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「安倍首相は現実主義者だ」(下)

古谷経衝氏に聞くー憲法改正、日本の大衆とメディアについて

川本裕司 朝日新聞記者

 特定秘密保護法や安保法制など、国論が分かれる政策を進めながら、底堅い支持率を維持している第2次安倍政権。ネット右翼などに詳しい著述家の古谷経衡氏に、安倍首相の実像や日本の大衆について持論を語ってもらった(聞き手は川本裕司・朝日新聞記者)。

古谷経衡 ふるや・つねひら 1982年、札幌市まれ。立命館大卒。インターネットや歴史、社会、若者などについて執筆。TOKOYOFM「タイムライン」パーソナリティー。著書に「右翼も左翼もウソばかり」(新潮新書)、「ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったのか」(コア新書)など多数。

聞き手:川本裕司 かわもと・ひろし 1959年生まれ。学芸部、社会部、編集委員などを経て、オピニオン編集部。

「70年談話は無難なところが良い」

古谷経衡さん拡大古谷経衡さん

――歴代の自民党政権でも右寄りと見られた安倍首相が昨年8月に発表した「戦後70年談話」に、首相支持層の受け止め方はどうだったのでしょうか。

 「私自身、70年談話は無難なところが良いと思います。穏健な自民支持層の多くも肯定的な反応だったと思います。『美しい国』をキャッチフレーズに教育基本法の改正などに踏み切った第1次政権みたいなものを期待していた、「最も右側」の人たちから見れば、日和っていると映ったでしょう。しかし一方で、安倍首相はもっと踏み込みたかったが、周りが良くないという『君側の奸』論がありました。『自民党と連立する公明党が諸悪の根源であるので、自分たちと組むべきだ』と主張していた次世代の党に近い考え方です。これはトンデモです。私の安倍首相観は、中道右派や中道左派をもがちっと固めている現実主義的な判断をする政治家(リアリスト)というものです。彼の著作の中にはロマン主義的な世界観も見え隠れしますが、少なくとも現実の政治の世界でそのように演出してという点では評価できましょう。ネット右翼のヘイトスピーチについても、安倍首相は突き放しています。リアルに物事を見ているのです」

――高い評価はずっと変わっていないものなのですか。

 「私自身は、第1次政権が発足したときは期待めいたものがありました。小泉政権のときに北朝鮮の拉致問題をあれだけやったあと、憲法改正を前面に掲げていて、小泉構造改革路線を継承すると思われていたからです。しかし、第2次政権ができたときは本当に長期政権として安定するかどうか、第1次政権の時の唐突な辞任の記憶もあり、懐疑的でした。ただ、3年たっても無難にやっている。今年で4年目ですが、まだ続くでしょう」

沖縄への対応は無慈悲だ

 「しかし、沖縄の辺野古問題への対応は無慈悲と感じますね。沖縄選挙区は前回選挙でも自民党が衆院の議席を取れなかったところですから、そういった地域はどうでもいいのか、というような印象を受けます。安倍首相は保守を掲げ、愛国者である、愛国心が重要であると言っているわけですから、沖縄戦をどのように考えるのか。『沖縄県民斯ク戦ヘリ、県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ』の大田実中将の電文をどう捉えるのか。本土の人間は、沖縄県に『本土決戦の先駆けと言っておきながら、本土だけ一億特攻しなくて申し訳ありませんでした』と謝罪しなければならない。国のために前線でアメリカ軍と戦って頂いた、護国精神を貫徹した沖縄県民に対して、それが本当の愛国者、保守としての姿勢ではないですか。この点に関しては、現政権は全然愛国的ではない。ここは私は従前から批判しております」

 「また、政権が進める原発再稼働には反対です。原発は事故を起こすと、取り返しのつかない国土の汚染を招来します。国土が放射能に没すれば、電気代が高いだの低いだのという問題は刹那的な事項でしかなく、天文学的な数字で国益を損ねます。国家百年の計のためにも、原発は日本の安保上のアキレスとなっているため、必要ありません。よって政権が進める原発再稼働の方針には承服できません。よく保守派が言う“核武装論"ですが、日本の商用原発は軽水炉のために核武装とは無関係で、原発維持の理由にはなりません。安倍政権の経済政策は概ね評価しますが、個別事例は是々非々で見ています」

9条改憲の理論的正当性は失われた

――憲法改正への姿勢はどう見ていますか。

 「第2次政権では、改憲に対し、戦略的、戦術的に取り組んでいると思います。私の考えでは、戦力を否定しながら自衛隊をもつ現状を考えれば憲法9条2項は、戦後日本の巨大な矛盾です。自民党の改憲草案などのように、自衛隊を国防軍にして軍法会議を設置し、条文の解釈の余地なしにすべきだと思います。いまの方が、解釈の余地があるために何でもできる恐れがあると思うのです」

 「ただ、今年夏の参院選で改憲勢力が大幅に議席を増やして3分の2に達するのはやや難しいと思います。仮に憲法改正の発議があっても、国民投票で9条改憲が過半を制するのかは微妙な情勢と思います。なぜなら先般の集団的自衛権解釈変更と安保法制で、9条改憲の理論的正当性が失われたからです。つまり、『現行憲法で集団的自衛権行使と安保法制が出来るのなら、わざわざ憲法を改正しなくても良いのではないか』というふうに国民世論から判断したわけです」

 「その影響で、実際に世論調査では改憲機運が低下しています。集団的自衛権行使容認と安保法制で、9条改憲はむしろ遠のいたと見るべきでしょう。一方、9条に関与しない改憲発議(緊急事態条項など)ならあるいは通るかもしれませんが、かつてほどの国民的熱量は感じられません。ちなみに私自身は、小さい頃から架空戦記が好きな戦史ファンで、高校1年のときに小林よしのりの『戦争論』の薫陶をもろに受けた世代です。父親は公務員で護憲派のリベラルでしたが、私の青春時代は他の同級生がそうだったように小林の影響で“自虐史観の更生"という“新しい"歴史観が支配的でした。この影響がいまもどの程度残っているかはわかりませんが、私自身は9条2項の改正には賛成の立場です」

「戦争法案」阻止のやり方は疑問

――政権に反対する勢力は安保法制について「戦争法案」と名づけて批判しましたが。

 「いわゆる『戦争法案』阻止のやり方には少々疑問を感じます。安保法制の存立危機事態の定義については厳しいしばりがついています。赤紙が来るようになるとか、徴兵制になるとか、現実からかけ離れた想定をした批判は稚拙に過ぎ、滑稽にも映りました。戦争といっても、もはや総力戦の時代は終わりました。現代戦の主役はドローン(無人機)とサイバー空間です。いまだにリベラルの戦争観が三八式歩兵銃に銃剣を付けて突撃、という第2次大戦のイメージに固着しています。自衛隊の護衛艦を見て空母だと批判したり、総合火力演習を見て軍国主義の再来だと言ったり、侵略の準備であると口角泡を飛ばすが、まるで艦隊決戦時代の思想から抜け出していない。自衛隊のDDHは甲板に耐熱処理を施していないので固定翼機の離着陸はできません。なのに空母などという。海軍中将の小沢治三郎のアウトレンジ戦法が現在でもあると思っているかのようです。とにかく、戦争や軍事に対する発想が貧困です。まあしかし人々は直近の戦争に影響を受けるとはよく言ったものですが、日本にとって最後の戦争とはあの日米戦争だったのですから、これは仕方がないのかもしれません」

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筆者

川本裕司

川本裕司(かわもと・ひろし) 朝日新聞記者

1959年生まれ。81年入社。学芸部、社会部などを経て、2006年から放送、通信、新聞などメディアを担当する編集委員。10年、論説委員兼務。15年3月からオピニオン編集部。著書に『ニューメディア「誤算」の構造』。共著に『テレビ・ジャーナリズムの現在』『被告席のメディア』『新聞をひらく』。