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[4]政権交代が右傾化を加速した

自民党は「winner takes all」型の政党に変わった

山口二郎 法政大学法学部教授(政治学)

注)この立憲デモクラシー講座の原稿は、昨年12月11日に早稲田大学で行われたものをベースに、著者が加筆修正したものです。
立憲デモクラシーの会ホームページhttp://constitutionaldemocracyjapan.tumblr.com/

リベラル自民から極右の政権へ

山口二郎教授拡大山口二郎教授

 安倍政治は、なぜ猛威をふるうようになったのか。この問題は、やはり20年ぐらいの時間の幅で見ておく必要があります。20年前というと、戦後50年という節目でした。この頃、戦後の55年体制に見られる穏健慎重な自民党政治が、いわば、その最後のピークに達していました。このとき村山政権が、戦後50年のもろもろの課題を処理したわけですね。代表的なものは「村山談話」ですが、自民党は連立与党としてこれを支えました。

 あるいはそのちょっと前には、宮澤政権時代に天皇が中国を訪問するとか、河野官房長官が慰安婦問題で談話を出すとか、といった戦後処理をきちんと行ったわけです。このときは戦争を直接知っている人たちが自民党の指導部にいた。そしてその「戦争は、やはりよくない、日本は迷惑をかけた」という常識的な歴史観に立って、懸案処理を進めたのです。

 それと同時に90年代半ば、橋本政権、小渕政権のころ、情報公開法、NPO法とか、男女共同参画推進基本法とか、市民社会を強化するような法制度の整備も進みました。選択的夫婦別姓のための民法改正の議論も政府内で進んでいただわけで、20年前の自民党は、いまと比べてみると、なんだかほとんど左翼政党と言ってもいいぐらいのスタンスだったわけですね。

自民党の右派が動いた

 これに対して、自民党の中の右派が対抗し始めるわけです。

 つまり20年前、安倍晋三が当選1回の若手議員、新人議員であった。安倍晋三とその周辺にいる右派的な政治家は自民党のハト派化に対する危機感を持って、歴史問題を考える議員の会とか、右派的な議員の集まりをいくつかつくって、巻き返しを図るわけですね。

 それと同時に民間のほうでは日本会議というものができる。旧生長の家の一部とか、神道系の団体、ナショナリズム系の団体、右派的知識人、評論家等が集まって、自主憲法制定、あるいは歴史修正主義といったアジェンダを掲げて活動するわけです。

 この日本会議というのは、ある意味では左翼的な運動の手法をきっちり学習しているという側面があります。つまり、大学紛争のときの右側の運動をした人たちが中心になっているわけです。大衆運動を組織する、それから地方議員のネットワークをつくって、いろんな働きかけをする。こういう草の根のレベルからの運動の積み上げは、ある意味見事というか、敵ながらすごいなと思うことがいっぱいあります。

金も力もない自民党を支えた団体

 民間ベースでのナショナリズムや右翼的運動の盛り上がりと、自民党における右翼的政治家とが結合して、20年がかりで今日の安倍政権をつくってきたのです。特に、政権交代は自民党の右傾化を促進した。野党になって、金と力を失った自民党が自分探しをした結果、見つけたアイデンティティーは復古的ナショナリズムであった。それが2012年の憲法改正案に結実しています。

 そして、その金も力もない自民党を、あくまで支えた甲斐甲斐しい糟糠の妻のような存在が、日本会議だったわけですから、やはり自民党の政治家はこれに頭が上がらないという関係になります。そして、野党として現実的な国際関係とか一切考えずに、目一杯右に触れた瞬間に、民主党は勝手にこけて、自民党が政権に戻った、と。まあこういう偶然も左右したわけです。要するに、自民党はやはりかつての自民党ではないわけですね。

 百人一首に、「永らへば またこの頃や しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき」という句がありますが、下の句の「憂しと見し世ぞ 今は恋しき」というのは、つまり「辛く苦しいと思っていた昔の日々も、今となっては恋しく思い出される」というような意味です。

 まさに私なんかも、「自民党の一党優位はけしからん」とか、「竹下派の腐敗がけしからん」とか、いろいろ言っていたのですが、いまから思えば、あの時代は平和でしたね。本当に、「憂しと見し世ぞ今は恋しき」ですね。

自民党は「勝った者が全部取る政党」に変わった

山口二郎教授拡大山口二郎教授

 55年体制から、何が変わったかというと、やはり小選挙区制がもたらした政党の中央集権化と、政治家の没個性化が一つの現象です。

 つまり反主流派がいない。だから総裁選挙をやっても無投票になってしまうのです。これは自民党自身にとっても少し心配なことで、次を担うリーダーがなかなか出てこないとか、今現在の路線が失敗したときに転換する糸口がないとか、そういった面でリスクが大きくなったという印象があります。

 ともかく小選挙区と政党交付金の制度は、政党の集権化を進めたわけです。しかし、自民党だけで集権化が進んで、民主党のほうはさっぱり集権化しないのはなぜかという、別途考えるべき問題があるのですが、今日はこれ以上触れません。

 自民党は、かつての「catch all型」の政党から「winner takes all」、つまり勝った者が全部取るという政党に変わったわけです。

 政治も行政も集権化していった揚げ句に、その運転席に安倍晋三が座って、右にハンドルを切っているという状況です。今や安倍内閣は、多数の専制というべき状況で、選挙で勝ったら何でもできます。我々国民から見れば、〝決める人〟を決めたところで民主主義は終わってしまっているという現状です。

 さらに悪いことに、政治主導と反知性主義が結びついてしまっている。反知性主義というのは、物事を論理的に考えない。あるいは自分の感情、自分の偏見を、肯定、正当化して、物事を断定的に論じるという姿勢です。官僚が論理的につくってきた枠組みを、従来の憲法解釈についてもそうですが、「官僚がこねくり回してるだけだ」といった感じで、バサっと切る。これは、やはり反知性主義です。

 そこに庶民感情みたいなものがくっつくと、さらに話はやっかいになる。

 多数の意思だから、こういうふうにやってしまおうという論法が正当化される。ですから、憲法96条も変えて、2分の1の多数決で憲法改正発議ができるにしようなんていうのが、民主主義という名の下で肯定されるという現象が出てくるわけです。従来、法律の専門家たる法制局官僚が構築してきたわかりにくい枠組みを取っ払って、もっとクリアな、わかりやすいものにしよう、と。こういう話が出てくるわけです。

戦時中と現在の類似性

山口二郎教授の話に聴き入る人たち拡大山口二郎教授の話に聴き入る人たち

 現在の日本を見ていますと、いわゆる「戦前」だった80年前の日本というのは、今現在と同じような感じだったのかな、という感想を持ちます。学問的な話から少し逸れますが、小説家、永井荷風の日記を読んでいると、やはり「今と似てるんだな」と思うことが多々あるからです。

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筆者

山口二郎

山口二郎(やまぐち・じろう) 法政大学法学部教授(政治学)

1958年生まれ。東京大学法学部卒。北海道大学法学部教授を経て、法政大学法学部教授(政治学)。主な著書に「大蔵官僚支配の終焉」、「政治改革」、「ブレア時代のイギリス」、「政権交代とは何だったのか」、「若者のための政治マニュアル」など。

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