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[3]英国の二大政党と日本の民主党が抱える問題

「思想的基盤がない」という致命的な欠陥が露呈した

山口二郎 法政大学法学部教授(政治学)

注)この立憲デモクラシー講座の原稿は、昨年12月11日に早稲田大学で行われたものをベースに、著者が加筆修正したものです。

立憲デモクラシーの会ホームページ

http://constitutionaldemocracyjapan.tumblr.com/

イギリスの政権交代を目撃

山口二郎教授拡大山口二郎教授

 私なんかは、90年代前半の政治改革、政党再編、行政改革というのは、フルデモクラシー、十全なデモクラシーへの挑戦であったと考えてきました。個人的なことを申しますと、私は1997年に、イギリスにしばらく滞在して、現地で18年ぶりの政権交代を見ました。トニー・ブレア率いる労働党が97年の総選挙で圧勝して、マーガレット・サッチャー以来続いてきた保守党政権を倒したのです。18年ぶりの政権交代が起こったそのとき、イギリスにいました。

 政権交代が起こったら、そのすぐ後から、労働党がさまざまな政策の新機軸を打ち出していって、みるみるうちにイギリスを変えていったというイメージがあったわけです。スコットランドやウェールズの地方分権とか、情報公開とか。いろんなことをやりました。

 やはり、イギリス型の二大政党制っていうのはすごいものだな、小選挙区制度というのは、いろいろ問題もあるけれど、こうやってすっきり多数派を作り出すことができると印象付けられました。要するに、古臭い前の政権を追い出して、フレッシュな政権をつくって、国民の期待、国民の信託を受けた政権政党がどんどんトップダウンで物事を決めていく。非常にダイナミックで、とてもうらやましいと思いました。何とか、日本でもこういう仕組みができればいいなと思いました。

 イギリス労働党をモデルとして、日本の民主党に政策路線や組織構築について提言をしました。しかし、残念ながらイギリスと日本では、あまりにも違いが大きいのです。

 イギリスの場合は、労働党の支持基盤としては労働組合があり、労働党の議員、活動家というのは、ある種の方向性を共有しています。つまりサッチャリズムのような小さな政府路線を否定し、政府はある程度の再分配をして、弱者を助ける社会保障、教育をしっかりする。こういう基軸は共有されていたわけです。

 日本における政治改革と行政改革、つまり行政における集権化、あるいは政党における集約と淘汰、さらには政党の中での集権化を進めていくといった改革を、なぜ私が1990年代から2000年代にかけて一生懸命追求したかというと、イギリスのような多数派をはっきりつくって、そこに権力を渡して、思う存分、その党の政策を実行させるという発想、多数支配型のデモクラシーのモデルが腐食した政策を転換するために必要だと考えたからです。

 要するに、力のある多数は危うい面もあるけれど、それを時々入れ替える。ここで民主主義が担保されるということですね。これがイギリス流の民主主義です。

55年体制下でのデモクラシー

山口二郎教授拡大山口二郎教授

 では、日本の55年体制はどうだったかと言いますと、自民党一党優位だったから、ライバルはいないということになります。しかしその自民党が、中に多元性を抱えています。

 先ほどからお話ししているように、派閥、族議員という多元性を抱えている、野党にも配慮する、ということで民主制を担保した。こういう構図だったですが、55年体制の自民党流デモクラシーは結局、多元的停滞に陥って物事が決められない。

 他方、野党の観点から見れば、政権を取るという意欲がなくて、もっぱら抵抗するところに自らの存在理由を見出すという気分が強かったのです。特に社会党という政党は、3分の1の議席を取れば、憲法改正を阻止できるので、自分たちの役割はそこまでという発想の人が多かったのは間違いありません。

 90年ころになりますと、そういう少数派に安住しつつ、多数派のブレーキになるという抵抗野党ではつまらない、と。やはり、ヨーロッパのドイツ社会民主党やイギリス労働党のように、多数の議席を取って、政策を転換するまでの主体をつくろう。抵抗ではなくて、政策の転換ないし、改革という気分が、当時、自民党に批判的な学者やジャーナリストの中にも結構広がっていったわけです。

沈みゆく日本の新たな政治体制

 バブルが崩壊して90年代に入ると、「このままぐずぐずしていたら、日本は環境変動に適応できないまま、だんだん地盤沈下していくんじゃないか」という、いわゆる〝失われた十年〟の予感が当あったのだと思います。

 バブルが崩壊した後、あるいは冷戦が終わった後の政策を、どう展開していくのか。あるいは、89年から90年代初め、ちょうど東ヨーロッパの民主化に対応するように、日本国内でも、もっと市民社会を拡大し、女性ももっと権利を持って、そういう成熟した市民社会をつくりたいという問題意識がありました。そういう新しい時代のデモクラシーをつくっていくっていく、というような楽観があの時代には満ち溢れていたのです。

 選挙制度を変え、政党再編を起こした結果、90年代後半から、現在の選挙制度の下での政党間競争が始まったわけです。自民党っていう政党は、やはり地域に根を持っていますから、小選挙区にも対応して、ちゃんと生き残っています。

 小選挙区に伴う政党再編は、もっぱら野党側で起こりました。最初は新進党という政党ができ、すぐ壊れ、その後は民主党が受け皿になって野党第一党として自民党に挑戦してきたわけです。

 そのチャレンジは、一応2009年の政権交代で実を結んだのですが、ここで問題なのは、政権交代後の政権運営の失敗が、日本の政治を大きくまた後退させたことです。なぜ失敗したかというのも、これはもう何時間とかかるお話なのですが、簡単にお伝えすると、何度も繰り返しているように、理念の思想の基軸がなかったということです。

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筆者

山口二郎

山口二郎(やまぐち・じろう) 法政大学法学部教授(政治学)

1958年生まれ。東京大学法学部卒。北海道大学法学部教授を経て、法政大学法学部教授(政治学)。主な著書に「大蔵官僚支配の終焉」、「政治改革」、「ブレア時代のイギリス」、「政権交代とは何だったのか」、「若者のための政治マニュアル」など。