礒崎陽輔・自民党憲法改正推進本部副本部長 VS 木村草太・首都大学東京教授
2016年05月08日
大規模な自然災害やテロなど、非常時における政府の権限を定める「緊急事態条項」を新たに憲法に盛り込むべきかどうかが、改憲論議の焦点として浮上している。
安倍晋三首相はこの条項の新設に意欲的だが、「実態は『内閣独裁権条項』ではないか」など様々な批判も出ている。憲法改正草案にこの条項を盛り込んでいる自民党の憲法改正推進本部副本部長で参議院議員の礒崎陽輔氏と、憲法学者で首都大学東京教授の木村草太氏が徹底討論した。(司会は松本一弥・朝日新聞WEBRONZA編集長)
礒崎陽輔 1957年生まれ。東京大学法学部卒。旧自治省に入省後は静岡県市町村課長、堺市財政局長、内閣参事官、総務省国際室長などを経て、総務省大臣官房参事官を最後に退職。自民党では憲法改正草案の草案作りに携わってきた。前首相補佐官。主な著書に「国民保護法の読み方」(時事通信社)、「武力攻撃事態対処法の読み方」(ぎょうせい)などがある。
木村草太 1980年生まれ。東京大学法学部卒。同助手を経て現職。主な著書に「平等なき平等条項論」(東京大学出版会)、「憲法の急所」(羽鳥書店)、「キヨミズ准教授の法学入門」(星海社新書)、「憲法の創造力」(NHK出版新書)、「テレビが伝えない憲法の話」(PHP新書)、「集団的自衛権はなぜ違憲なのか」(晶文社)などがある。
――自民党憲法改正草案の第9章「緊急事態」(緊急事態の宣言)98条1項には、緊急事態の類型が三つ示されています。「我が国に対する外部からの武力攻撃」、「内乱等による社会秩序の混乱」、「地震等による大規模な自然災害」です。
自民党では最近、「外部からの武力攻撃」や「内乱等」といった緊急事態全般から、特に大災害時の国会議員の任期延長問題を切り離し、「大規模な自然災害」に絞った緊急事態条項を協議して憲法改正の入り口にしようという動きが出ています。「衆院解散時に、南海トラフ地震や首都直下地震などが起きれば衆院小選挙区で多数の議員の選出が不可能になる」などという主張ですが、どう考えますか。
礒崎 最初に前提条件を申し上げたいのですが、自民党の憲法改正草案は「自民党が掲げる憲法改正の全体像がわからない」という御要望に応えて平成17(2005)年と24(2012)年に策定したものであり、あくまで「自民党としての目標」を示したものです。ですから、その中で具体的にどの部分を憲法改正手続きにのせるかということを、自民党として決めたことはありません。
その上で、国会議員の任期についての御質問がありましたが、2011年の東日本大震災の年はたまたま国会議員の選挙はなかったのですが、地方選挙はたくさんありました。状況は市町村によって違いましたが「選挙をするような状況ではない」ということで、選挙を数カ月間延期せざるをえないということがありました。もしあの時、3月とか4月に国会議員の選挙があったとしたら大変なことになっていたわけです。
地方公共団体の選挙は法律で決まっていますから、法律の例外は法律で規定できるのですが、国会議員の任期は憲法で決まっていますから、その例外はやはり憲法で規定しなければならないので、草案の中に国会議員の任期の延長ができるという特例を設けたのです(99条4項)。また、緊急事態の宣言が発せられている間は衆議院の解散はしないという規定も設けました(同)。
自民党の「日本国憲法改正草案」 第九章 緊急事態(緊急事態の宣言)
第98条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。
99条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特定を設けることができる。
木村 自民党の提案の趣旨はわからないわけではないですが、具体的な条文の作り方についてはこのままでは問題がありすぎてかなり難しいと思います。
最初に純粋に条文の読み方をまず教えていただきたいと思うんですが、改正草案の99条4項には「緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより(中略)両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる」と書かれています。これは、具体的にどういうふうに任期を延長するかについては、緊急事態が起きる前に作る法律であらかじめ調整しておく、という趣旨の規定なのでしょうか?
礒崎 先ほどもいいましたように、今これが自民党の案として確定しているわけではないのですが、意図しているところは、東日本大震災の時も市町村によって状況は様々だったわけですから、大枠のところはあらかじめ法律で定めることもできるかもしれませんが、国会議員の任期を具体的にどれぐらい延長するかといった細かなことは緊急事態になってから考えるという想定です。
木村 しかし、それこそ個別の事態に応じて、任期を3日延ばせばいいだけの時もあれば、半年延長しなければならない場合もあります。こういう規定を入れることはできると思いますし、入れておくという点についてはそれなりに合理的だとは私も思いますが、仮に入れたとしても、「任期を3カ月延ばせる」と書いたらその3カ月後にまた地震が起きるということが理論的にはありえます。こういうことを細かく書いていくと際限がなくなってしまう気がするわけです。
そうすると、こういう細かい状況を書き入れなくても、今の「一票の格差」問題のように、違憲状態ではあるけれども選挙自体は無効とはいえないというような処理もできるはずで、こうした条項をあえて入れなくても処理ができる可能性もあると思いますが。自民党としては、これはやっぱりしっかりと入れた方がよかろうということなのですか?
礒崎 はい。衆議院議員の任期は4年、参議院議員は6年と憲法に規定しています。それを延長するには法律ではできないと考えています。
木村 任期を延ばす場合に、「議員が居座ってしまう」というような事態も想定されます。要は、権力を委ねたままにしておくような事態が起こらないような「歯止め」がどうしても必要だと思うのですが、これについてはどういう制度をお考えですか?
礒崎 そのへんは議論の余地があると思いますが、憲法改正と同時に緊急事態対処法のようなものを作ってその中で一定の歯止めをかけていくという方法もあるでしょうし、「いや、やはり法律ではだめだ」というのであれば憲法の中に歯止めを規定するという方法もあると思います。歯止めを置くことは差し支えありません。
木村 法律に全部丸投げしてしまうというのは私は危険で、憲法上の歯止めが必要だと思います。例えば裁判所がコントロールするというやり方もあってしかるべきだと思います。そういうことはまったく否定はしていないということでしょうか?
礒崎 先ほどもいいましたように、草案は、自民党の憲法改正案として確定しているわけではなく、あくまで自民党が野党時代に、もう4年も前に自民党の党内議論を経て作ったものです。個々の法制的な問題は今からみなさんの御指導をいただきながら、いくらでも、もっと良いものにするという作業は当然行っていった方がいいと思いますね。
木村 この問題でもう一つ指摘しておきたいのですが、議員の任期延長問題は「緊急事態の宣言」と連動をしている形になっているわけです。でも、緊急事態で選挙ができる、できないということと、この条項が想定しているような、例えば外部から武力攻撃を受けたとか、内乱等によって社会秩序が混乱したなどとして出されるいわゆる「緊急事態宣言」というのは、必ずしもリンクしない可能性もあると思っているんですね。
礒崎 ええ。それはおっしゃる通りです。
木村 なので、議員の任期問題自体を、別の「立て付け」というか、任期を書くところに「ただし書き」のような形でつけた方が、つまり問題ごとに区分けした方がいいのではないかという気がします。
礒崎 はい、そういうこともできるでしょうが、これはあくまで「(~が)できる」規定ですからね。緊急事態だったら衆議院は解散しない、というのはそう規定しましたが、国会議員の任期を延長する方はあくまで「できる」規定ですから、延ばしてもいいし、延ばさなくてもいい。その時の判断ということですね。
木村 それからこの緊急事態条項というのはどういうところから出て来たアイデアなのかということもうかがいたいんです。もともと問題はずっと認識されていたということなんですか?
礒崎 それは東日本大震災の時ですよね。市町村議会議員の選挙を延長しましたから。あの年はたまたま国会議員の選挙は衆参ともに予定されていなかったわけですが、先ほどもいったように、東日本大震災が3月11日に起きて、3月とか4月に国会議員の選挙があれば大変なことになっていました。選挙をやれるような状態であればいいのですけれども、やれないような状態だった場合にどうするのか。緊急事態条項は、外部からの武力攻撃も想定している条文ですから、「本当にその時に選挙をやれるのか」という話になります。まさに東日本大震災の経験から必要だと判断したものです。実際に市町村議会議員については、任期の延長を行ったということを御理解いただきたいのです。
――次に、東日本大震災のような大災害が将来起きたと仮定した場合、現行の法制ではなぜ不十分だと考えるのかという点を議論したいと思います。現状でも、例えば災害対策基本法では、首相が閣議にかけた上で「災害緊急事態」を布告すれば、「供給が特に不足している生活必需品の統制」などができます。緊急事態に対処するために新たな法律が必要となった場合は、内閣が国会を召集して法案を提出して国会が議決をすればいいし、衆議院が解散中だとしても、参議院の緊急集会が国会の権限を代行できます。
礒崎 現行の法体制だと何ができないかというのは、例えば今回の東日本大震災でも、国民保護法という法律はあったのですが、これは有事のときだけに適用されるのですね。「もしこの法律が東日本大震災でも適用できたらより良かった」といった意見がありました。それはどういうことかというと、例えば都道府県の区域を越えて避難する時に、都道府県知事の協力であるとか、市町村の協力であるとか、そんなことを国民保護法には全部規定しているのです。
国民の協力は、国民保護法には5項目入っています。「住民の避難に関する平時の訓練への参加」(42条)、「避難住民の誘導への協力」(70条)、「救援への協力」(80条)、「消火、負傷者の搬送等への協力」(115条)、そして「保健衛生の確保への協力」(123条)です。
「有事に『協力』を求める、というだけで本当に国民を守れるのか?」という議論もありましたが、国民保護法を作った当時は、現行憲法の下で有事の際に国民に指示をして何か具体的に仕事をしてもらうというのはやはり無理だろうと判断し、「国民の協力」にとどめました。
その後東日本大震災を経験したこともあり、今回は本人を含めてまわりの国民を守るためにはやはり「一定の協力をしていただかなければならない」と考え、そのためにも、ぜひとも憲法上に根拠を置くことが必要だと判断して99条3項(「緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない」)を設けました。
他国の憲法では例えば緊急事態において「集会を禁止する」というような規定もあるのですが、そんなことはまったく考えておりません。あくまで今いったように「避難をするので少し手伝って下さい」とか、「保健衛生上の処理を手伝って下さい」とか、そういう手伝いを、単に「協力」ではなく「お願いします。やって下さい」という形に置き換えたということなのです。またその場合であっても、憲法の人権の規定は最大限配慮しなければならない、という規定も置きました。
木村 「協力」と「指示」についてですが、指示については罰則等の強制力を伴うイメージをお持ちなのでしょうか?
礒崎 今までは国民に対して「指示」はできなかったですよね。現行法は従う義務のない、強制力のない「協力」にとどまっているので、罰則を設けようということではなく、それを従う義務のある「指示」にまで引き上げるということがポイントです。
木村 憲法上、どういう議論がなされてそうなったのですか?
礒崎 やはり「指示」といった場合、公権力が国民に対し、義務のないことを行わせるのは無理だという根本的な議論がありました。憲法上の根拠がなかったらそれは無理だろうという解釈をしたのです。
木村 指示をすることによって国民の自由権が制約されるわけですよね?
礒崎 そういうことになるのかもしれません。
木村 自由権の制約といっても、合理的な理由とか公共の福祉といった理由があれば自由権の制約も一定程度可能なわけですが、そのハードルを越えられないのではないかという議論があったということなのですか?
礒崎 そうですね、避難の指示であればその人そのものの法益を守るためですから、これはできるだろうと考えました。しかし、ほかの人の避難の誘導を援助するような公共的な話になってくると現行法制のままでは少し無理があると判断しました。
木村 ええ、現行法制のまま「指示」を入れようとすると、現行憲法18条の「意に反する苦役」の「苦役」にあたることになると思います。
現行憲法18条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
一定の場合の、いわば「労働強制」のようなものについてはこの憲法18条で絶対的に禁止されているので、それを解除するのがこの自民党憲法改正草案の99条3項の意図だということですか?
礒崎 法制的にはそういうことかもしれません。
木村 そういうことかもしれない……。義務を発生させるようなものを作りたいから、でも現行憲法では違憲になるということでこの条項が提案されたという理解でよろしいですね?
礒崎 それは、その通りです。
木村 少なくとも、現行憲法下のままで義務を発生させるようなものを新たに付け加えると違憲になるので、こうした改憲が提案されるという筋道に自民党は立っていると思うんですけれども、そうすると当然、特に現行憲法18条の「苦役を強制されない自由」というのは国民の重要な権利とされていますから、その例外を認める場合には、しっかりとした歯止めがかかるよう、やはりかなり明確に書かなければならないのだろうというふうに思います。
その場合、どういう水準であれば「指示」を出すことが必要になるのですか? つまり、避難をするということがあったとしても、その避難に協力を求めるという時に、起きている事態によっては別にその協力がなくても大丈夫だという時にも無理やり協力させるという場合と、本当にその協力がないと人が多数死んでしまうという状況はだいぶ違うと思うのですが。
礒崎 はい。避難に限定する方がわかりやすいと思いますから避難のことを申し上げると、避難は大人数で行うのですが、避難には誘導が必要です。誘導といっても公務員の数は非常に限られており、公務員だけでは十分に誘導できないから、もう少し気の利いた人とか元気な人に誘導を手伝ってもらうということがあるわけです。
その場合は義務を課すわけだから、避難の指示でそこまで命令するのは無理だろうと考えました。だから、あくまでそういう手伝いをしてもらうようなことに対して、国民保護法を作る時にやはり「国民の協力」でなければ難しいという判断をしました。しかし、そういう場合でも指示をして義務を課す方が、ひいては公共全体の利益になるのだという考え方に立って、指示できる仕組みが必要だという判断をしたのです。
木村 「誘導を手伝ってくれ」といわれれば、ボランティアで協力してくれる市民の方がふつうはけっこうたくさん出てくるわけで、そこに強制力、義務を伴う指示を入れなくてはいけないという理由がいま一つわからないんです。
礒崎 ふつうの災害であればそうかもしれませんが、国民保護法は武力攻撃事態を想定していますからね。自発的にやってくれるかどうかは、問題だと考えています。
木村 逆にいうと、自発的にはやってくれない状況の中で義務を課すというのは、これはどうなんでしょうか? 人権を制約するものとして人権上の問題は起きないのでしょうか?
礒崎 その場合は、先生が18条の「苦役」に当たるとおっしゃったので、それがもし「苦役」ということであれば、人権上は働く義務がないのに働いてもらうことになるので、憲法上の根拠が必要であると考えたのです。
木村 しかも自発的には協力できないということは、その方々が、それに協力することがかなり生命の危機に瀕するような状況に置かれるということが想定されますよね?
礒崎 危機に瀕することはさせてはならないと国民保護法にも規定しています。協力者の安全の確保をしなければいけないという規定がありますから、そこまでのことは考えていません。危ないことではないけれども、いわゆる公共全体のために国民に働いてもらうことは、現行憲法ではできないという判断をしたわけです。
木村 ちょっと別の論点からアプローチしてみたいのです。いわゆる裁判員制度について、「あれも苦役じゃないか」という議論もあるわけですけれども、裁判員になってもらうという点で一定の労働を国民に強要してはいるわけですが、礒崎さんは、あの裁判員制度が合憲であるという理由はなぜだとお考えですか?
礒崎 それは私に聞かれてもわからないことですね。
木村 つまりですね。あの裁判員制度が合憲であれば、その程度の「指示」が違憲になるという理屈は成り立たないと思うんですけれども。
礒崎 裁判員制度は正当な理由があれば拒否できますよね。学生で勉強をしなければならないとか、公務員であるとか。
木村 ええ。でもたぶん今お話になっている「指示」もそうですよね?
礒崎 国会議員であるというのも拒否理由になるはずです。私は裁判員制度の専門家ではないですから、そこはよくわかりません。
木村 どうも、その現行憲法上問題があるようなことなのかどうかということについては、一般的な裁判所の判決などを見ていても、礒崎さんが御指摘になっている程度のことは、これはやはり法律でできるはずだと思うんですね。
礒崎 ちょっといつもと立場が逆のような気もしますけどね(苦笑)。私の説明が下手なのかもしれませんけれども、国民保護法を作る時に、そこは大議論したのです。やはり現行法下では国民に「指示」まではできないので、「協力」にとどめようということになりました。
国民保護法の最初に「協力」に関する一般条項がありますが、それは民主党の修正意見を採用し、強制にあたることはあってはならないという趣旨を規定しました。「協力」にもかかわらず、そういう条文を後から挿入しました(「第4条 2 前項の協力は国民の自発的な意思にゆだねられるものであって、その要請に当たって強制にわたることがあってはならない」)。そこは非常に気をつかった所なのです、やはり有事に関わることですからね。
木村 そうすると条文の作り方の問題がいろいろ出てきます。
自民党憲法改正草案の99条3項の内容だけだと、指示を、強制力のあるものとして、人権を制約しても問題がないんだという条文の作り方になっているわけです。少なくとも憲法解釈の基本通りに読んでいくとそういうふうになっている。
国民に指示をする場合には「この範囲にとどめなければいけない」というようなことをいろいろ書いておかないと、やはり警戒心ばかりが生まれてしまいますし、実際、99条3項はこのまま作ったらこれはやっぱり人権制限に歯止めがきかなくなる、ということは指摘しておきたいと思います。
礒崎 歯止めの問題ですね。それはありがたいご指摘だと思います。
木村 この緊急事態条項に限らず、ほかの条項でもそうなのですが、自民党改憲草案にはそうした歯止めの問題意識というものが非常に弱いというか、非常に不注意な感じがして、それゆえに誤解も生まれたり、あるいは無用な批判、あつれきも生まれていると思うんですけれども、こうした、歯止めをかけようという問題意識は草案を作る時にあまりなかったのですか?
礒崎 もちろんなかったわけではありません。他国の憲法を見ますと緊急事態において集会を禁止することができるというようなものもあります。そういうのと比べますと、はるかに抑制的な内容になっており、条文自体にも「指示」を行う場合であっても基本的人権を最大限尊重しなければならないことを規定しています。
――自民党憲法改正草案は、条文を読むと「法律の定める(ところにより)」という文言が非常に多いですね。98、99条の中だけで8カ所あります。つまりかなりの部分が「法律の定める」という文言、法律への委任に依拠していて、とはいえその法律の原案、全体像は示されていません。そのあたりのこともあって憲法学者などの批判を招いているのではないでしょうか?
礒崎 今二つのことを指摘されました。自民党憲法改正草案の98条、99条を通じて「法律の定める」という文言が多すぎるというご指摘については、憲法改正に賛成する学者からも頂いておりますから、それは確かに御指摘を踏まえて考え直さなければならないと思っています。
もう一点、法律の中身を示さなければならないというのは、これまで申し上げている通り、今のものはあくまで憲法改正草案であって自民党の大きな目標を示したものにすぎません。「これを今から国会に提出する」といっている段階ならそういうご指摘も受けてしかるべきだと思いますが、今の段階で法律の全体像が見えないという言い方は、それはちょっとないだろうと思います。
「法律の定める(ところにより)」というのは、これから作る法律で何でも自由に規定するという意味ではなくて、その法律で具体的に規定するからそこは限定的なのである、という意味で規定したものです。制約をかけるつもりで法律委任を規定したのですが、そうは意味が取りにくいというご指摘もあるものですから、少し考え直したいと思います。
木村 礒崎さんが考えるようなそうした意図があまり伝わっていない、ということなんですか?
礒崎 そうですね。だからおっしゃっていることはよくわかりますので、もう少し限定的に書いた方がいいというのは、大事なご示唆だと思いますので、それは考えていきたいと思います。
木村 繰り返しになりますが、99条3項で想定しているのは、大幅な人権制約というよりは避難の指示とか、協力の指示といったような程度のことなのだということですか?
礒崎 そうです。緊急時の仕事を手伝ってもらうようなイメージを持っています。
木村 それは今の松本さんの指摘ともかかわるかと思うんですが、「こういうことをやるんだ」という細かいことを具体的に定めた法律の提案を示して、それが現行憲法では違憲になるからこういう新たな憲法案で正当化するんだ、という順番で示していただいた方が、おそらくは警戒心というか、余計な論点を生まないと思います。
礒崎 ですから、現実の憲法改正手続きに入ったのであればそうさせていただきます。もう一度申し上げますが、何を憲法改正するかということは自民党としてはまだ何も決めていないのであって、今の自民党の憲法改正草案というのは憲法改正案ではありません。これを正式な憲法改正案にする時には、今御指摘いただいたことを踏まえたいと思います。
木村 次に、99条の「内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができる」という内容についてですが、これは条文の読み方自体がよくわからないところがあります。まず論理的にどういうことをいっているのかがよくわからない。これは、法律の委任に基づいて、その範囲で政令が制定できるという意味なんですか?
礒崎 ここは、誤解が多い部分ですね。まず、現行法制から説明しますと、このような法律と同一の効力を有する政令のことを「緊急政令」と呼んでいます。現在、緊急政令は、災害対策基本法、国民保護法、新型インフルエンザ等対策特別措置法の中に全部で5条あります。緊急政令については、国会の閉会中、法律の定める特定の項目について法律と同一の効力等を有する政令を制定することができる、ということがすでに現行法に規定されています。
現行法でもできることだから憲法に新たな条文は要らないのではないかという議論ももちろんありますが、法律の要件が少し違ってくるのと、なるべく憲法上に根拠があった方がいいのではないかということで規定を置きました。
これでもちろん何でもできるわけではなくて、特定のもの、今だいたい二つありまして、一つはモラトリアム、一時的に借金を返さなくて済むようにする措置と、外国からの援助の受け入れに伴う特例措置、この二つがだいたい定番ですが、そのほかに物価の統制というものがあります。こうしたものは、特例措置を実施するために、緊急事態が発生した後に法律を作っていると間に合わないので、その場合は政令で暫定的な定めをすることができるという仕組みをとっているのです。
ただし、現行法は国会の閉会中に限るという前提があります。もちろん国会が開かれたら直ちにそれらを国会で承認してもらわなければなりません。承認を得られた後、法律上の手続きが必要であり、それが完了すれば直ちに政令は失効するということになっています。この「法律の定めるところによる」というのがちょっと規定がおおざっぱであるので、「法律で定める事項について」といった書きぶりの方がいいのかなと考えています。
木村 そうですよね。あと、「法律と同一の効力」というのも、今ご指摘いただいたいのは全部がいわゆる講学上の「委任命令」というもので、法律の枠内で政府に委任をしているという枠になっています。それ自体が「法律と同一の効力」を有するというふうには説明されないものだと思うのです。あくまで委任を受けて、その範囲で政令を制定するというものなのですから。
そこが今の自民党改正草案の条文の書き方だと、「同一の効力」ですから、「政令だけでこれまであった法律をすべて改正できる」、つまり「委任命令」ではなく「独立命令」の権限を与えている、というふうに読めてしまうんですね。
そういう意図はないのだということは今の説明でわかったのですが、「と同一の効力を有する」というのはそういう意味にとられるので、やはり法律の定める事項について、法律の定める範囲で緊急の対応を定めることができる、とすべきです。そういう趣旨のことを入れたいと考えておられるのですよね?
礒崎 趣旨はそうですが、行政の立場からは、「法律事項」という概念があって、国民の権利を制限し、義務を課すことは、これは法律事項だから、法律事項を定めるのは法律でなければ当然ならないという前提があります。それを政令で定めるから「緊急政令」と呼ぶのであって、こういう表現がいいかどうは別にしても、国民の権利を制限し、義務を課す場合には、もちろん法律の委任する特定の事項に限られますが、それはふつうの「委任政令」とは異なると考えています。それは、特別な政令だから、「緊急政令」と呼ばれており、現行法制ではわずか5条しか認められていないのです。
木村 礒崎さんは、現行法の緊急政令は委任命令とはまったく違うものだと考えていらっしゃるようですが、それは誤解かと思います。現行法に定められている緊急政令は、法律による委任の範囲内にあり、かつ、委任の条件も明確なので「委任命令の一種」として説明されています。そうでないと、現行法の緊急政令は、国会を唯一の立法機関とする41条の趣旨に反する白紙委任として、違憲となってしまいます。
「法律事項は法律で定めなければならない」というのはもちろん定義上そうなのですが、その細目については、明確な条件をつけた上で、法律が政令に委任できるとされています。現在存在している委任命令は、そうした条件を満たしているから合憲と理解されているのです。
これに対して、「法律と同一の効力を有する」という文言にしてしまうと、政令はまさに法律と同じなのですから、政令によって法律が定めていた委任の条件も変えられる、法律の委任の範囲を超えて政令を定められるようになるというように読めてしまいます。これは独立命令で、しかも法律を変える効力を持つものを定めたものと理解されますから、非常に不注意でまずい表現だと思います。
礒崎 表現については、従来、緊急政令というのはそういうふうに定義しているのです。法律と同一の効力を有するとは、法律事項を定める政令であるという意味です。それはギリギリ違憲ではない。なぜかというと、国会閉会中に限り、緊急性を要するものとしてあらかじめ法律の委任がある事項に限られるからです。加えて、「直ちに国会を召集して承認を得なければならない」という暫定性を有しており、その手続き全体をセットにして「違憲ではない」という解釈をしているわけです。
ただギリギリセーフではありますが、やはり憲法上の根拠があった方がいいと考えているわけです。憲法上の疑義をなくすというのも大事なことだと思っています。
木村 この点は自民党にもっと強調してほしいんですけれども、この99条の政令というのは、法律に書いてあること、要するに法律事項を何でもかんでも決めるものではないということですね?
礒崎 はい。限定的かつ暫定的な政令でなければなりません。
木村 今ある緊急政令のような制度に根拠を与える。そしてそれに歯止めをかけて限定するという趣旨で作っている、と。
礒崎 おっしゃる通りです。
木村 その趣旨であるにもかかわらず、条文だけを読むと、非常に危険な条項に見えてしまうというのが私の見方です。だからこの「同一の効力を有する」ということは非常に慎重に使っていただきたい言葉だということは指摘しておきたいと思います。
礒崎 はい、わかりました。
木村 次に、やはり99条の「内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い」という部分ですが、これは予算の裏づけがない支出ができるということなのでしょうか?
礒崎 一般にこういう大災害が起きた時は予備費を使うことになります。それでふつうは事足りるのですが、予備費といっても当然予算の範囲がありますから、今は4千億円ぐらいだったでしょうか、その限度があります。仮にその予備費の限度を超えるような支出が必要な場合には補正予算を組まなければなりませんから、その補正予算を組むゆとりがない時ということも考えてこういう規定を設けたのです。
木村 そうすると結局これは、法律という形なのか予算という法形式なのかはともかくとして、「上限はこの範囲で支出できる」というような法律を作ったり、予算を予備費の特別項目で作ったり、そういうことをあらかじめやっておくという前提なのですね?
礒崎 ええ。法律に支出できる金額の上限を規定するというようなことではなくて、緊急事態においてこういう経費であれば予算がなくても執行できるというものを新しく作る緊急事態対処法に規定することを想定しています。
木村 しかしその額がないというのは、歯止めとしては非常に心配だと思うんです。通常の予備費では足りないような予算が必要になる可能性があるのであれば、むしろ災害用の予算費というのをきちんと毎年積んでおけばいいと思うんですが、そういう技術的な対応よりも自民党改憲草案に盛り込まれているような対応の方がいいということですか?
礒崎 はい。だから今いったように予備費は4千億円ぐらいあるのですが、それを超えて経費が必要になる場合も当然あると考えているのです。
木村 その判断を一内閣、首相限りでできるということになっていますよね。
礒崎 はい、支出の権限は、「内閣総理大臣」にあると規定しています。
木村 支出といっても、要するに自分で予算を決めて、自分で支出できるということですね。
礒崎 はい、そうです。
木村 これはやはり「権限が集中しすぎている」と批判されても仕方がないのではないかと思うんですけれども。
礒崎 だから、それを「法律の定めるところにより」と規定し、法律で限定することを考えているのです。
木村 じゃあ例えば額ではないとしたら、どんな限定の仕方があるのでしょうか?
礒崎 こういうことに支出できるという「費目」でしょうね。
木村 それだとやっぱりあらかじめ通常の予算で予備費を積んでおけばよい話のように思えるんですけれども。やはりここも非常に不注意な点ではないかと思います。
礒崎 いいえ、予備費といってもそれは金額に限度があります。また、歳入がなければ歳出は組めません。仮に予備費を1兆円も2兆円も組めば、全体の予算が圧迫されます。
木村 しかしこの条項に基づいて1兆円、2兆円出した場合も同じことが起きるのではないですか?
礒崎 いいえ、その時はおそらく国債を発行するのだと考えます。
木村 それを首相限りの判断に任せても問題はない、ということですか?
礒崎 確かに緊急事態における権限は首相限りではありますが、先ほどいったように法律でいろいろと限定することになります。
木村 法律に費目を定めておくということですか?
礒崎 はい。それはいろんなことを規定することが考えられます。支出について国会に直ちに報告しなければならないと規定することもあり得るでしょう。
木村 この手の問題の場合、「法律の定めるところにより」だけだと、法律でかなり柔軟な規定もできてしまうというところが問題だと思うのです。とりわけ災害時の緊急支出のような場合には、支出の公平性の担保というのがいつも非常に問題になると思うんです。その担保をするために、やはり国会を開いて予算を決めるのだという説明をされるのだと思うんですが。
ところで公平性の担保という点についてはどういう工夫が必要だと思われますか?
礒崎 ふつうはですね、先ほどの緊急政令も同じですけれども、できるだけ早く国会を召集してその承認を求めなければならないのです。それは、当然のことです。
例えば予備費をすでに大災害で1回使ってしまって、その時に武力攻撃が来たらもう予備費がないという場合もあり得るわけです。
そこはとりあえず総理大臣の判断で支出をしておいて、直ちに国会を召集する。そんなに長い期間緊急事態が続くわけではありません。98条3項で「百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようというときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない」と規定し、緊急事態宣言の期間というのも憲法上決まっているわけです。
木村 この規定については、例えば過去の災害時に、この規定があればよかったというような議論があるのですか?
礒崎 今のところは予備費で足りなかったということはないと思います。
木村 じゃあそういう意味では、あまり切迫性のある条項ではないということですね?
礒崎 はい。ただ武力攻撃事態まで考えますと、先ほどいったように、大地震が起きた後、日本が弱っているからその年の内に日本を攻撃してやろうという国が出て来た場合には「もう予備費は使ってしまった」ということはあり得るのです。
木村 あくまで抽象的に考えれば、そういうことはありうる、という前提ですね?
礒崎 これは現実にあり得ることですよ。
木村 過去の反省というよりは、抽象的に必要だという、そういう意味だということですか?
礒崎 過去にそういう事態があったという意味ではありません。
木村 99条1項の「内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方公共団体の長に対して必要な指示をすることができる」についてですが、やはりこの場合の指示ということの内容が問題だと思うのです。
こういう条文を見て、憲法学者が思い出すのは、例えばワイマール憲法の緊急事態条項で、プロイセン政府を大統領が罷免(ひめん)したといったことまで思い浮かべるわけですけれども、ここでの指示というのは、はたしてどういうふうに限定をするおつもりなのか、あるいはどういう指示を出すことを想定されているのでしょうか?
礒崎 これも国民保護法の策定の時に大議論しました。その結果、国民保護法の中に地方公共団体の長への指示というのをいくつか規定しました。これを規定しないときちんとした法律ができないと考え、国民に対するものは「国民の協力」にしましたが、すべての地方公共団体の長が武力攻撃事態において国の方針通りにきちんと動いてくれるとは限りませんから、地方公共団体の長への指示を規定することとしたのです。
現行法には、国民保護法以外にも指示があるものはありますが、やはり憲法上の根拠をきちんと置いた方がいいということで規定しました。どのように限定するのかというご質問ですが、繰り返しになりますけれど、「法律の定めるところにより」という文言は、限定の意味で規定しているのです。国民保護法や災害対策基本法においてあらかじめ規定された場合に限って指示できる、という前提でこういう条文案を作ったのです。
木村 法律に「できる」規定を入れるということと、憲法に「できる」規定を入れるということは、やはり意味合いが違っています。憲法に「できる」規定を入れてしまうと、憲法の他の条文の例外をここで認めるという構造になるからです。
例えば地方自治の本旨という規定ですとか、あるいは先ほどもいった国民の人権の条項について、そうした条文を根拠に例外が許される、自治や人権を制約できるという意味になってしまいます。今おっしゃったような趣旨なのであれば、憲法に書かずに、現行憲法の範囲で指示をしているというふうにした方が歯止めがかかるという見方もできると思うんですよね。
礒崎 そういう意見もあると思います。
木村 ここはやはり現行法制ではできないことがある、だからこの条文を入れようというような趣旨の話ではなくて、地方公共団体の長への指示については、あくまで根拠があった方がいいという話で出て来たということですか?
礒崎 そうです。
木村 そうすると、今お話をうかがってきた時に、憲法の条文にあえて入れないといけないというのはどうも国民への指示ぐらいのところで、あとは現行法に根拠を与えるというのが基本的な問題意識だったと理解してよろしいですか?
礒崎 国民の指示については、ご指摘の通りです。
木村 99条については、現行法を非常に大きく変えるというところまでは想定して議論した……。
礒崎 緊急政令は現行法にもあるから現行憲法でもできるのではないかという意見もあると思いますが、やはり憲法上に根拠があった方がいいと思います。三権分立は大事ですから、法律事項を政令で決めるという場合には憲法上の根拠があった方が適切だと思います。それから、地方公共団体の長に対する指示というのは、緊急政令に比べればそれほど強い法制上の緊急性はないのかもしれません。
木村 緊急政令については憲法上かなり危なっかしいことはやっているという自覚はある、と。
礒崎 例えば緊急政令については憲法上の規定を置いたら、緊急事態以外の事態では緊急政令は使えなくなると思います。緊急政令についてはそれでいいと思っています。
木村 えっ、憲法に項目を書いてしまうということですか?
礒崎 自民党憲法改正草案のように99条1項を置けば、緊急事態以外の事態では緊急政令は制定できないという法制になるのだと考えています。
木村 なるほど。緊急事態の宣言ができている時以外は、緊急政令は使わせないという限定の意味はあるんだということなんですね。
礒崎 はい、そういうことになると思います。
木村 やはりお話をうかがっていて、お考えになっていることと、条文に表現されていること、条文の文言との間がだいぶ乖離(かいり)がある印象はあるので、そのあたりは先ほどからいっているように無駄な論点が生まれてしまっているという気がしますね。ですからそのあたりの情報発信をもっとしっかりしていっていただいた方が、議論が有益になるんじゃないかと思います。
礒崎 自民党憲法改正草案はあくまで自民党の国会議員の議論により基本的に作っていったものです。もちろん法制的なことを無視して作ったわけではありませんが、具体的な憲法改正案として法制化をする時には、今御指導いただいたところを踏まえて、もう少しわかりやすいようにしていかなければならないと思います。
木村 98条の「緊急事態の宣言」についてですが、「武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害」といった具合に「等」がたくさん書いてあって、さらに「その他の法律で定める緊急事態」とまでありますから、緊急事態については法律の定義に丸投げしているようなところがあります。やはりここはもっと限定をかけていただかないと、何でもかんでも「緊急事態だ」ということになりかねません。これはあえてゆるやかにしたいからこうしているわけではない、ということですか?
礒崎 ここの点が評判が悪いことは認識しています。いろいろな緊急事態があるので、すべてを書き切るのは難しいと考え、一部法律委任の規定を置いたのです。ここは、憲法上に限定列挙できるようなことを研究、工夫してみたいと思います。
木村 それから、これもよく指摘されることですが、現行憲法には内閣の国会召集権というのがあって、いつでも国会は召集できる。また、参議院の緊急集会があって、衆議院の解散中であれば緊急集会の開催を求めることができるということになっているので、緊急事態が起きて法律上の対応が必要な時は、基本的には国会に諮(はか)ればよいという法制、憲法上のシステムになっていると思うんです。
でも、この緊急事態の宣言について、例えば韓国だと「国会の召集が不可能になった場合にのみ」という法制にもなっているわけですが、自民党改正草案で緊急事態が宣言されるのは、国会の召集はできるんだけれどあえて緊急宣言ができるというような仕組みにするのか、それとも国会がもう動かない、そういう非常に例外的な状況を想定して使うのか、礒崎さんとしてはどちらに考えているのか聞いてみたいのですが。
礒崎 そこははっきりいって完全には想定できていません。国会召集にもやはり一定の時間はかかります。閣議決定をして召集を決め、実際に集まるまでには時間がかかります。緊急事態の最初の2、3日が非常に大事な場合もあります。
国会が召集されて、法案を作って審議するにも最低でも各院1日2日はいくらなんでもかかるので、その間はやはり緊急事態宣言は意味があると思いますね。
木村 お話をうかがっていると、国会が有効に機能し始めて以降は特に必要がない、必要性は高くない、それが礒崎さんのお考えかと思うんですけれども。
礒崎 それはそういうことですが、国会が召集されたからといって緊急事態に直ちに対応できない場合もあると考えます。
木村 あくまで国会が対応を取れない時に、緊急的に取る措置を決めるためにそういう条項を設けるのだという理解、少なくとも礒崎さんが考えておられる方向はそういう方向だということですね?
礒崎 はい、その通りですが、緊急事態というのは国会との関係だけではなく、地方公共団体の長への指示とか、国民への指示とかいった規定も有効にするものですから、国会が召集されたとしても緊急事態宣言が有効な部分はあると考えます。
木村 わかります。つまりやっぱり項目ごとに要件が違うんだろうと思うんですね。自治体への指示ということについては、国会との関係とは違う話だから、国会召集の可否とは関係なくできたほうがいいということもあるでしょうし。まあ現に現行法はそういうふうになっているんですけれども、それとは別に法律事項についての決定は原則として法律で決めなくてはいけない……。
礒崎 そうですね。
木村 とはいえ、いまの状況だと、やはり非常事態宣言の効果が非常におおざっぱだということはありますね。宣言がされると何でもできるようになってしまう。自民党憲法改正草案は、国会が開いている間でも法律事項を政令で決定できたりするような仕組みになってしまっているので、やはり項目をきちんと分けて、区分けして議論をしなくてはいけないのではないか、という指摘をさせていただきます。
礒崎 ご意見は承ります。
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