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[11]カウンター・デモクラシーが生まれた

民主主義が機能不全に陥ったときにシステム全体を保全する緊急行動

外岡秀俊 ジャーナリスト、北海道大学公共政策大学院研究員、元朝日新聞編集局長

変化の大波にさらされたもの

 1991年に始まるバブル崩壊は、日本の安定成長の終わりを告げ、その後「失われた10年」「失われた20年」という低迷の時期に入る。しかし、ここで問題になるのは、経済成長に限った話ではない。グローバル化や少子高齢化という大波が押し寄せ、日本が成長期に培った企業や家庭の制度や文化までが、変化の波にさらされたのだといえる。

 少子高齢化は、早くも1995年には流行語になった。この傾向は一貫して続いているが、他の要因も相まって、その間に起きた劇的変化の代表は家族の類型だった。

 「平成26年版男女共同参画白書」は、その変貌を10年刻みの4つの棒グラフでたどっている(図12)。

図12 平成26年版「男女共同参画白書」拡大

 これによると、世帯一人当たりの平均人数は、昭和55(1980)年の3・22人から、平成22(2010)年の2・42にまで減少した。さらに顕著なのは、「夫婦と家族」や「三世帯等」の世帯の縮小と、「単独」や「夫婦のみ」世帯の拡大だ。夫婦と子供2人という「標準モデル」どころか、「おひとりさま」が標準になりつつある。この単独世帯の増加は、高齢化によって配偶者が亡くなったり、晩婚化が影響して増えたりしているといわれる。

 もう一つの大きな変化は日本型雇用のモデルの崩壊である。かつての経済成長に適合的だった「終身雇用」、「年功序列」、「正規雇用」は、「構造改革」や「労働力の流動化」、「アウトソーシング」などによって、根底から揺さぶられた。

 2001年の流行語大賞には、「聖域なき改革」など、小泉純一郎首相の所信表明で使われた用語が選ばれる一方で、かつての流行歌「明日があるさ」が、リストラ時代のサラリーマンを励ますCM歌として復活した。「整理解雇」を意味するリストラは、「家庭」と並んで個人の「私化」を支えてきた「会社」や「組織」の基盤を掘り崩していく。そうしなければ生き残れない、という切迫感が社会に漂っていた。

社会全体で進んだ「コストカット」

 こうして社会全体で「コストカット」が進み、「就職氷河期」や「下流社会」「ワーキングプア」といった言葉が次々に定着していった。こうした時期の若者の立場を代表する論考のひとつには、皮肉にも、「『丸山真男』をひっぱたきたい」という題名がつけられた。2007年に「論座」に掲載された赤城智弘氏のこの論文は、「31歳、フリーター。希望は、戦争」という副題で示されるように、格差が固定され、やり場のない鬱屈が。身分差を解消する戦争への希求へと繋がる危うい可能性に、警告を発していた。

 厚労省のホームページに掲載されたグラフで見ると、平成6(1994)年から平成10(1998)年にかけて次第に増え、非正規雇用が高止まりしていることがわかる(図13)。

図13 正規と非正規労働者の推移(厚労省)拡大図13 正規と非正規労働者の推移(厚労省)

 2015年11月に厚労省は、前年10月時点の非正規の割合が初めて4割に達したことを明らかにした。厚労省は「平成27年版労働白書」において、この間に月収がほとんど伸びなかった経過を指摘している(図14)。

図14 平成27年版「労働経済白書」拡大図14 平成27年版「労働経済白書」

 実質GDPや労働生産性が伸びながら、一人当たりの賃金が上昇しない理由について白書は、次の4つの仮説を示し、検証している。①人件費への分配が抑制された②海外への所得流出によって賃金が抑制された③非正規雇用の増加によって一人当たり賃金が押し下げられている④春季労使交渉における賃金決定プロセスや労使の交渉力に変化が生じた。

 差し当たり、非正規雇用との関係でいうと、③と④が注目される。とりわけ④に関しては、非正規労働者が増えるのと並行して、組合組織率が一貫して低下していることが、社会的には大きな影響を与えた(連合ホームページから転載 図15)。

   

図15 組合組織率と非正規雇用(連合)拡大図15 組合組織率と非正規雇用(連合)

 つまり、労働者としての個人を支えていた「家庭」「会社」「組合」という三つの受け皿にほころびが生じ、そこから弾き出された人々が大量に出現したと思われる。「私化」の居場所が失われたとき、その現象を何と名づければよいのだろうか。私には、丸山の「原子化」という用語が、最適の言葉のように思える。

現代後期に始まった逆流

丸山真男氏=昭和34年7拡大丸山真男氏=昭和34年7

 つまり、現代前期で続いていた「民主化」→「自立化」→「私化」というベクトルと、「原子化」→「私化」というベクトルが、現代後期になって、逆流を始めた。私には、この間の変化が、そう映ってみえる。

 丸山モデルに従えば、「大衆運動の高揚期」には、「退潮期」とは異なる二つのベクトルが生まれる。より太いベクトルは「私化」→「原子化」→「民主化」であり、比較的に弱い流れとして、「自立化」→「民主化」がある。

 戦前の二つの時期をこのモデルで説明するにあたって丸山は、「原子化したタイプは過政治化と完全な無関心の間を往復するのを特質とし、権威主義的・カリスマ的政治指導にもっとも感染しやすい」と指摘していた。

 つまり、きわめて短期に、急激に、「私化」の安定期から超国家主義へと移行した戦前の日本の変化の不確実性を、「原子化」の二重性で説明したのである。

「原子化」が進み、不確実性を高める

 これを「現代後期」にあてはめれば、どうなるだろう。

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筆者

外岡秀俊

外岡秀俊(そとおか・ひでとし) ジャーナリスト、北海道大学公共政策大学院研究員、元朝日新聞編集局長

1953年生まれ。東京大学法学部卒。朝日新聞入社後はニューヨーク特派員、欧州総局長などを経て2006年から07年にかけてゼネラルエディター兼東京編集局長。11年3月に早期退社。著書に『地震と社会』(上・下、みすず書房)、『震災と原発 国家の過ち』(朝日新書)、『3・11 複合被災』(岩波新書)など。中原清一郎名義で小説『未だ王化に染はず』(小学館文庫)、『ドラゴン・オプション』(小学館)、『カノン』(河出書房新社)がある。

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