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[3]日本人の進むべき方向とは

憲法には記載せず、事前に法律で対処し、日ごろから人権感覚を養っていくことが大事だ

永井幸寿 弁護士、日本弁護士連合会災害復興支援委員会前委員長

1)熊本地震

相次ぐ地震で倒壊した家=熊本県益城町拡大相次ぐ地震で倒壊した家=熊本県益城町

 熊本地震の安倍政権の対応について一言述べる。災害対策・災害対応は、第2回に述べたとおり、市町村が主導し、国は予算や人員などによる後方支援をしなければならない。しかし、予算でいえば、例えば、避難所のために十分国の予算が支出される状態か疑問である。

http://webronza.asahi.com/politics/articles/2016042700003.html

 災害救助法には特別基準と一般基準がある。特別基準が適用されると、国の予算(約9割)で、避難所にパーテーション・仮設洗濯所・トイレ・風呂・シャワー・冷暖房器具の設置、福祉避難所の開設等が出来るが、一般基準ではこれがない。少なくとも4月20日の段階では一般基準のままでいまだ特別基準の一括適用がない。

 また、人員についていえば、現地に省庁の課長係長級の職員を常駐させて市町村の対策本部に入れて、現地のニーズを国に伝えて、市町村の主導と国の後方支援のパイプ役にしなければならないが、このようなことはまったくなされていない。

 むしろ、国とのパイプの要となるべき国の現地対策本部長がおにぎりの差し入れを要求して事実上更迭される状態である。また、政府は災害の直後に、何の検証もなく緊急事態条項の導入に関して官房長官が述べ、また、閣僚が「今日中に青空避難所を解消してくれ」と自治体が行うべきことに口を出し、「避難所が足りないのではなく余震が怖くて中にいられないのだ」と知事に不快感を示されている。

 屋内退避等の指示は災害対策基本法60条で市町村長の行うべきことである。国は、粛々と人、物、金について後方支援を行うべきである。

2.対案

石垣が崩れた熊本城大小天守閣拡大石垣が崩れた熊本城大小天守閣

 このように、災害に緊急事態条項が不要だと主張すると「対案を出しなさい」という人がいる。

 第2回で、市町村が主導して国が後方支援するという仕組みがスムーズに行ってないことが問題であるとしてそのための対案は提案している。さらに、災害対策基本法が第1次的権限を市町村にしているにもかかわらず、災害救助法が「救助」の権限を都道府県知事にしていることに矛盾があり、これが現場に混乱を招いている。

 例えば、仮設住宅の設置は都道府県が市町村に委託したという形になっている。そこで市町村が苦労して地権者の同意を得て用地を確保しても、県が現地も見ずにだめ出しすることがある。ある市長は、「国の権限を都道府県に移し,都道府県の権限を市町村に移すべきである。これは時限的でよい」といっているが優れた見解である。

 また、ある町長が被災者のために仮の医療施設を開設しようとしたが、医療法、建築基準法、消防法、景観法等、所轄官庁が異なる平常時の法律の壁に阻まれて実施出来なかった。これについては、災害時の特例法として、平常時の法律が一時的に適用除外させる法律をつくるべきである。

 例えば新型インフルエンザ対策特別措置法48条では、災害ではなく感染症のまん延の場合の規定であるが、平常時の法律の適用を廃除して自治体に一時的に医療施設を設置出来る旨の規定があるので、このような法律は制定可能である。

 さらに、現行制度での課題は、自治体が日常は多くの事務に追われて、何時起こるか分からない災害に対して十分な時間や費用をかけた準備をすることが現実には困難だということである。そこで、災害が発生すると何をどうして良いか分からない状態に陥る自治体も少なくない。

 これについてのノウハウをもっているのは国ではなく、被災経験のある自治体である。新潟県中越地震の時、泉田知事は当選したばかりで知事としての経験もない状態で中越地震が発生した。「何をどうして良いか分からなかった」というのは本人の弁である。

 そこに兵庫県の井戸知事から電話がかかり、「阪神・淡路大震災の経験のある職員を派遣しましたから」といってきた。「派遣して良いですか」ではなく「派遣しましたから」である。

 この職員達が災害での初動時からの対応を指導し、新潟県は災害直後から適正な対応を行うことが出来たのである。そして、東日本大震災では泉田知事は仙台市に職員を派遣し、「災害のニーズが時間の経過と共に変わることを教えてもらって本当に役に立った」と奥山市長を大変喜ばせた。

 このようなことをシステム化したのが関西広域連合である。

 東日本大震災では、兵庫が宮城を支援したように各支援県が各被災県を「カウンターパートナー」として、効果的な支援を行ったのである。国が行うべきことはこのようなシステムを全国化して、予算や人材等を後方支援することである。政府に権力を集中することではない。

 なお、市町村が機能しないときはどうなるかという質問があるが、災害対策基本法ではこのようなときは都道府県知事が事務を代行する義務がある(73条)。また、市町村、都道府県が機能せず、被災者が広域に避難する場合は内閣総理大臣が代行する義務がある(86条の13)。

3.テロ目的の国家緊急権

 次に、テロのために国家緊急権を憲法に設けるべきだという見解がある。しかし、テロは自然災害と異なり、必然的に発生するものではなく、政策によって回避することができるものである。

 つまり、紛争がある場合に、敢えて当事者の一方を敵であり、他方を味方であることを宣言するようなことをしないことである。また、紛争があるならこれ自体を終結させることを行うことである。

 例えば日本は中東を植民地にしたり侵略した歴史はなく、敗戦後ゼロから復興して経済成長を実現したことは尊敬されている。紛争当事者の第三者として話し合いの場を設定するよう努力することはできるはずである。

 また、前記の憲法の趣旨からすれば、憲法は権力の濫用の危険性から国家緊急権は憲法に設けることはせず、事前に法律で準備しておくとしている。テロに対しても国家緊急権を憲法に設けるのではなく、事前に法律で準備しておくことで対処できる。そして、後記のように現行の法律は相当のところまで完備されている。

 そもそも、テロは国家緊急権の発動される「非常事態」には該当しない。第1回で書いたが、国家緊急権とは「平常時の統治機構をもってしては対処できない非常事態に、国家権力が、国家の存立を維持するために立憲的な憲法秩序(人権保障、権力分立)を停止する制度である」に適用される。

http://webronza.asahi.com/politics/articles/2016042000010.html

 これは芦部信喜の定義であり通説である。「平時の統治機構」とは何かといえば、国民が国会議員を選出して、国会議員が構成する国会が法律を制定し、内閣が法律を執行し、裁判所が法律に従って判決を下すことである。つまり、国民主権に基づいて3権が機能することを言う。

 テロは単なる犯罪であり、テロが発生しても平時の統治機構は機能しているのである。アメリカの9・11の時、アメリカの平時の統治機構は機能していたし、パリの同時多発テロの時もフランスの平時の統治機構は機能していたのである。また、国家緊急権の定義の例示にも「戦争」や「内乱」はあるが「テロ」は入っていない。テロは国家緊急権が発動されるべき事態ではなく、法律で対処すべきことである。

 こういうと国会議員の方の中には「議事堂に爆弾が仕掛けられて多数の議院が死亡したらどうするのですか」という人がいる。しかし、民主主義社会では国会議員は国民誰もが交代できることを予定している。そして、国会議員が死亡したとしても公職選挙法の繰り上げ当選や補欠選挙で対処できることである。「内閣総理大臣が殺されたらどうするんですか」という人もいる。しかし、内閣法9条の内閣総理大臣臨時代理の制度で対処できるのである。

 これに対してテロについては法律で対処する制度がないかのように言う人がいる。しかし、国民保護法と事態対処法が、いわば「テロ対策基本法」となって、相当の整備がなされている。

 国民保護法は「武力攻撃事態」について憲法9条との関係で問題となるので、積極的に肯定するわけではない。しかし現にある法規として簡単に紹介すると、同法は災害対策基本法や災害救助法を手本にして制定されており、内閣総理大臣への権力の集中と物資、家屋、医療などに関して人権の制限が規定されている。

 さらに、避難所や応急仮設住宅、瓦礫の撤去など復旧に関する規定まである。また、テロ自体を取り締まる法律として、刑法やハイジャック防止法等が制定され相当な対処がなされているのであり、必要があれば法改正すれば足りるのである。

ドイツの国家緊急権に書かれていること

 テロについても外国では憲法に国家緊急件を設けていると思うかも知れない。しかし、2回目のアメリカ、フランス、イギリス、ドイツの主要4カ国を見てみると、テロに関して憲法に国家緊急権を定めているのはドイツだけである。外の3カ国は日本と同じく法律で対処しているのである。

 では、ドイツの国家緊急権はどれほどのことが書かれているかというと、前回の災害の規定がそのまま適用されるのであり、①被災した州が他の州に対して応援を要請できること、②災害が州を超えて広域の時は政府が他の州の支援を受けるよう指示し又軍隊等を派遣できること、③移動の自由を制限できることの規定があるだけである。

 これらはすでに日本の法律で規定されていることである。日本の国民保護法等のように総理大臣への権限の集中や人権の制限の規定がないのである。

 先日のパリのテロ事件を受けて、日本でもテロ対策として憲法に国家緊急権を定めて令状なしの逮捕や集会の禁止を行うべきであるとの主張がある。しかし、フランスの国家緊急権は憲法上の国家緊急権と法律上の国家緊急権の2種類がある。

 憲法上の国家緊急権には、大統領非常措置権と合意状態(戒厳)の2種類がある。大統領非常措置権は第2次世界大戦でドイツがフランスを占領した時のように国の存立にかかわる時に発動され過去に1回発動されただけである。合意状態(戒厳)は戦争又は武力による反乱の場合に適用され、過去に発動されたことはない。これに対して、法律による国家緊急権(緊急状態法)は、戦争又は武力反乱に準じる場合から軽度の非常事態まで広範囲に用いられる。このように、今回のテロにもこの法律による国家緊急権が発動されたのである。

 以上から、フランスがテロ対策を憲法で規定しているというのは誤りである。また、この緊急状態法は、重度の緊急状態として反乱に準じる武力の暴動等から、軽度の緊急状態としてテロまで広い範囲で適用される。これに対し発動できる権限は重度のものでも認められている。従って、権力の濫用の危険があり法律としては適切ではなく、日本が模範にするべきではない。

 また、テロは前記の通り犯罪であり、その捜査は通常の犯罪と同じく刑事訴訟法等の規定に基づいて警察が適正におこなうべきものであり、令状なしの捜索も集会の禁止も必要性がない。むしろ、刑事手続きの過程で人権が侵害された歴史から設けられた捜索における令状主義(憲法35条)や、民主主義の根幹にかかわる知る権利に関する表現の自由の重要性からすれば、安易に制限することは誤りである。そして、フランスは昨年のテロ事件後にテロ対策として憲法を改正しようとしたが,やはり実現できずに断念しているのである。

 なお、フランスの同時多発テロのときに軍隊が派遣されている。これは緊急状態法に規定はなく、法律の根拠に基づくものではなく,プラン・ビジピラートという内閣の行政計画に基づくものである。しかし、軍事力を法的な根拠なしに出動させることは極めて濫用の危険が高いので、日本では絶対に真似してはならないことである。

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筆者

永井幸寿

永井幸寿(ながい・こうじゅ) 弁護士、日本弁護士連合会災害復興支援委員会前委員長

1955年生まれ。NPO法人災害看護支援機構監事。共著に『災害救助法』徹底活用」「Q&A震災と相続の法律相談」など。