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ドイツー原子力時代の負の遺産との闘い(下)

この国では「原発廃止」という列車が走り出しており、後戻りさせることは難しい。

熊谷徹 在独ジャーナリスト

 原発をめぐる財務ストレス・テスト

 ドイツ政府は、2015年の夏以来、バックエンド費用の確保の仕方について、本格的な検討作業を行っている。バックエンド費用とは、原子力発電所の廃炉、解体および放射性核廃棄物の貯蔵処分にかかる費用のことだ。

ドイツでは、核廃棄物の貯蔵処分費用をめぐる議論が激しく行われている(写真はミュンヘン郊外のイザー原発、筆者撮影)拡大ドイツでは、核廃棄物の貯蔵処分費用をめぐる議論が激しく行われている(写真はミュンヘン郊外のイザー原発、筆者撮影)

 連邦経済省は、まずテクノロジー問題に精通した監査法人Warth & Klein Grant Thornton 社(WKGT)に対し、大手電力会社4社のバックエンド費用の準備状況について、監査させた。ガブリエル経済大臣は、2015年10月にWKGT社が行った「原子力財務ストレス・テスト」の結果を公表した。

 監査の結果、WKGT社は、「電力会社4社は、原子炉の廃炉、解体と放射性廃棄物の処理を自力で負担するだけの資産価値を持っている」という結論に達した。

 同社によると、2015年秋の時点で4社が確保しているバックエンド費用のための準備金は、383億ユーロ(5兆3620億円)。
 ドイツでは、原子炉1基あたりの廃炉費用を8億5700万ユーロ(1199億8000万円)と見積もっている。廃炉・解体を効率的に実施すれば、60億ユーロの節約が期待できる。その結果、WKGT社は、電力会社が用意した383億ユーロの積立金は、正しく計算されているという結論に達した。

 さらにWKGT社は、準備金に適用される金利と解体・廃炉費用の上昇率に応じて、6つのシナリオを想定した。多額の資金を長期間にわたって運用すれば、金利が生まれる。金利が多ければ多いほど、現金として準備しなくてはならないバックエンド費用の額は、少なくて済む。

 このシナリオによると、バックエンド費用が最も多くなる場合、770億ユーロ(10兆7800億円)、最も少ない場合で、290億ユーロ(4兆600億円)となる。電力会社が積み立てた準備金は383億ユーロなので、この6つのシナリオの範囲内にある。

 では、バックエンド費用が高騰して、770億ユーロとなった場合にも、電力会社は負担できるのか。

 WKGT社によると、電力会社4社の総資産から、バックエンド費用の準備金と債務を差し引いた純資産の額は、830億ユーロ(11兆6200億円)。つまり電力会社は、最悪のシナリオのバックエンド費用(770億ユーロ)を上回る資産を持っているので、万一の場合には資産を売ればバックエンド費用を自力でカバーできるというわけだ。

バックエンド費用に異様に高い利率を適用

 私がこの議論の中で興味深く感じたのは、電力会社がバックエンド費用の準備金に適用している利率だった。それは、4社の原子力発電事業者が、積み立てたバックエンド費用に適用している利率が、4.0%~4.8%という高い水準だからだ。

 たとえばエーオンは4.6%の利率を使っている。現在ユーロ圏の政策金利は、0.05%であり、電力会社がバックエンド費用の積立金に想定している利率よりもはるかに低い。4社が企業年金の準備金に使っている利率は、約2.5%である。

 このためドイツのメディアからは、「電力会社がバックエンド費用の積立金に使っている利率は、非現実的だ。もしもバックエンド費用の利率を、今日の金融市場で使われている金利水準(0.05%)まで引き下げた場合、もしくは企業年金の水準(2.5%)まで引き下げた場合、バックエンド費用の積立額は、十分ではない」という見方も出ていた。

 たとえば日刊紙「ライニッシェ・ポスト」は、2015年9月に「ドイツの原子力発電事業者4社が積み立てたバックエンド費用は、約300億ユーロ(4兆2000億円)不足している。原子炉の解体・廃炉費用はカバーできるが、最終貯蔵処分場の建設・運営には十分ではない」と指摘している。

 これに対しエーオンは「我々が使っている利率は、過去25年間の利率の平均値であり、現行の会計基準を厳格に適用している。バックエンド費用の積立金は、毎年会計監査法人による監査を受けてきたものであり、適正である。外国の電力会社に比べれば、保守的な計算方法を取っている」と反論している。

 メルケル政権は、2015年10月に「脱原子力のための費用負担に関する調査委員会(KFK)」を設置した。この委員会は、WKGT社が政府に提出したバックエンド費用に関する監査報告書に基づき、電力会社の準備金を公的な基金に移管させるべきか否かなどの問題について提言書を作成し、政府と議会に提出する。

 調査委員会には連邦議会議員、大学教授、経営団体の会長、プロテスタント教会の監督(カトリック教会の司教に相当)ら19人が参加。議員の中には保守政党、革新政党のエネルギー畑、環境畑の政治家が多いが、共同委員長は、緑の党のトリティン元環境大臣と、社会民主党(SPD)のマティアス・プラチェク元ブランデンブルク州首相。トリティンは、筋金入りの反原子力派であり、政府がゴアレーベンを、貯蔵処分場の候補地として白紙撤回するための最初の道筋を作った政治家だ。KFKは、バックエンド費用の負担と、将来の資金保全について、どのような提案を行うだろうか。原子力エネルギーを使っている全ての国にとって、目を離せない問題だ。

脱原子力政策をめぐり政府への訴訟が多発

 さてメルケル首相の脱原子力政策は、ドイツの納税者に思わぬ法務リスクを生じさせている。今後の展開によっては、納税者が巨額のコスト負担を強いられるかもしれない。

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筆者

熊谷徹

熊谷徹(くまがい・とおる) 在独ジャーナリスト

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「脱原発を決めたドイツの挑戦」(角川SSC新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリズム奨励賞受賞。
WebSite:http://www.tkumagai.de
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Twitter:https://twitter.com/ToruKumagai

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