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[10]「民主化」から「自立化」、「私化」へ

敗戦後から昭和の「繁栄」までを分析する

外岡秀俊 ジャーナリスト、北海道大学公共政策大学院研究員、元朝日新聞編集局長

現代前期(昭和後期)

 私がまず分析の対象にしたいのは、現代前期にあたる敗戦後の昭和である。

 先に見たように、この時代のスローガンは「経済大国」であり、「平和国家」だった。その画期となる年は、1964年だったと思う。

 この年は、日本が戦時に辞退した東京五輪を10月に開催し、国際社会への復帰を内外に宣言したにとどまらない。4月1日には、日本人の海外渡航を自由化し、同じ月には国際収支を理由として為替制限ができないIMF(国際通貨基金)の8条国に移り、「先進国クラブ」と称されたOECD(経済協力開発機構)に加盟した。名実ともに貿易の自由化に踏み切ったといえる。

 また、6月には、最初の太平洋横断海底ケーブルが開通し、新しい国際通信の幕開けを告げた。東京五輪に合わせて、羽田空港の拡張、3年前に世界銀行の借款をうけて建設されていた東海道新幹線も開通し、首都の都市インフラも整備された。

池田勇人首相=1963年5月、首相官邸池田勇人首相=1963年5月、首相官邸

 その立役者は、五輪を花道に佐藤栄作政権に道を譲った池田勇人首相だろう。日米安保改定で退任した岸信介首相を継いだ池田は、1960年に「所得倍増計画」を打ち出し、それ以前から始まっていた経済成長を加速させた。

 この政策もあって、実質国民所得は7年で倍増し、1968年には、国民総生産(GNP)が当時の西独を抜いて世界二位になった。「もはや戦後ではない」(1956年経済白書)という復興を経て、文字通り「経済大国」に上り詰めたことになる。

 日本はその後、1973年と79年の2度にわたる石油ショックで安定成長へと移るが、86年に始まったバブル景気が91年にはじけるまで、経済規模は拡張を続けた。

キーワードは「一億総中流」

 この昭和後期を代表するキーワードは「1億総中流」だろう。1970年に人口は1億を越え、この年の「国民の生活に関する世論調査」で、「中の上」「中の中」「中の下」を合わせた「中流」と回答した人が9割近くにまで達した。

 一億という数字は要注意である。戦時中に使われた「一億一心」、敗戦時の「一億総懺悔」の一億には、旧植民地の人口が含まれていた。違いをひとくくりにし、多様性を消し去るスローガンは、人口に膾炙しやすいだけに、扱いには細心の注意が必要だ。

 実際、「中の中」だけを「中流」と定義すれば、その数は格段に減る。さらに、回答は階層帰属の「意識」を答えているだけで、その割合が所得を直接反映しているわけではない。この言葉が流行った当時、あるいはバブル後の「格差拡大」の解釈をめぐっては、専門家の間で論争が起き、今も続いている。

 ただし、雇用や景気が拡大し、多数が以前の水準よりも豊かになったことを実感したという意味で、中流への帰属意識の広がりを示すこの言葉が社会に受け入れられたのも、自然だったろう。

 この間、大衆運動はどう推移していったのだろうか。

 大衆運動の消長を示す具体的なデータは乏しい。ただ、警察庁が刊行する「警察白書」には、毎年「公安の維持」という章があり、その「左翼諸勢力等」の「大衆行動」の項目に、全国と中央の動員数を掲げていた(ただし、中央の数については1978年を最後に掲載しなくなった。平成版からは、全国の総数掲載もやめ、主要運動の動員数を個別にあげる方式に変わった)。もちろん、人数の数え方や数値の信頼性には疑問も残るが、一定の趨勢をとらえることはできるだろう。

 現在、公開されている昭和48年(1973年)から昭和63年(1988年)までの動員数を「警察白書」から抜き出し、グラフにしてみた(図10)。

図10 大衆運動の動員(警察白書)図10 大衆運動の動員(警察白書)

 これを見ると、74年の731万2千人をピークに漸減を続け、81年、82年で第二のピークを迎えたあと、再び落ち込んでいったことがわかる。警察白書昭和58年版はこの第二のピークについて、81年から欧州で高揚した「反核・軍縮闘争」が我が国にも影響した、と分析している。

 つまり、高度成長のあと、大衆運動の動員力は、反核運動の盛り上がりを除いて、低下していく傾向にあった、といえる。

 これは、今まで見てきた丸山モデルでいえば、図6の「大衆運動の退潮期」にあたる。

図6 日本の大衆運動図6 日本の大衆運動

 丸山理論でいうと、この時期には二つのベクトルが働く可能性が高い。つまり、第一は、「民主化」が「自立化」、あるいはさらに「私化」に向かう流れだ。第二は、「原子化」が、「私化」に向かう流れである。

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