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[2]佐々木惣一と吉野作造

「一億総活躍」思想の深層を探る 佐々木惣一が憲法13条を「読む」

石川健治 東京大学教授(憲法学)

注)この立憲デモクラシー講座の原稿は、昨年11月13日に早稲田大学で行われたものをベースに、著者が大幅に加筆修正した最終版です。

立憲デモクラシーの会ホームページ

http://constitutionaldemocracyjapan.tumblr.com/

100年前の大阪朝日新聞の元旦紙面

 2014年から15年にかけての安保法制成立過程において、反対派のみならず賛成派も負けたのだとは、にわかには信じられない話でしょう。そこで、この点を考えるために、参考となりそうな資料をお示しします。1916年1月1日つまり100年前の元旦の、大阪朝日新聞をご覧ください。

1916年1月1日の大阪朝日新聞拡大1916年1月1日の大阪朝日新聞

 驚くべきことに、新聞社の年初の挨拶(邦文と英文)と横山大観画伯による挿絵を除けば、「立憲非立憲」と題する憲法学者・佐々木惣一の文章が、元旦の第一面を独占しています。

 大阪朝日の読者にとって、大正5年の幕は、実に佐々木の論説によって切って落とされたのでした。「立憲非立憲」は、その後も、朝刊一面を―1回の休載を挟んで―20日連続で飾り続けます。

 第一次世界大戦の緊迫した情勢を伝える記事の傍らで、佐々木の連載は、否が応でも、〈立憲・対・非立憲〉という戦線の所在を印象づけていきました。

 記念すべき第1回「人類の文化と我が立憲制度」においては、世界の文明国にあって立憲制度の有終の美を遂げるべき(佐々木の言葉では「我が日本が立憲制度の終わりを全うせしむべき」)日本の世界史的使命から説き起こしています。

 いわく、「現今また将来世界の文明を左右するものと考えられるところの諸強国は、ロシアを除くのほか、それぞれ確実に立憲制度を樹立して、国民の感謝の声のうちに、光栄ある第19世紀を送った。第18世紀から第19世紀にかけての世界の政治舞台には、専制軍に打ち勝った立憲軍の一大行列をみた。しかして我が日本はその憲政軍のしんがりの任にあたったのである。我が国が立憲制度を採用したとは、いうまでもなく、我が国自身の一大事であるが、しかし、ただそれのみではなく、一般に人類の文化に関してある重大の意味をもっている」と(以下の引用も含め、旧カナ旧漢字の原文を、適宜現代語化した)。

 佐々木がわざわざロシアに言及しているのは、日露戦争が立憲軍(日本)と専制軍(ロシア)の戦いであり、立憲軍の勝利に終わったといいたいのでしょう。実際、翌1917年にはロシア革命が起こって、ロマノフ朝という専制軍は倒されました。が、今度はソ連という、もう1つの専制軍が立ち上がることになります。

「立憲軍」の歩みと「専制軍」による巻き返し

 そうした「立憲軍」の歩みは、それぞれの国内においても、「専制軍」による巻き返しに、常時さらされ続けてきました。立憲国家として立ち上がったはずの日本の場合も、同様でした。

 いわゆる藩閥政治の時代には、藩閥・官僚・軍人による「有司専制」。また、いわゆる大正政変以降の政党政治の時代には、「多数者の専制」。そうした左右の「専制軍」に、そのつど「立憲軍」は対峙してきました。

 そうなると、陣形としては、立憲主義が、相対的に左に位置する局面もあれば、相対的に右に位置する局面もあります。党派的なメガネでしかモノを見ない人からは、左翼に見られたり、右翼に見られたりします。しかし、立憲主義者として鳴らした佐々木の先輩教授・市村光恵が強調するように、あらゆる「専制主義を排する」ことが重要なのであって、「官僚者流の、余を目するに危険思想をもってする」のは当たらないし、「下院専制主義者が、余をもって官学の気を帯ぶとなす」のも誤っている、ということになります(市村『国家及国民論』[国民大学会、1914年]序)。

「良質な賛成派」も反対派と一緒に押し流された

 省みて、2014年から2015年にかけての安保法制論議は、立憲主義の枠組みの内部における、生産的な議論と国民的な合意のプロセスではありませんでした。日本国憲法への敵意のあまり、立憲主義そのものを押し流しがちな政府サイドからの、一方的な攻撃が先行したからこそ、かつて9条改憲派だった憲法学者までが加わった「立憲デモクラシーの会」が、ーやむにやまれぬ思いでー立ち上げられた、という経緯を忘れないでいただきたいと思います。

 安保法制に関する「良質な賛成派」を自認する人々のなかには、そこを取り違えておられる方を散見しますね。彼らは本来的には立憲主義者なのだろうと思いますが、反対派に冷笑的な視線を送る前に、実は自分も反対派と一緒に押し流されてしまっていることを、自覚する必要があります。

 フラットな立憲主義の土俵がなかなか成立しない状況での攻防だ、ということを意識し、平衡状態を回復するために何が必要かを考えて、発言し行動してゆきたいものだと、自戒の意味を込めて申しておきます。

 この際、党派として与党を支持するか野党を支持するかは、問題ではありません。もちろん、現在の与党内部にも「立憲軍」がおられることを私は知っていますし、政権与党時代の民主党における反知性主義と非立憲的な政権運営に対して、かねて私は厳しく批判しています(参照、石川健治「国家・主権・地域――あるいは言葉の信じられない軽さについて」法学教室361号[有斐閣、2010年]6頁以下、同「危機の政府/政府の危機」駒村圭吾・中島徹編『3・11で考える日本社会と国家の現在(別冊法学セミナー/新・総合特集シリーズ1)』[日本評論社、2012年]105頁以下)。

 けれども、いまや与党内外の「立憲軍」は力を失っており、政権をリードするのは、現在の与党において支配的勢力になっている「専制軍」でしょう。こうした情勢下にあって、私も及ばずながら(「マルグレ・モワ」)、後衛の位置に立つことを決意した次第です。

2015年6月6日の東大法学部25番教室

「立憲主義の危機」をテーマにしたシンポジウム=2015年6月6日、東京・本郷の東京大学拡大「立憲主義の危機」をテーマにしたシンポジウム=2015年6月6日、東京・本郷の東京大学

 そういう文脈で、私は、佐々木惣一の「立憲非立憲」に言及いたしました。2015年6月6日に東京大学法学部25番教室で行われた、「立憲デモクラシーの会」のシンポジウムの席上でのことです。

 2日前の6月4日、衆議院憲法審査会において、与党の参考人を含む3人の憲法学者全員が安保法案を違憲だと断定し、政界が激震にさらされた直後のことで、会場は異様な熱気につつまれていました。

 当日講師にお招きしたのは、京都大学法学部で永年活躍され、政府内部で行政改革・司法改革を指導された、憲法学者の佐藤幸治先生。佐々木惣一の孫弟子です。その隣りに座っておられたのは、天皇機関説事件で知られる美濃部達吉の孫弟子にあたる、樋口陽一先生でした。

 樋口先生は、満洲事変の違法性を学問の立場から批判した勇気ある国際法学者・横田喜三郎と、彼を心から応援する当時の学生たちの言葉を、かつて彼らがそこにいた由緒ある教室に甦らせました。その壇上で、佐藤先生は、国家・国民の持続的発展の「土台」として、立憲主義とそれを踏まえた日本国憲法を堅持することの重要性を、諄々と説き示されたのです。あくまで学問的に、広い世界史的な視座に立って。

歴史的光景の中に立ち現れた佐々木惣一

 立憲政治に参加しようとするすべての党派の前提条件が、いまにも掘り崩されようとしている事実の切迫性は、この壇上の構図によく現れていたと思います。そして、この歴史的光景のなかに立ち現われたのが、佐々木惣一であったわけです。今日よりも遥かに困難な土壌において、フラットな立憲主義を確立するために苦闘した佐々木の努力が、活かされるべき瞬間でした。

 席上、私が直接に引用しようとしたのは、(1916年1月17日の大阪朝日新聞掲載の)連載第16回「違憲非立憲」の導入部分です。

1916年1月17日の大阪朝日新聞拡大1916年1月17日の大阪朝日新聞

 「政治はもとより憲法に違反してはならぬ。しかも憲法に違反しないのみをもって、ただちに立憲だとはいえない。立憲的政治家たらんとする者は、実にこの点を注意せねばならぬ。違憲とは憲法に違反することをいうに過ぎないが、非立憲とは立憲主義の精神に違反することをいう。違憲はもとより非立憲であるが、しかしながら、違憲ではなくとも非立憲であるという場合があり得るのである。されば、いやしくも政治家たる者は、違憲と非立憲の区別を心得て、その行動の、ただに違憲たらざるのみならず、非立憲ならざるようにせねばならぬ。かの違憲だ、違憲でないという点のみをもって攻撃し、弁護するが如きは、低級政治家の態度である」

 この一節を読めば、安保論議でよく聞かれた、「集団的自衛権を行使してはいけないなんて、憲法のどこにも書いていないじゃないか」、という主張のむなしさが、よくわかると思います。

 そして、佐々木のこの指摘は、安保法制が「違憲か合憲か」という―それ自体として重要な―〈6月4日の対立軸〉とは別に、それをもたらした現政権のありようが「立憲か非立憲か」という、〈6月6日の対立軸〉があり得ることを、さし示しているでしょう。

 後者の対立軸に沿ってみれば、前回とりあげた憲法53条違反の問題が、安保法制成立過程の延長線上にある、ということがよくおわかりになるはずです。安倍政権のふるまいが、「非立憲」の方向で首尾一貫しているのは、まことに遺憾です。

東京の美濃部達吉、京都の佐々木惣一

 さて、本題に入りましょう。ここでは、少し観点を変えて、日本国憲法13条について、お話したいと思います。その特色を誰よりも深く鋭くえぐりだした、憲法学者・佐々木惣一の解釈論をてがかりにして、現在の憲法問題の核心に迫ってみたいと思います。

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筆者

石川健治

石川健治(いしかわ・けんじ) 東京大学教授(憲法学)

1962年生まれ。東大教授。「立憲デモクラシーの会」呼びかけ人。著書に「自由と特権の距離 カール・シュミット『制度体保障』論・再考」(日本評論社)、編著に「学問/政治/憲法」(岩波書店)など。

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