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注)この立憲デモクラシー講座の原稿は、1月8日に早稲田大学で行われたものをベースに、講演者が加筆修正したものです。

立憲デモクラシーの会ホームページ

http://constitutionaldemocracyjapan.tumblr.com/

 

中野晃一教授拡大中野晃一教授

日韓慰安婦の「合意」は人権侵害

 先ほど日韓の慰安婦の「合意」のお話をしましたけど、あれだけ慰安婦問題で、こじらせた。他人事みたいに言っていますけど、こじらせたのは安倍さんたちじゃないですか。90年代の後半になって、「つくる会」だとか、産経新聞社だとかと一緒になって、「若手議員の会」だといって当時やりだして、日本会議をつくって、やってきているのは安倍さんたちなわけですよね。その安倍さんが今回だって、「妥結した」「合意した」と言って、解決する。不可逆的な最終的な解決をした。慰安婦の方たちに会って、話も聞かないで、何でそんなことができるのか、私にはさっぱりわからないわけですね。だって人権侵害の問題ですよ、これ。

被害当事者なきお詫び

 2007年、安倍さんが前回首相だったときに、アメリカで121号決議というのがあって、マイク・ホンダという日系議員が中心となって、慰安婦問題に関して日本を非難する決議が下院で採択されるという動きが、2007年にあったんですね。その頃に安倍さんはアメリカに行って、当時のジョージ・W・ブッシュ大統領と会っているので、そのときに記者からの質問に答えて、「慰安婦問題についてわびる気はないか?」と言われて、安倍さんはアメリカでは「おわびします」と言っているんですよ。あのときも。2007年も「おわびします」と。

 驚くのは、それを受けてブッシュさんが「おわびは受け止めました」って答えるんですね。はっ? ですよね。あなた、元慰安婦ですか? って。いや、あり得ないじゃないですか。だってほかの人が人権侵害を受けていて、それに対してのおわびが本人がいないところでされて、「受け止めました」って答えがあるかっていう話なんですね。どっちもすごく頭が弱いなと思うんですけど、ただそういうレベルの話なんですよ。

 今回の日韓基本「合意」だって、結局、被害者の方たちが怒っていますよね。当たり前じゃないですか。だってまるで金で、「10億円出すから少女像を撤去しろ」とかいう話になっていて。要は「また金で買えるんだ。お前ら」と言っているわけでしょう。そういうふうに受け止めますよね。だって本人たちの話を聞かないで、その人たちに向かって、向き合って謝罪をしないで、人権侵害の大きな問題が解決するわけないじゃないですか。

アメリカに従った日韓「合意」

 ところが、ここも寡頭支配なわけです。韓国政府だって、パク大統領ですよ。グローバルな寡頭支配に一体ですよ。元パク大統領の娘さんですからね。だから世襲議員だ、財閥の支配だっていうのは、もう全部どこでもそうなわけです。それは、金正恩(キムジョンウン)さんの北朝鮮だってそうだし。中国の習近平さんだってそうですよ。体制を問わずそういう状況がいまできてきている。その中で当事者不在、国民不在、民衆不在で勝手に決めていく。

 何でそこまでやるかって、それはアメリカが「やれ」って言っているからです。アメリカにとって、日韓関係が進まないというのは困るわけです。安保ムラにとって次の課題はそこだったわけです。アメリカと日本は軍事同盟があると。そして韓国とアメリカも軍事同盟があると。ただ日韓の関係がうまくいかないから協力ができていないと。それが彼らの問題意識なわけです。慰安婦問題が最大の問題だと。これで解決したと言うことによって、軍事同盟が事実上の三国同盟みたいな形でどんどん準同盟的な関係がつくれるということを期待しているわけですね。だからアメリカは熱心になって、これをやれと言っていたということになってくるわけです。だからこれ見て、「ああ、よかった、よかった」って思ってちゃまずいわけですね。そういう事態じゃないわけです。ということで、集団的自衛権、TPPにしても安倍談話にしても、そうやって全部つながっているんだということを指摘させていただきたいと思います。

報道の自由、学問の自由、そして公共空間の危機

講演する中野晃一教授拡大講演する中野晃一教授
 その中で、当然のことながら、日本の中においてもそうですけれども、報道の自由、学問の自由、公共空間が危機にさらされるという状況ができてきている。しかしながら、もうちょっとポジティブな話に移っていきますと、新しい市民運動のめばえというのがその一方で起きてきています。「立憲デモクラシー対」というふうに書きましたけれども、立憲デモクラシーとは何ぞやと言ったら、それは国会前に集まった人たちですよ。今日ここに来ている人たちなんです。それ以外何ものでもないんですね。

 結局どういうことかというと、憲法というのは奇妙な法律で、罰がないわけです。だから前回の臨時国会にしてみても、憲法違反で開催しなかったわけですよね。開催しなきゃいけない。だけど罰、処罰があり様がないわけです。だから開き直って、何度でも憲法違反するわけじゃないですか。じゃあ憲法に規範性を持たせるにはどうするかって、それは我々が持たせるしかないわけです。我々が立ち上がるしかないわけです。

憲法学者たちも国会前に

 立憲デモクラシーの会という形で、我々も活動してきて、その思いでやってきました。けれど、去年の6月4日ですか。憲法学者の小林節さんであるとか、長谷部恭男さんなどが違憲の発言をして、そこからさらに、総がかり行動の木曜日のデモ、あるいはSEALDsの金曜のデモ、ああいう場をつくってくれたことによって、多くの人々が国会前に出てくるようになった。我々、立憲デモクラシーの会もずっとシンポジウムとかやってきましたけれども、本当に高踏派と言いますか、知的レベルの高い方たちがいっぱいで、私はわりと居心地が悪い会なんですけれども(笑)。

 学者の会のほうが、ただはしゃいでいるだけだからやりやすいっていうのがあるんですが。まあそれはともかくとして、立憲デモクラシーの会というのはそういうところだったけれども、最終盤においては国会前に行った。議員会館の前で急きょシンポジウムを開くようになった。憲法学者の長谷部恭男さんであるとか、石川健治さんとかが、トラメガを持って演説するなんてだれも思わなかったですよ。

立憲デモクラシーを支えるのは我々

 私は、憲法学者の方たちと今回初めておつき合いするようになって、やっぱり難しいことを考えている人たちだなと思うんですけれども、その彼らがですね、皆さんたちの姿で力をもらっているんですよ。変わってくるんですよ。それがすごいなと思ったんです。本当に。彼らが生涯をかけて図書館にこもって、研究室にこもって学問を追求してきた。その憲法が、こんなあり得ない話になっている。真理、学問に対する冒涜としか言い様がない。白を黒と言うようなことを政府がやっている。そういう状況によって、思わず声を上げざるを得なくなって、勇気を振り絞って外に出てきたら、こんなに普通の人たちが立ち上がっている姿を見て、びっくりしているんだと思うんですよね。で、そういう状況にいま来ているということ。まさにやっぱりそれは立憲デモクラシーを支えるというのは、普通の人たち以外の何ものでもないわけです。もちろん学者として我々のできることはやろうっていうのはあるんですけれども、最終的にはそこで闘っていく以外にないんだと。

沖縄がお手本

 「デモをやって何になるんだ」とか、「集会開いてどうなるんだ」とか、「選挙でどうせまた負ける」とかって言う人がいますけども、それはやってみなきゃわかんない。負けるんだったら負けない、勝つようになるまで繰り返すしかないわけですね。我々は主権者であることをあきらめるわけにはいかないし。じゃあグローバルな寡頭支配に席巻されて、このままお手上げでいいんですか? って、そういうことにはやっぱりならないじゃないですか。

 ある意味、我々の先輩というか、我々が向かっている方向は正直言って、沖縄の人たちだと思うんですよね。あそこでは、すでにはるか前からそういったような蹂躙がなされてきている。その我々は、昔は沖縄を本土並みに返還しようと言っていたわけですけど、いまは本土が沖縄並みになってきているわけです。そういう方向に向かっていっている。寡頭支配によって、日米安保ムラのいいように、どんどん政治システムが、経済が変わっていっている。それに対して我々は、名もなければ力もない人間かもしれないけれども、つながって、頑張って運動をつくっていく以外にない。そういう状況にあるんだと思うんですね。

脱原発運動がきっかけに

 やっぱり大きなきっかけは、日本の場合には脱原発の運動だと思うんです。原発事故が起きたことによって、それまで運動、抗議行動ということであれば、少数派が踏みにじられて怒りの声を上げるだけで精一杯だというところが、やっぱりあったと思うんです。声を上げることに意味がある。

 慰安婦の方たちもそうですけれども、大変な目にあっている、差別にあっている。人権を蹂躙されたということだと、そこから声を上げることができるようになるだけ、それだけで大変なことなわけです。労働運動にしても何でもそうだと思うんですが、そういう中でやってきたわけですね。しかしながら残念なことに、そういう少数派の運動というのは、怒りをもとにして声を上げるということに価値があるがために、大多数の人たちからとってみると、自分も糾弾されているような気持ちになることって、やっぱり少なくないわけですね。だから大きく広げるということが非常に難しいわけですよ。特に日本みたいに抗議行動というものに、大きなスティグマが与えられて、「あれは危ない人たち、怖い人たちがやるものだ」というようなキャンペーンが、もう何十年にもわたって行われてきているところだと非常に難しい。

 ところが原発事故において、東電福島第1原発の事故において、大多数の人たちまでが危ない状況に置かれていった。そして、いままでお任せしておけばいいと思っていた政府だとか、メディアがあてにならないことがわかってしまった。多くの人たちが声を上げるようになったということで、運動の質が変わってきているわけですね。

触媒・起爆剤としてのSEALDs

 典型的な例で、一番はっきり現れているのは、やっぱりSEALDsだと思うんです。どういうことかと言うと、「我々は主権者だから声を上げているんだ」と。そして「あなたたちも声を上げましょう」ということを言うわけですね。だからメッセージをどう伝えるか。どうやって広げるか、ということに対して、これまでにないほど関心が移ってきているということ。その上では、もう大多数ということになってくる。だって他者性、異なる人たちがいるということを受け入れざるを得ないので、 ・・・続きを読む
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筆者

中野晃一

中野晃一(なかの・こういち) 上智大学国際教養学部教授・政治学(日本政治、比較政治、政治思想)

東京大学(哲学)および英国オックスフォード大学(哲学・政治学)の両校を卒業ののち、米国プリンストン大学にて政治学の修士号および博士号を取得。主著『右傾化する日本政治』(岩波新書)、『戦後日本の国家保守主義―内務・自治官僚の軌跡』(岩波書店)、共著に『いまこそ民主主義の再生を!新しい政治参加への希望』(岩波ブックレット)、『ヤスクニとむきあう』(めこん)など、日本再建イニシアティブ著『民主党政権失敗の検証 日本政治は何を活かすか』(中公新書)および『「戦後保守」は終わったのか 自民党政治の危機』(角川新書)でプロジェクト座長。

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