテレビを終え、記者団のインタビューに答えるトランプ氏=2015年12月、ラスベガス拡大共和党のテレビを終え、記者団のインタビューに答えるトランプ氏=2015年12月、ラスベガス

 近年は党派対立によるワシントン(=中央政界)の機能不全が深刻で、さまざまな経済指標が好転しているにもかかわらず、「米国が悪い方向へ向かっている」と考える国民が6割を超えている。そうした不満が「変革」を求めるうねりとなり、両党の現職議員や主流派にとって大きな逆風となっている。目下、公職経験が皆無の不動産王ドナルド・トランプ氏が共和党内に一大旋風を巻き起こしている最大の要因でもある。

 こうした構図そのものは1992年の大統領選の際の「ペロー旋風」と似ているが、経済政策などで綿密な代案を示したロス・ペロー氏はトランプ氏に比べるとはるかに実直だった。もちろんトランプ氏個人の資質を批判することは容易いが、彼の言動を許容するのみならず、むしろ暴言を吐くほどに支持率が上昇する現実の背後に渦巻く、米国民——より正確には同氏を支持している共和党内の約4割の有権者——のワシントン、すなわち既成の政治エリートに対する不満の大きさは理解しておく必要がある。

パニック状態にある共和党指導部

 現在、共和党内では3つの勢力が党の指名(公認)獲得へ向けてしのぎを削っている。

 1つはトランプ氏に代表されるアウトサイダー派。もう1つは、マルコ・ルビオ上院議員(フロリダ州選出)やテッド・クルーズ上院議員(テキサス州選出)に代表される保守派。そして、ジェブ・ブッシュ氏(元フロリダ州知事)に代表される主流(=穏健)派である。

 元来、共和党内の予備選では右(=保守)バネが強く働く傾向があるが、民主党との本戦を睨(にら)んで、最終的には2008年のジョン・マケイン上院議員(アリゾナ州選出)や2012年のミット・ロムニー氏(元マサチューセッツ州知事)のような主流派が選出されるのが定石だった。ところが今回は主流派の支持率が一向に伸びる気配を見せない。

 それゆえ、共和党の指導部はパニック状態にある。トランプ氏が指名を獲得することになれば民主党との本戦では圧倒的に不利になる。ルビオ氏やクルーズ氏であれば辛うじて容認できるかもしれないが、その過程で対応を誤ればトランプ氏が党を割るかもしれない。それはまさしく悪夢に他ならない。

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筆者

渡辺靖

渡辺靖(わたなべ・やすし) 慶応義塾大学SFC教授(文化人類学、文化政策論、アメリカ研究)

1967年生まれ。ハーバード大学国際問題研究所アソシエート、パリ政治学院客員教授などを経て現職。ハーバード大学Ph.D。著書に『アフター・アメリカ』(慶応義塾大学出版会)、『文化と外交』(中公新書)、『沈まぬアメリカ』(新潮社)、『<文化>を捉え直す』(岩波新書、近刊)など。

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